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劣等剣士は決意する

 ──剣術を学んで四年が経過した。


 辺境の地に現れたあらゆる魔術を弾く鱗に覆われた天災竜、アジダカーハを一太刀で──


「──ワシからオヌシに教えることはもうない」

「えっ……?」


 こんな緊急クエストをクリアしましたと話している最中に、師匠は話を遮った。

 突然の破門に、思わず俺は狼狽えてしまう。


「そ、そんな……師匠……今回のクエストも、師匠のおかげでクリアできたとギルドに伝えたばかりなのに、俺にはまだまだ師匠から学びたいことが」

「いやそういうのはいいから。あとなんか最近ワシのところにお金を渡しにくる人が多いと思ってたけど、オヌシの仕業だったんじゃな」

「いえ、その程度では師匠への恩返しなんてまだまだ足りません」

「過剰なほどに恩返しされとるから! ワシらいまどこに住んどる? 王都の中心都会ド真ん中じゃぞ! しかもこんな広い家に美人な──」

「ハイド様、アルディナク様。お掃除完了いたしました、夕飯のご準備をいたしますね」

「「いつもありがとうございまーす」」


 住み込みメイドのシャロットの背中を見送って、俺と師匠は顔を見合わせる。


「……だからな、恩返しももう要らん。ワシのことは良い介護施設にでもぶち込んだと思って、ハイドも少しは好きなことをせい」

「介護施設って、師匠はまだまだ元気じゃないですか。それに師匠から学びたいことが」

「それはもういいから! マッジで、本ッ当に教えることないから! ワシがハイドのクエストについていかずこうしてぬくぬく隠居ジジイしてるのが動かぬ証拠だから!」

「師匠ってときどき急に言動が若くなりますよね」

「そりゃ若くもなるってもんよ。これ以上オヌシに付き合ってたら死んじゃうもん」


 あいたたた……と腰をさすりながら、師匠はふかふかのソファーに座って、そこそこに高い天井のシャンデリアを見つめる。心なしか初めて会ったときよりも顔から気迫が削がれている気がした。


「きゃうん」と子ブラックウルフこと黒龍丸が師匠の膝のうえに乗っかる。

 黒龍丸は俺と違って魔術が使える。近隣住民を脅かさないよう、普段は魔術で子犬程度の大きさになっていた。


「ハイド、オヌシももう十五歳じゃろ」

「そうですね。師匠に比べたらまだまだひよっこです」

「そりゃ歳だけはそうだけどもそういう話じゃなくて……その、オヌシくらいの歳の子らは、みな普通は"学校"に通ったりするもんじゃ。ハイドは学校に興味はないのか?」

「師匠が行けというのであれば、俺は行きます」

「だからそういうことじゃ……」


 なぜか師匠は長いため息をついて、それからなにかを思いついたように明るい表情をつくった。


「学校は割と楽しいところじゃぞ。ワシも若いころは通っておった。友達とときに競い、ときにバカやって……恋なんかもして……」

「師匠も魔術学校に通っていたんですか?」

「いや、ワシが通っていたのは剣術学校じゃ。魔術が進歩してきたのに合わせて潰れてしまったがな」


 シャンデリアを見つめる師匠の目に、ほんの少しだけ憂いの色が浮かぶ。

 師匠には、もっと穏やかに明るい表情で過ごして欲しい。


「……森羅万象の理を根底から覆す魔術の前では、あらゆる武術は児戯に過ぎない。でしたよね」

「残念ながらそういうことじゃ。あ、でもオヌシの剣術だけはぶっちゃけ別格とい──」


 バーン! と急に家の扉が蹴破られ、ひとりの男が入ってきた。


「ここかぁ? 最近剣術で成り上がったとかいう嘘つきジジイのいる場所ごふぁあああっ!」


 男は最後まで言い切ることなく、俺のみねうちを受けて家の外まで吹っ飛ぶ。

 俺は被りを振って話を続けた。


「こんな世界はおかしい。剣術が魔術に劣っているなんてウソです」

「いやそれはオヌシの剣術だけ──」

「師匠。俺は決めましたよ」


 鞘に納めた、あらゆる魔術を弾く天災竜アジダカーハの魔石で造られた魔剣──白金しろがね。師匠一押しの鍛冶屋で造ってもらった、いわば師匠からの大切な贈り物。


 その切っ先をシャンデリアに向けて、俺は宣言する。


「師匠から学んだ素晴らしい剣術は魔術に劣るはずがないと、俺が証明してみせます!」


 師匠は眉間を押さえて天井を仰いだ。


「不安になる気持ちはわかります。ですが、師匠の弟子である俺を信じてください。必ずや師匠の悲願を」

「ちょっ、ちょっと待って。マジで待って。てかそれはワシの悲願じゃなくてオヌシの悲願でしょ」

「どちらでも構いません。とにかく、俺は剣術が魔術に劣っているという間違った風潮は正していきたいんです」

「別になにも間違ってないんだけども……」

「師匠はなんとも思わないんですか! 自分の技術がコケにされているんですよ!」


 師匠の煮え切らない態度に、つい俺は声を荒げてしまう。謙虚なのは師匠の良いところだけど、謙虚すぎるのもどうかと思うのだ。


「暑苦しいし剣を抜いたままこっちに来るな! ……そりゃあ、ワシとてなにも思わないところがないわけではない」

「俺も師匠と同じ気持ちです。この心が燃えたぎるような想いは、俺が生まれてきた意味だと感じるんです」


 俺はキリッとした表情で答えた。

 師匠は小さい声でなぜか「絶対同じ気持ちじゃない……」とぼやき、ため息をこぼした。


「それがハイドのしたいことなら、ワシももう止めはせん」

「っ! 師匠っ、ありがとうございます!」

「別に感謝されるようなことはしておらん。少し労って欲しい気持ちはあるけど」

「剣術が魔術に劣っていない。これを証明するには、ある程度影響力のある魔術学校で実際に剣術を披露するのが効果的だと俺は考えます。まずは王立アトランティア魔術学園を足掛かりに剣術を広めようかと」

「名門中の名門だからね。足掛かりっつーか両足で着地しようとしてるからね」

「お言葉ですが師匠。そのツッコミはいささか的外れかと。足掛かりは実際に足を掛けているのではなく、あくまでも物事を始めるキッカケであって」

「あーもーうるさいうるさい」


 というか魔術学校の中でもゴリゴリに魔術に特化した学校じゃなくてもよくない? オヌシ魔術使えんし。つかどうやって受かるつもりなん? と疑問を呈す師匠に、俺は至極真面目に答えた。


「受かるかどうかはまだわかりません。しかしそれくらい大きくて知名度のある学校でなければ、剣術の立場はいまのままでしょう」


 師匠にいってきますと伝えて、俺は入学手続きのために家を飛びだす。

 ついでに先ほど吹き飛ばした男を憲兵に突き出しておいた。




「……これからワシの余生、どうなっちゃうんだろう」


 膝に乗った黒龍丸を撫でながら、アルディナクは再び天井のシャンデリアを見つめた。

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