第二の戯曲
私は筆を止めた。
部屋に静寂が訪れる。
窓の外では青白い粒子が流れていた。
月の光が粒子を照らし、光を反射させている。
ロアロアは何も言わない。
いつも通り楽しそうにこちらを見ている。
私は書き終えた原稿へ視線を落とす。
ご神木・・・神水、カミサマ、
そして少年ユーノ。
物語としてはここで終わっている。
「先生。」
ロアロアが口を開く。
「面白いですね。」
ロアロアは立ち上がる。
窓際へ歩く。
そして、ご神木の物語が書かれた原稿を指先でなぞった。
「特にこの少年。」
「ユーノか。」
「はい。」
ロアロアは微笑む。
「可哀想でしたね。」
私は少し眉を寄せた。
「そうだろうか。」
「違いますか?」
ロアロアは首を傾げる。
「里のために神水を運んだ。その結果感覚を失い・・・歩けなくなり、最後には死んだかもしれない。」
私は黙る。
ロアロアは続ける。
「十分可哀想だと思いますけどね。」
その言葉に。私は何故だか違和感を覚えた。
いや、違和感があって当然なのだ。
何故ならこの物語には、余白がある。
だからこそ・・・
「本当にそれだけだろうか。」
私は原稿を見る。
「ユーノは確かに里のために行動していた。だが、」
あの場面を思い出す。
『このつぼみはいつ花開くんだ?』
私は小さく呟く。
「彼自身にも何かあった気がする。」
ロアロアが扇子で口元を隠した。
「先生。」
その声は楽しそうだった。
「それでは始めましょうか?灰の遊戯を。」
「あぁ・・・始めよう。」
私たちの間の空間に灰が現れた。
灰はゆっくりと集まり始める。
渦を巻き、積み重なり。
やがて一つの形を作り始め、天秤が姿を現す。
「せっかく物語を書いたんですから、」
ロアロアは振り返る。
「解釈しないといけないですよね。」
チリン―――。
文字盤がゆっくりと起動する。
<第二の戯曲:キンギョソウ>
「キンギョソウ・・・?」
私は思わず口に出す。
そんな単語はこの里やご神木のくだりには出てこなかった。
「花の名前ですよ。」
ロアロアは当然のように言うが、全くつながりが浮かばない。
「終わる頃には分かるかもしれませんね。」
とロアロアは続けた。
盤面へ新たな文字が刻まれる。
本棚の影が伸びる。
床の色が黒く沈む。
右の紡ぎ手 【救済】
左の紡ぎ手 【破滅】
テーマカードは前回と同じ、私が救済でロアロアが破滅だ。
ゴォォォォォン―――。
重々しい鐘の音が空間を震わせた。
<黒の局面>
盤面に文字が刻まれる。
部屋全体が闇色へ染まる。
「それでは先生、黒の局面です。今回は前より物語が長いので、黒の楔はお互い2本ずつ打ちましょう。」
私は小さく頷く。
確かに今回の物語は長い。
黒が一本だけでは土台として弱いだろう。
「では先生からどうぞ。」
私は頷く。
「神水は実際に里を救っている。」
キィィィィィン―――!!ドゴォ!!!!
巨大な黒い楔が地面を貫き天空へ伸びる。
文字が刻まれる。
<黒の楔①>
神水は実際に里を救っている
私は続ける。
「ユーノは自らの意思でご神木を訪れた。」
キィィィィィン―――!!
二本目の黒い楔。
先程と同じように轟音を立てながら世界に顕現する。
私は小さく息を吐く。
これで土台は出来た。
ロアロアが満足そうに頷く。
「ではワタシも。」
ロアロアはご神木を見上げる。
「ご神木を訪れ続けた者は必ず代償を支払う。」
キィィィィィン―――!!
三本目の黒い楔。
<黒の楔③>
ご神木を訪れ続けた者は必ず代償を支払う
私は黙ってその楔を見る。
ユーノの末路を思えば納得できる。
ロアロアは最後の楔へ手を向けた。
「そして。」
少しだけ笑う。
「ラオは一度も嘘をついていない。」
キィィィィィン―――!!
四本目の黒い楔。
<黒の楔④>
ラオは一度も嘘をついていない
私は思わずラオの顔を思い浮かべる。
『やぁ少年。』
『かわいそうに。』
『また来るんだよ・・・必ずね。』
確かに不快だった。
不気味だった。
信用など出来る存在ではなかった。
だが。
「嘘はついていない・・・か。」
ロアロアはそれがまるで自分のことであるように楽しそうに笑った。
「先生、カミサマってそういうものでしょう?」
私は答えない。
四本の黒い楔が天を貫いている。
神水。
ユーノ。
代償。
そしてラオ。
もうこの黒は覆らない。
ロアロアは扇子を閉じた。
「では先生、一緒に可能性を紡ぎましょう。」
チリン―――。
天秤が揺れる。
一緒に・・・か。
これは共闘なのか、決闘なのか。
しかし私達が相まみえることで、この物語は深さを増す。
<白の局面 第一演目>
天秤が白のはじまりを示していた。




