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青年はようやくリジーの右手首を放し、さっきまで彼を抱えていた衛兵に何か言って、リジーと教皇に感謝(らしき外国語)を述べてから、その衛兵と共に部屋を出て行った。
ラルス司教によると、久々に自分の手で食事をしに行ったらしい。
リジーの「奇蹟」を目にして、部屋にいる男たちの興奮は冷めやらなかった。
「試すようなことをして申し訳ありません。それに、率直に言って私は心の中であなた方のことを疑っていました。どうかお許しください」
教皇と司教たちに頭を下げられて、リジーを始め私たちは逆に恐縮した。
「改めて伺いたいのですが」
教皇が再び席に戻り、リジーに顔を向けて言った。
「あなたは一体何者なのですか?」
リジーは真っすぐな目で答えた。
「あたしはエリザベス・フォスターです」
彼女はそれ以上何も言わなかった。
教皇は質問を変えた。
「先ほど見せていただいた力はどのようなものなのですか?」
「触った相手のケガや病気を治すという力です。自分のケガも治せます」
教皇は質問を重ねた。
「あなたには主の御力が宿っているのですか?」
「そんなこと……」
マイクロフトがリジーを肘でつついて、彼女に代わって言った。
「恐れながら私から申し上げます。彼女は謙虚で信心深い女性であり、悪魔を寄せつけません。となれば、彼女に不思議な力が備わっているのは、主がそのように取り計らわれたからに違いありません」
私たちが行った事前の打ち合わせで、リジーはなるべく教会の関係者に嘘をつきたくないと言っていた。
そのため、ガルモンド侯爵とマイクロフトはリジーを預言者や使徒に仕立て上げることをやめ、必要が生じても嘘にならないギリギリの言葉を並べることになっていた。
「彼女は主に愛されているのです」
マイクロフトの最後の一言にリジーが反応したが、再び肘で小突かれて黙らされた。
大胆な発言ではあるが、今のところ反証する事物がないのだから、嘘とは言い切れない。
「主に愛されて……たしかに、リジーの力はそう感じさせるほど偉大なものです。リジー、あなたの力は、生まれつきのものなのですか?」
リジーが顔を曇らせた。
彼女が何か嫌なことを思い出したらしいのは明白だった。
「生まれつきのものではありません」
リジーが彼女にしては珍しく重い口調で答えた。
「あたしはウベルギラス王国のタシケントで生まれたんですが、幼いときに町を追われました。こうなったのはその頃です」
先を促したいところだったが、私たちはぐっと堪えた。
彼女は私と初めて会った夜にも、今回の旅の事前の打ち合わせでも、自分の生い立ちについて話したがらなかった。
私たちの誰かが尋ねても今更話してくれるとは思えなかった。
そして、今回の計画は全てがリジーにかかっており、彼女の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。
「それはどういうことですか?」
私たちと事情を共有していない教皇が尋ねた。
リジーもそう訊かれることは分かっていたらしく、意を決したように、
「少し長い話になりますが、教皇台下が構わなければ、お話しさせていただきます」
と言った。
普通、まともなメシア教徒は司祭の前では赤裸々に自分のことを告白するもので、司祭に対して隠し事をすることは神を欺こうとするのと同義だった。
ましてや教皇を前にするとなれば、リジーのような真面目な人間が秘密を貫くことなどできるはずがなかった。




