第49話 彼の仕事
「魔法を競う大会のようなものがある……それは、わかった」
神妙な顔で呟くトーマ。
「──しかしそれで何故、ヴァイオレットが火猿の手伝いをすることになる?」
「当然のように人を猿呼ばわりしてんじゃねーよつーかおまえが此処にいる必要はないんですけど!?」
「ヴァイオレットのいる場所が僕のいる場所」
何というか、元気ねやっぱりこの二人。
マギカメイアのだだっ広い廊下のど真ん中。ぎゃあぎゃあと睨み合う従者と知人を眺めながら、私は手に持った箒に顎を乗せて、溜め息をついた。
▽
「……まぁでも、トーマの言う通り、貴方が私に声をかけるなんて思わなかったわ」
放っておくと取っ組み合いでも始めそうな二人に──というかスヴェンに向かって話しかけると、赤髪の少年は、何だかばつが悪そうに目をそらす。昼間、秘密(のはず。まだ。一応)の中庭にいきなり現れて、「放課後付き合え」なんて声をかけてきた時は、随分機嫌が良さそうだったのに。
「あぁまぁその、おまえもその、一応ウチに並ぶ名門の人間だからな。運営側の仕事にも興味があるんじゃないかと……」
「隠さなくていいわよ、アーサーの指示でしょ。何、しばらく私の側にいろって言われたの?」
ギクリと強ばる身体のなんと正直なこと。
名門だとか何とか、普段気にもしないことを言うから無駄に誤魔化してる感が強くなるのよ。
しかし、嘘が苦手なスヴェンに代わって予め言い訳を用意しておかなかった辺り、アーサーには私に自分の意図が伝わることを避けるつもりはないらしい。つまりそれは、
(しばらくは大人しくしておけってことなのかしら……)
マグナス家のスヴェンの近くにいろ、というのは、やはり何かしらの、そうしなければ防げない危険を避けるためなのだろう。
此処で私を脅かすのは、基本モニカを聖女として崇め奉る同じマギカメイアの生徒達だ。あれ以来モニカとは一度も話していないけれど、既に街での一件が尾ひれどころか胸びれまで生えてあらゆる人間に伝わっているのは私だって知っている。此処に来てからずっとだけど、このザ・渦中の人って感じは落ち着かないわね。そういや「モニカ様に手を出すな」系の呪いの手紙も何通か貰いました。トーマがこの暑いのにわざわざ暖炉にくべてたわ。
……アーサーはモニカがシンパを制御するのを手伝うって言ってたけど……あっちはうまくいってるのかしら。
むぅ、と唇を尖らせて考え込んでいると、スヴェンが少し困ったような顔になった。
「まあなんかその、アーサーに頼まれたってのは確かなんだけどよ……でも俺、別に嫌々誘ったわけじゃないぜ。何やるにしても一人でやるより友達いた方が楽しいからさ」
「……トモダチ……?」
「何おまえ友達知らねぇの?」
そんなわけないでしょうが。
「貴方と私って友人だったかしら……」
「俺がそう思ってるってだけだ。俺が好きだと思った奴は皆俺のダチだよ、アーサーもおまえも」
スヴェンがけろっとした顔で言う。
何だかすっかり一緒に行動することに慣れてしまった&モニカの放つフラグパワーが比べ物にならなさすぎて、なぁなぁになってたけど──私は一応、この人達“死亡フラグ”と一定の距離を保つつもりでいることも、忘れたわけではないのに。
あまりにすっきり好意を伝えられて、憎まれ口やら屁理屈が、むにゃむにゃと言葉にならずに喉の奥に消えていく。そもそもいくらアーサーの思惑が背後に透けて見えたとは言え、それに私が従う道理はない。声をかけられてホイホイついてきた時点で、私はこの次男坊に間違いなくある種の好意を抱いている。というか何なら私のほうも普通に友人として認識している節がある。
やはり素直が最強か……そう何の恥ずかしげもなく笑われると根が陰キャの私には直視が辛いわ。
「あ、おまえのことはムカつくけどな!」
「望むところだ」
思い出したように付け足されたスヴェンの言葉にトーマが噛みついた。顔怖っ。眼光鋭っ。半分くらい狼出てるわよ。
「僕だっておまえのことを友人だなんて思っていない」
「そうは言ってねーだろうが!」
「…? 言ったのは僕。何を言っている?」
「だ……ムッカつくなぁおまえ~~!」
スヴェンはそうでもないんだけど、トーマがなぁ。
トーマのこの感じは、授業での私の昏倒以来、スヴェンが気に入らないっていうのもあるんだろうけど──今日のところは、アーサーが私の身を案じてスヴェンを側につけたっていうのが凄く気に食わないらしい。自分だけでは頼りないのかとあの王子を問いただしたい気持ちで一杯なのだ。
そりゃ、力でなら獣人であるトーマはこの学園の有象無象には負けないだろうけど……でも、アーサーが求めたのはたぶん、そもそも有象無象を寄せ付けないための“権力の盾”だから。貴族の多いマギカメイアでは直接的な力よりむしろ警戒されるもの。
トーマもたぶん、わかっている。わかっているからこそ、
(拗ねてるのね…)
 
それでさっきからスヴェンに絡みっぱなしなのだ。
 
「ヴァイオレットは僕が守る。おまえはいらない」
「だから俺は別に守るとかそういうつもりで声かけてねーの!勝手に守れよ!」
「……もういいわよ二人とも、身の危険に関して私が信頼してるのはトーマだけだし、スヴェンが私達のことを友達だと思ってくれてるのもわかったわ。それでスヴェン」
「ん?」
これは一体いつまで上るの?
少し前からずっと階段を上りっぱなしでいい加減足が疲れてきた。
マギカメイアがあるのは“土地”というか、ナグルファルという巨大な鯨の背中なわけだから、横に建物を広げるということは基本しない。一階から二階の居住区から更に上階は、授業に必要な教室やその他の施設が積み上がるように建設(建築云々についてはわからないけどたぶん魔法を使っているのだと思う)されているわけだけれど、授業でもここまで“上”に来たことはなかった。
「あー…もうつく」
「?」
私達を振り返って一言そう言ったスヴェンは、何だか知らないけど、やっぱりちょっと困ったような、迷っているような顔をしているように見えた。自分で連れてきといて何でそんな顔。
「……………」
私の“危険センサー”が、きゅぴーんと鳴る。
昼間聞いた彼の話では、今回の魔法対抗トーナメントにおいてマグナス家の管轄の仕事があるから、それを手伝ってほしい、ってことだったと思うんだけど。
「…貴方もしかして何か私に危ないことさせようとしてる?」
尋ねたそばから本日二回目、ギクギクギクッと強ばる背中のわっかりやすいこと。
アーサーもこのくらいわかりやすければかわいいのに。いや腹黒思想が駄々もれなのはマズいか。
「火猿……?」
「あっ、危なくない!いや危なくないっつうか、一定の危険みたいなものはそりゃあるけど、ルールに従ってれば問題ない!」
「ルール?」
目付きが鋭くなるトーマにスヴェンが慌てて弁解する。
どういうことだろう。
私に薬品調合でもさせようというのか。そりゃよくマンドラゴラ鍋かきまぜてますけども。
それからしばらく上へ上へと上り続けて、やがてたどり着いた古い扉の前で、スヴェンはぽりぽりと首の後ろ辺りを掻く。扉を開ける前に確認したいことがあるらしい。
「あー……その、おまえならまぁ大丈夫だと思うんだけどさ…」
「何よ」
「……おまえ爬虫類とか苦手なタイプ?」
「蛇とかトカゲ?苦手というか、別に嫌いではないわよ」
あんまり触れ合った経験は多くないけど。
そう言うと、スヴェンは何故か「よし!」と拳を握った。なんか安心したっぽい。
「ほんとは先に聞いとくべきだったんだけどさぁ、アーサーの頼みもあるし、俺も自分の仕事すっぽかすわけにいかねぇし……おまえを付き合わせても問題ないかアーサーに聞いたら、あいつは“ヴァイオレットだから大丈夫大丈夫”って笑ってたし」
「不名誉な認識の匂いを嗅ぎとったわ」
あの人ほんとに何なの。
眉をひそめる私の前でスヴェンが首から下げた鍵を取り出して、扉の鍵穴に差し込む。彼の手で扉が僅かに開いた瞬間、何とも言えない匂いが──決して臭くはないけれど、嗅いだことのないような匂いが漂ってきて、トーマが私を守るように前に出た。
「トカゲが大丈夫ならたぶん大丈夫だ!」
そう言って快活に笑うスヴェンの、その向こうにいるのは。
「……はい……?」
思いがけず広大な面積の部屋と仕切り──そしておよそ数十頭はいようかという、色とりどりの、ドラゴン達だった。
ドラゴンといっても見上げるほど巨大ではない、一頭は精々馬と同じか、それより少し大きいくらいのサイズだ。たぶん野生種でなくて人工種の、王国の竜騎士が戦闘時に騎竜するような。
一番手前にいる銀色の鱗を持ったドラゴンが、スヴェンの姿を見て興奮したのか、鼻息を吹くように青白い炎を出した。
「騎竜技術も種族そのものの研究も、ドラゴンに関することじゃこの国でマグナス家の右に出るものはいないからな。今度のトーナメントでこいつらにちょっとした出番があるっていうんで、その訓練と管理を頼まれたんだ」
「そ……」
「その代わり俺はこいつらが関わる部分の参加権はなくなっちまうんだけど……あ、おまえは大丈夫だと思うぞ、手伝いったって別に訓練させるわけじゃないし、おまえがこいつらに仕込み出来るなんて誰も……」
「──そんなことは聞いていない!」
全身の毛を逆立てさせるようにして、トーマがスヴェンに詰めよった。怒っているというより焦っている雰囲気で。
「ド……こんな大量のドラゴンがいる場所にヴァイオレットを連れてくるなんて!」
「そりゃこいつらが完璧に安全とは言わねぇけど、そんなんどんな生き物相手にする時だって一緒だろ?」
「規格が違う!ドラゴンには爪も牙もある!」
「おまえにもあるじゃん」
「僕は火は吹かない!!」
「んなこたわかって、だーっもうわかったよわかったからちょっと落ち着けって!」
懲りずに喧嘩を始める二人をよそに、私は。
「……ヴァイオレット?」
よろよろとん、と開いた扉に背をつけた私を見て、トーマの怪訝そうな声がする。「大丈夫?」さてはまっすぐ立てないほど怖がっているのか、と心配するような従者の声。
でもそれも耳に入ってそのまま通り抜けていくくらい、私はただひたすら純粋に、
「すっ……ごーーーーい!」
「え?」
死ぬほど興奮していた。
「だってドラゴンよドラゴン!ファンタジー界の憧れの生き物第一位(私調べ)じゃない!すごいわスヴェン連れてきてくれてありがとう!……あっでも危ないんだっけ?ちょっとねぇすごい小さいのが寄ってきたわよ何これ匂い嗅がれてる!」
「いや……まぁ……そのサイズの奴なら問題ねぇよ、噛まれたところでまだ牙もねぇし……おまえそんなキャラだっけ?」
「……ヴァイオレット、お願いだから自分の指を噛ませようとしないで……食いちぎられてしまう……」
えっ嘘そんなすっぽんみたいなことが?
小型犬くらいのサイズのドラゴンが私の指をくわえたまま、ぎゅぎゅぎゅ、とよくわからない声で鳴いた。
 




