日常
家に帰ってきた私は、数日ぶりに自室のベッドへと倒れ込んだ。
そのまま、ぼんやりと天井を見つめる。
『お前はもう戦うな』
優地の言葉が、ずっと頭の中に響いていた。
ようやく手に入れた、彼を守る力。
もう守られるだけじゃなくて、今度は私が守れると思っていた。
それなのに――
無論、優地の言っていることはわかる。
たとえ魔法戦士になったとしても、少し強くなっただけだ。
ニュースで見たことだってある。魔獣対応の最中に命を落とした人がいるのも事実だ。
それでも、私は――
今度こそ、優地の力になりたい。
あの時のお返しをするのは、今しかないのだから。
……ううん。
もう、迷わない。
そう心に決めたところで、少しずつ瞼が重くなり始める。
明日は学校だ。
ゆっくり休んで、明日に備えないと――
そうして私は、ゆっくりと眠りに落ちていった。
朝、目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。
数日ぶりの自室。昨夜はすぐに眠ってしまったせいか、まだ少しだけ体が重い。
それでも今日は学校だ。
久々の登校というだけでも嬉しいのに、優地に会えると思うと自然と胸が高鳴る。
……けれど。
『お前はもう戦うな』
昨日の彼の言葉が、また頭をよぎった。
「……」
会いたい。
でも、少しだけ怖い。
昨日みたいな顔を、またさせてしまうかもしれないから。
それでも、逃げるわけにはいかない。
ちゃんと話そう。そう心に決めて、私は制服に袖を通した。
鏡の前で軽く髪を整え、鞄を持って階段を下りる。
「陽菜、早くしなさい。ご飯冷めるわよー」
「はーい」
食卓にはいつもの朝ごはんが並んでいた。
席につくと、お母さんがにやにやしながらこちらを見る。
「今日はなんだか機嫌よさそうね」
「え?」
「久々の学校だから? それとも優地くんに会えるから?」
「お、お母さん!」
思わず声を上げると、お父さんが苦笑する。
「図星みたいだな」
「ち、違うし……」
顔を伏せる私に、お母さんは笑いながらも少しだけ真面目な声を出した。
「でも、昨日ちょっと気まずそうだったでしょ?」
「……」
図星だった。
何も言えずにいると、お父さんが静かに口を開く。
「なんかあったのなら、ちゃんと話してこい」
その言葉に、私は小さく頷く。
「……うん」
朝ごはんを食べ終え、支度を済ませて玄関へ向かう。
「いってきます」
「いってらっしゃい。……あんまり無理しないのよ」
お母さんのその言葉に一瞬だけ足を止めたが、私はすぐに小さく笑って頷いた。
「うん!」
ドアを開けると、朝の空気が頬を撫でる。
嬉しい。
会いたい。
でも、胸の奥にはまだ昨日の言葉が残っている。
それでも――今日は、ちゃんと向き合おう。
そう決めて、私は通学路へと歩き出した。
道中ほとんど信号に引っかからなかったおかげで、今日はいつもより少し早く学校に着いた。
教室に入って辺りを見渡すと、窓際で優地が新一くんと話しているのが見える。
その姿を見つけた瞬間、私は自然とそちらへ足を向けていた。
「優地、おはよ」
「陽菜……おはよう」
少し気まずい。
それでも、ちゃんと私の気持ちを伝えなきゃいけない。
「昨日の話なんだけど……その、私は――」
「……なあ。俺、席外したほうがいいか?」
先程まで優地と話していた少年―――北見 新一が、なんとも言えない顔でそう言った。
「……あ、ごめん! 忘れてた!」
「忘れられてたかぁ〜。そりゃ仕方ない……わけあるかーい」
優地のことで頭がいっぱいで、新一くんの存在がすっかり頭から抜けていた。本当に申し訳ない。
「……放課後」
優地が静かに口を開く。
「放課後、改めて話そう」
そう言うと、優地は自分の席へ戻っていった。
その背中を見送りながら、新一くんが小声で言う。
「……もしかして、喧嘩か?」
「間違ってはないかな……。詳しくは話せないけど」
新一くんは窓の外に目を向けて、ぽつりと漏らした。
「……いいなぁ、優地は。彼女いて」
「喧嘩してるのに…?」
「いや、そうじゃなくてさ。そういうことで悩めるの、ちょっと羨ましいんだよ」
それから、困ったように笑う。
「あいつ、昨日俺にも相談してきたんだよ。喧嘩したんだけどどうすればいいかって。俺にわかるわけねーのに」
「ははは……」
苦笑いする私を見て、新一くんは少しだけ真面目な顔になる。
「あいつさ、陽菜ちゃんのことになると周り見えなくなる時あるんだよ」
「……うん」
「だから、その……うまくやってやってくれ」
そう言って新一くんが自分の席に戻ったのとほぼ同時に、朝礼のベルが鳴った。
昼休み。
いつもなら優地と一緒に昼ご飯を食べるところだけど、今日はあの雰囲気のままだし、先輩たちにも会わないといけない。
だから昨日相談していた通り、図書館のロビーへ向かった。
「陽菜ちゃん、こっちこっち。」
声の方へ視線を向けると、徳姫さんと天音さんがいた。
「昨日ぶりですね、陽菜さん。」
天音さんが挨拶するのを見て、私もお辞儀をした。
「早速だけど…」
徳姫さんがそう言うと、天音さんがスマホを操作して誰かに電話をつないだ。
「えっと…確か話すのはここらへんの管轄の司令でしたよね?」
「うん。このあたりの管轄、北支部の司令、赤井さん。まあ顔は強面だけど結構優しい人だから肩の力抜いていいよ。」
とはいうが、仮にも偉い人なので緊張してしまう。
『電話をかけてきたのは二人だったか。』
ビデオ通話の画面に顔が映る。画面に映ったのは、いかにも上役といった威圧感のある男だった。
『横にいる子が、この前話していた子か?』
「はい。この子がこの前の魔獣騒動を一人で納めた期待の新人です。」
「ちょっ、確かに倒しはしましたけど…!」
『二人もよくやってくれたと聞いている。だが、結果として君のお陰で二人を含めた多くの人が助けられたのだ。この場を借りて改めてお礼を言おう。』
そう言うと画面の人は深いお辞儀をした。
『改めて…魔除庁埼玉県北支部司令、赤井 弘志だ。よろしく頼む。』
「はい…お願いします。」
『早速だが…単刀直入に聞こう。陽菜くん。魔除庁に正式加入し、魔法戦士として戦ってはくれないだろうか』
「…それなんですけど。可能なら今すぐにでも入りたいんですが…今、このことを知っている知り合いと揉めていて…」
「…もしかしてこの前の彼氏さん?」
徳姫さんが小声で言う。私は小さく頷く。
『なるほど…』
赤井司令は少し悩んでから言った。
『なら一旦は保留ということにしておこうか。こちらから強制することはできないからな。』
「でも、いつでも歓迎してますからね。もし正式に加入するときは、ぜひ私たちに声をかけてくださいね。」
「はい!」
横から天音さんが言ったので私は大きな声で答えた。
『では、切るよ。今回の人事異動でかなり人が来るらしいのでな。少し確認をすることにする。ではまた。』
そう言うと電話は切れた。
「人事異動で一気に人が来るって言ってたけど……そんなに増えるんだ。元々、こっちってあんまり人回されてないのに」
徳姫が呟く。
「正式加入は保留ですが、これから三人で仲良くしたいですね。せっかくですし、三人で昼ご飯を食べましょう。陽菜さんも一緒に。」
「いいんですか?」
二人は二年生の中でも有名な存在だ。
テストではいつも首位争いをしているような、いわゆる才女同士。
正直、そんな二人に混ざっていいのかなと、少しだけ気後れしてしまう。
「それでは一緒に…」
そこまで言ったところで私の携帯が鳴る。
「…すみません。」
そう言うと私は携帯を見る。メッセージを送ってきたのは優地。
『放課後、屋上で会おう。』




