劣等剣士はバカを叩く
「はああぁ? 剣術だぁ?」
王都からそれなりに離れた街──ステラードのギルドにて。
「そんな玩具でなにができるってんだよ」
俺はガラの悪い男に見下されていた。
これまでのクエストでも、剣術を信用していない人は大勢いた。
しかし、ここまで煽られるのは初めてだ。
男は俺と師匠が腰につけた鞘を指さし、愉快そうに笑う。
「おいそこの姉ちゃん、ギルドはホントにこんな奴らを呼んだのか?」
奴ら。
師匠への敬意どころか舐め腐っているとしか思えない単語に、思わずこめかみがピクリと反応してしまった。
男をぶっ飛ばしたくなる気持ちをグッとこらえる。このクエストも師匠の名前で受注しているのだ。俺の身勝手な行動で師匠の顔に泥を塗るわけにはいかない。
「え、ええ。本命である大型モンスターと対峙するまで魔術師のマナを温存したいからと、魔術を使わずとも戦えるハイド様、アルディナク様をお呼びしたと聞いております」
ギルドの受付嬢にもダル絡みした男は嘲笑を浮かべる。
「マナを温存だぁ? 雑魚の相手なんざ俺様以外の魔術師にやらせればいいだろ。俺様はステラード随一の魔術師、レオンアルトだぜ!」
「は、はい。ですから、レオンアルト様には小型モンスターの相手ではなく、大型モンスターの相手を」
「うっるせぇ! 俺様に指図すんのか!」
人の話を最後まで聞かない男レオンアルトが、受付嬢の胸倉に手を伸ばした。これはさすがに見過ごせない。
俺はとっさにふたりのあいだに割り込み、レオンアルトの腕をつかむ。
「そこまでにしろ」
「痛っ!」
つかんだ手を振り払い、レオンアルトが睨んできた。
「テメェ……誰に手ぇ出したかわかってんのか? あぁ?」
本当に随一の魔術師なのか疑わしいレオンアルトが顔を近づけて詰め寄ってくる。頭突きでもかましてみてはどうだろうか、なんて考えがよぎったが無理やり意識の外へ放り投げた。
無心でレオンアルトの鼻の頭あたりをぼーっと眺めていると、ぼやけて映っている彼の口角がニヤリと上がる。
「お前、イイ度胸してるじゃねえか。表へ出ろ。俺様がちっとは常識ってもんを教えてやる」
返事も待たずにレオンアルトは外へ出ていった。
「……やれやれ、ワシらはどうしたらええのかのぅ」
「あれでもレオンアルト様はそれなりに魔術の才能があるお方です。……できれば、これ以上は機嫌を損ねないでいただけると」
「つまり、レオンアルトの相手をしてほしい、ということでしょうか」
そう俺はギルドの受付嬢に尋ねる。
彼女は控えめにこくりと頷いた。
俺は心が晴れやかになるのを誤魔化しきれなかった。
「では師匠、あの男に常識と師匠の剣術を教えてまいります」
「オヌシ、なんだか生き生きしておらんか?」
「いえ、気のせいですよ。頼まれたので引き受けたまでです」
「……頼むからやりすぎないようにするんじゃぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハハッ、その木のおもちゃで俺様の火属性魔術とやりあうつもりなのか? 全身火だるまになっても知らねえぞ」
相変わらず軽薄な笑みを浮かべたレオンアルトを一瞥し、俺は練習用の柔らかい木剣を構えて、息を整えた。レオンアルトとの距離はおよそ十八メートルといったところか。
「バカなお前に教えてやるよ」
レオンアルトがそう言うと、付近の住人たちが遠巻きに俺たちを見てヒソヒソと話し、民家や路地裏や道具屋などに姿を消していった。
師匠との特訓で俺は聴覚を含めた五感も向上している。
盗み聞きしたみたいで少し申し訳ないが、どうやらレオンアルトは気に入らないやつがいると、定期的にこうして絡んでいるようだ。住人たちは巻き込まれるのを嫌がっていた。そりゃそうだろう。
「おい、聞いてるのか!」
「聞いてるって」
「ならいい。剣術なんてな、あんなものはゴミカスだ。覚えたところで何の役にも立たねぇ。ゴブリンがこん棒で魔術師に勝てるか? 言ってみろよ」
「なにが言いたいんだ」
「わっかんねぇかなー。だからさぁ──」
レオンアルトが手をかざす。
手のひらにマナが集約していき、火球をつくりあげていく──
「──お前もそこのジジイもゴブリンと一緒ってことだほげええええぇぇっ!」
火球が形を成す前に十八メートルの距離を詰め、パシーン! とレオンアルトの頭に小気味いい一発を入れた。
「師匠を馬鹿にするのだけは神が許しても俺が許さん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」
額を真っ赤にしたレオンアルトが起き上がって抗議してきた。
そう固くはない木剣とはいえ強めに叩いたのだが、なかなかどうしてタフな男である。
「なんだよ」
「剣術は弱い!」
レオンアルトは言い切った。
この後に及んでなぜここまで堂々と言えるのか、思考回路が理解できない。
とりあえず俺は木剣を振り上げた。
「あ、そう。なら剣術はすごいってわかるまでやれってことだよな」
「ちちちち違う! さっきの勝負は……アレだ! 俺様とお前の距離が近すぎた!」
「というと?」
「俺様の魔術は威力が凄まじいからな。そのぶん撃つまでに時間がかかる。だから五十メートルは最低でも離れて戦わないと、俺様の凄さが出せない」
「それお前ゴブリン相手にも同じこと言えるのかよ」
「うるさい黙れッ! ……あっ、すみません、その、黙っていただけますでしょうか、あと剣はおろしてもらえると、あ、はい、ありがとうございます」
俺はため息をついて、レオンアルトから五十メートルほど距離をとった。
「こんなもんでいいかー?」
「バカめッ! 俺様の必殺大火球でお前なんか骨も残さずぐぼおおおぉぉぉっ!」
レオンアルトの魔術が発動する前に、五十メートルの間合いを一瞬で詰め、今度は脇腹を木剣で叩く。同情するつもりはないのだが、なんだか若干かわいそうになってきた。
もちろん手加減はしてるけど、いまのは結構痛いと思う。助走を付けるとそのぶんどうしても加減が難しくなってしまうのは、俺がまだまだ未熟だからなのだろう。
「おかしいだろいまのは!」
「魔術師の割に体力高いなレオンアルトは」
「はははそうだろう! ……ってそうじゃない! なんなんだいまの瞬間移動は!」
「なんなんだって、師匠の剣術のひとつ【影抜き】に決まってるだろ」
「ぜってえ剣関係ないだろ!」
肩で息をするレオンアルトは、ビシッと俺を指さした。
「百メートルだ! お互い百メートル離れてから勝負しろ!」
「……まぁいいけど」
レオンハルトから百メートル離れる。彼が右手を動かした瞬間にその手を木剣で叩いた。
「いってええぇぇぇぇええッ! さっきよりいってえええぇぇぇええッ!」
「悪い。いまの俺だと助走をつけるとどうしてもな」
「見えねえ! お前の助走見えねえよ!」
レオンアルトは歯噛みした。
しかしなにかを思いついたのか、すぐに口角をニヤリと上げる。
「決めたぜ、俺様がちゃんと魔術を使ってから、お前が俺様に攻撃できたら剣術を認めてやる」
「お前、実は昔ゴブリンにボコられたことあるんだろ」
「う、うるさい!」
俺は視線を師匠に向けた。
師匠は少しだけ考えてから「やりすぎるなよ」と首肯する。よかった、やりすぎるなと言われてどこまでやっていいのか計りかねていたけど、まだやりすぎてはいないようだ。
「わかった。レオンアルトが魔術を使うのを待つ」
「へっ、はじめからそう言えっつーの」
「そのセリフ、使い方いろいろと間違ってるからな」
レオンアルトが手をかざす。
手のひらにマナが集約していき、大きな火球を象っていく。
なるほど。たしかに魔術発動までは遅いしマナも不安定に見えるが、威力だけはこの街随一というのも間違いではなさそうだ。
「いくぜ、俺様の特大絶大超火球……! ウルトラメガント」
「いいから早く撃ってくれ。その感じだと喋ってるうちに魔術が崩れるぞ」
「い、いちいちうぜえんだよお前はッ!」
巨大な火球が、俺に向かって放たれる。
俺は練習用の木剣を構え直した。
二ヵ月前に師匠と交わした会話が、脳裏に蘇る──
『マナが、見える、じゃと?』
『はい。師匠から剣術を学んでいくなかで、モノに宿るマナや大気中のマナの流れが見えるようになったんです。これが師匠が見ていた世界なんですね!』
『いやいや知らん知らん。ワシも見たことないワシの世界を勝手に見ないでくれ』
──火球に宿るマナ、その脆い部分に木剣を突き立てた。
突き立てた箇所から広がるように、火球は青い粒子となって空中へ溶けていく──マナ還りだ。
マナが魔術師の制御を失えば、魔術は形を保てない。
「そ、そんなッ! 俺様の魔法が壊されるなどッ──!」
信じられない光景に、レオンアルトは白目を向いて。
「これで剣術を認めてくれるんだな……って、おーい」
「こりゃ気絶しておるな……」
立ったまま気を失っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ、ハイドくん、カッコいい……」
遠視の魔術を使い、ハイドを超遠距離から見つめていた銀髪の少女が、うっとりと微笑む。
結局、依頼にあった大型モンスターは、ハイドが倒したのだった。




