追憶の忘れ唄
大宮と川越をつなぐ道路。
いつもは忙しなく車が右往左往していたが、そんな車も今はすべて止まっている。
車に備え付けてあるラジオやスマホ、ありとあらゆるところからUTA-HIMEの歌声が聞こえている。
まるでゾンビ映画のような風景。
道路に溢れる人々が、気力のない動きで何かを探している。
そんな道路の真上を、高速で通り抜けていく影があった。
「優地…無事でいて!」
陽菜は全速力で川越へ向かっていた。
通る道ではすべて、UTA-HIMEによって洗脳された人がどこにもかしこにもいた。おそらく、大宮だけの被害では済んでいないのだろう。
陽菜はただ、優地のことが心配だった。もしも優地まで洗脳されていたら……そう思うと、胸が締め付けられる。何よりもまず、優地の無事を確認したかった。
しかし、徳姫も天音も、UTA-HIMEによって拘束されてしまった以上、UTA-HIMEをどうにかするには優地の手を借りるほかない。たとえ優地が無事だったとしても、逆に危険な目に遭わせるだけではないのか。
そう悩んでいると、後ろから突如として電柱が飛んでくる。
間一髪でかわすと、そこには見知らぬ二人の魔法戦士がいた。
「桜庭 陽菜…発見…」
「UTA-HIME…様の…ために!」
二人の魔法戦士は容赦なく陽菜に攻撃を放つ。
二人は正気ではなかった。おそらく、UTA-HIMEに操られているのだろう。
「今はそんな場合じゃないのに…!」
陽菜はなんとか振り払おうとするが、二人はしつこく追ってくる。
気がつけば、優地の働くスーパーのすぐ近くまで来ていた。
(もうすぐ…あと少しで!)
―――優地に会えると感じた安堵からだろうか。
陽菜は一瞬だけ、気を抜いてしまった。
魔法戦士が付近にあったトラックを持ち上げ、陽菜に向けて投げつける。
「…っ!」
咄嗟に回避しようとするが、間に合わない。
トラックは陽菜に命中し、陽菜は勢いよく吹き飛ばされ――スーパーの一番奥まで飛ばされる。
「うわぁ!?」
近くにいた店員が大きな悲鳴をあげる。
(まずい…!)
息をつく暇もなく、二人の魔法戦士は陽菜目掛けて突進してくる。
その時だった。
「迷惑客は…ご遠慮願います!」
横から現れた優地が、どういうわけかレジのテーブルを振り回して、二人の魔法戦士を殴り飛ばす。
飛ばされた二人は勢いよく本がおいてあるエリアに飛んでいき、そのまま激突する。
二人は一瞬起き上がろうとしたが、まもなく倒れて意識を失ってしまった。
「優地…!?」
優地と会えた喜びと唐突な登場に困惑する陽菜。
すると―――
「ちょっとちょっと、優地くん何して…ってなんじゃこりゃ!」
突然現れたタバコを咥えた男性―――おそらく店員だろう。
騒ぎを聞きつけた他の店員もやってくる。
「なにこれゲキヤバー…って、そこにいるのって魔法戦士じゃない?初めてみたわ〜」
近くにいた金髪の女性が陽菜とツーショットを撮ろうとしてくる。陽菜はその女性をなんとかどけようとする。
「いや店長…なんかこいつらが突然飛んできて暴れまわってたんで撃退しただけですよ、こいつは正気のやつですから安心してください」
「いや僕が言ってるのは店内の惨状ね?レジのテーブルは無理やり取ったせいで机バキバキだし、本コーナーめちゃくちゃだし…」
優地と店長のやり取りに唖然とする陽菜。しかし、あることに気づいた。
「皆さん、どうして正気なんですか?」
「「「は?」」」
陽菜の言葉に困惑する一同。
「あ、いや違くて…その…」
そして陽菜は一連の出来事を説明した。
「UTA-HIMEがみんなを洗脳してる…にわかには信じがたいわ〜」
「…でもまあ、嘘をついているようには見えませんよ」
大半の店員は陽菜を疑っている一方、優地が言う。
「そりゃまあ俺だって非現実的な話ではありますけど…でもさっきの魔法戦士も『UTA-HIMEがー』ってぼやいてた気がしますし…」
「うーん…」
「まあ優地くんが言うなら信じてもいいけど…」
優地の説得で他の店員たちの考えも揺らぎ始めているようだ。ふと、優地が陽菜の方を向いてウィンクをする。
「仮にそうだとして、UTA-HIMEの目的は何なんですか?なんでみんなを操ったりなんか…」
「そういえば…」
UTA-HIMEはどのような理由で人々を洗脳しているのだろうか?
「承認欲求?」
「お金儲け?」
「あんたらねぇ…」
店員たちの会話に女性の店員―――市川がツッコむ。
「私にはわかる!きっとUTA-HIMEの過去に壮大なストーリーがあるに違いない!」
「市川さん、アニメの見過ぎも程々にしてください」
壮大に語る真砂を今度は優地がツッコむ。
「理由がわからなかろうと、止めないわけにはいかないんじゃないですか?聞いた限り、僕たち以外みんな操られているみたいですし…」
「そういえば、どうして僕たちは洗脳されてないんですか?」
優地の発言に、店員の一人が疑問を投げる。
言われてみればそうである。街中UTA-HIMEの曲が流れ、みな正気を失っているのである。それなのに、どうして優地たちは無事なのか―――陽菜の脳内に疑問が浮かぶ。
なにか条件があるのか?それともただの偶然なのか?
一同は様々な可能性を考えるが、一向に結論が出ない。
すると―――
「あ゛ーーーーーーっ!?」
突然、奥の方にいた男―――この店の店長が声を上げる。
「店長、声でかすぎです!」
「うっさいんだけど店長!何!?」
「いや、この写真の子…」
店員が見せていたUTA-HIMEの画像を指差す。
「それがUTA-HIMEですよ…本当に店長知らなかったんですか…」
呆れる店員たちだったが、店長は突然自分の携帯を取り出して操作する。
「結構前だから消してるかわからないけど…俺この子見たことあるぞ!」
まもなく、店長は一つの画像を陽菜たちに見せる。
「え!?」 「これって…」
唖然とする店員たち。
「優地、これって…」
陽菜が優地の方を向くと、優地は写真を見て呆然としている。
「優地…?」
「…思い出した…」
優地はそう言うと、近くにあった巨大な機械を指差す。その機械とは―――超巨大音楽プレイヤーだった。
一方大宮。
陽菜が行方をくらましてから数時間が経った。
会場の外は既に夕焼けに染まり始めていた。
『皆さんありがとうございます!』
UTA-HIMEが観客に挨拶をする。
ふと視線を横へ向けると、真音が手招きをしている。
『1時間ほど休憩時間としますので皆さんごゆっくりしていてくださぁい!』
UTA-HIMEはそう言うと真音のもとへ向かう。
「どうしましたか?真音さん」
「見つかったわよ、あの魔法戦士ちゃん」
真音がそう言うと、UTA-HIMEは笑みを浮かべる。
「あら、意外に早かったですねぇ」
「ご丁寧に白旗まで掲げてるわよ、どうやら成すすべなしだったみたいだわね」
真音の言葉を聞くと、UTA-HIMEはすぐに動き始める。
「せっかくですし、皆さんで行きましょうか」
UTA-HIMEはそう言うとアリーナを後にするのだった。
まもなく、UTA-HIMEは陽菜のいる川越駅前にあるコンサートホールにたどり着いた。
「ここに彼女が…陽菜さんがいるんですねぇ?」
「ええ、間違いないわ、大ホールの中にいるみたいよ」
そして真音、メイオウたちと共にホールの中に入り、大ホールに繋がる階段を上がっていく。
大ホールへは入口から1分も経たずにたどり着けた。
「お久しぶりですねぇ、陽菜さん」
「…名前を教えたつもりはないんだけど?」
ホールのステージに待ち構える陽菜はUTA-HIMEを睨みつける。
「あなたのお仲間がぜ〜んぶ教えてくれたんですよ」
UTA-HIMEがそう言うと、後方から徳姫と天音が出てくる。二人とも目は虚ろで気力のない動きでUTA-HIMEの傍まで来る。
「随分としぶとかったですが、今はもう私の忠実な人形です。…もう、あなたの味方なんて何処にもいません…今、降参してくれれば、苦しむことなく楽にしてあげますから…ねぇ?」
UTA-HIMEは陽菜に向けて手を伸ばす。
『苦しみも…哀しみも…怒りも…すべて忘れて、私の歌に溺れてください。そうすれば残るのは無限の幸福と喜びだけですよ?』
UTA-HIMEの誘いに、陽菜は―――
「申し訳ないけど、お断りします」
陽菜の解答に、UTA-HIMEは困惑する。
「…何で私の力が効いてないんですか?」
「私の力…もあるけど、それ以上に…」
陽菜は大きく息を吸ってから大声で叫ぶ。
「私、正直あなたがすっっっっっっごい大嫌い!!!!!!」
「「…は?」」
陽菜の答えに、UTA-HIMEと真音が戸惑いの声をあげる。
「みんな第一とか言ってるくせに結局自分の歌聞いてほしいだけじゃん!!かまってちゃんでもそこまでしないし!!…あといちいち言葉を伸ばしたりするのも…なんかすっごい嫌!」
その後も陽菜はただひたすらにUTA-HIMEの悪口ばかり話す。
終わることのない言葉に一同が固まる。
「…あなたは何を言いたいんですか?」
呆れたUTA-HIMEは陽菜に問う。
「…あなたの歌声には気持ちが全くこもってない。きれいな声だけど、そこから何も伝わってこない。私はそれを…本当の意味で歌手とは呼びたくない」
「…随分といい度胸ですねぇ」
するとUTA-HIMEの近くにいた一般人がマイクスタンドをUTA-HIMEに渡す。
『行きなさい』
UTA-HIMEがそう言うと、横にいた徳姫、天音、そしてメイオウが攻撃を始める。
容赦のない攻撃を、陽菜はステージの上で華麗に避けていく。
「歌なんて、どれだけ心を込めようと、その内にある気持ちを読み取ってくれる人なんて、そうそういません…あなたごときに、何がわかるのですか!!」
「わかるよ、素人なりにだけど」
UTA-HIMEの言葉に陽菜が強く言い返す。
「今のあなたは嫌い…でも、この歌だけは違う!」
陽菜が声高らかにそう言うと、ホールの周りのスピーカーから、一斉に音楽が流れ始める。
「なっ…」
歌声が聞こえ始めた途端、UTA-HIMEが固まる。
それに連動して、徳姫、天音の動きも止まる。
「思い出して、UTA-HIME―――いや、宇多田 翔子さん。あなたの本当の歌声を!」
流れ始めた曲を聴き、UTA-HIME―――否、宇多田 翔子の脳裏にかつての記憶が、蘇る。




