歌い手に殺してもらう会(3)
稲荷は幼い頃、兄とヒーローものの特撮やアニメをよく見ていた。
なので、こんな瞬間に少し高揚する。
――そうだ。
僕は、ヒーローになりたい。
「さあ、到着しました。僕たちの隠れ家的な幽世空間です。【チーム救世主】の秘密基地へようこそ」
きつねに祓ってもらった二人を秘密基地に案内すると、石造りの階段に腰かけてスマートフォンを弄りながら待っていた制服姿の夏海が「わあ」と声を上げた。傍らに置かれた『Vtuber冬山スノウマンの現在地』というエッセイ本がぱらぱらと風にページをめくられている。夏海の推しだ。
「稲荷さん、ネーミングセンスダサい」
「新しい仲間が二人も増えたのに他に言うことはないんですか? 夏海さん?」
赤い鳥居に、年中咲き誇る見事な桜の木。空はマーブル模様だ。
足元を半透明な金魚がすい、すいと泳いでいる。
「稲荷さん。このお魚ね、あたしがおばあちゃんと描いたんだよ」
「夏海さんのおばあちゃんも素質があるのですね。連れてきてもよかったのに」
「おばあちゃんを変なことに巻き込みたくないし」
「巻き込んでいきましょうよ。僕たちはファミリーです。アットホームな秘密組織にしましょう」
「絶対やだ」
稲荷と夏海が話す間に、七氏と秋穂は現実離れした空間に目を白黒させ、身を寄せ合っていた。先に救われ、この非日常空間に順応した夏海は、新参二人に共感する様子でポケットを探ってグミを取り出す。
「お話は稲荷さんから聞いてます。あたし、お二人より先に怪異事件に巻き込まれて助けてもらった夏海といいます。これ、どーぞ!」
「グ、グミ?」
「ありがとう……?」
夏海は社交的だ。
賽銭箱の前に座り、稲荷は三人に声を響かせた。
「皆さん、このたびは僕と契約してくださり、誠にありがとうございます。僕は皆さんを怪異から救った恩人です」
「稲荷さん、すごく怪しい」
「夏海さんは少し黙って」
稲荷は夏海のブーイングを落ち着かせ、胡散臭いと自覚のある慇懃無礼な笑顔を浮かべた。
「僕は皆さんを救った対価を求めます。つきましては、今から話す身内の不祥事を聞いていただき、僕が世界を救うお手伝いをしてください」
稲荷は自分がリーダーを務める新設組織のメンバーへと、張り切って説明した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
いやー、実はかくかくしかじかで、うちの兄が変なものを現世に招き、怪異を世の放ってしまいました。すみません。
なぜ東京に限定されているかはわからないのですが、皆さんが巻き込まれた事件はその一端です。大勢を巻き込み、殺害する頭のおかしなお祭り。迷惑ですよね。僕も迷惑しています。
兄は子供のころに別れてそれきりなのですが、どうやら思金神を名乗っております。思金神がわからない? ええと、お手数ですが、あとでネットで調べてください。
それでですね、兄はですね、この迷惑な祭りを主催して、より偉大なものを誘おうとしているようなのです。
古事記ってご存じです?
あっ、夏海さん意外と知ってた。七氏さんはご存じない? ああ、泣かないでください、秋穂さん。なんかごめんなさい。もうちょっとだけお話に付き合っていただけますか。すみません。
なんかね、恥ずかしくなってしまうのですが、神様をその身に降ろしたと言い張ってるようなのですね、僕の兄。
でもですねー、絶対、あのとき降りてきたのは神じゃないんですよ。兄も「違うなー」と言ってたんです。なのに、名乗っているみたいでしてね……。
恥ずかしいですよね、きっと兄もおかしくなってるんだろうなあ。はあ……。
そんなわけでして、僕は弟として、馬鹿げた兄のお祭りをやめさせて、世の中を救ってさしあげようと思っているわけなのです。
皆さん、これについてどう思いますか?
僕は自分で、わりと善良でヒーローみたいだなって思うんですけど……夏海さん、笑わないで。秋穂さんはちょっとお休みしましょうか。あなたには、なんかカウンセラーとかが必要ですよね。お母さんも。うん、うん。大丈夫。すべて良い方向に転がしていきましょう。
皆さん、仲間ですからね。助け合っていきましょうね。僕は正義の警察官なので、安心して頼ってください。
あやしすぎる? それは、まあ、はい……。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
警察署の裏手にある喫煙所は、昼下がりの光の中でもどこか薄暗い。建物の影が落ち、コンクリートの壁に紫煙がゆっくりと漂っている。
稲荷は角を曲がりかけて、ふと足を止めた。女の声が聞こえる。
「何をのんびりしているの? 早く殺さないと……」
随分と物騒なことを言う。この喫煙所で会話するのだから、市民に安心してもらう立場に身を置いている人物だろうに。
耳を疑って視線を向けて、稲荷は目も疑うことになった。
喫煙所には声の主と思しき女がいたが、彼女の話し相手は見覚えのある人物――常盤だった。しかも、女の容姿は。
「あっ。金髪美女だ」
長いストレートロングの金髪に、すらりとした長身の美女だ。サングラスをしていて、クールビューティという言葉が連想される。刑事というより、雑誌の表紙にでも載っていそうな外見だ。
「あれ……夏海さんが言ってた詐欺師では?」
警察署にいて常盤と話しているということは、あの名刺は本物ということだろうか? 詐欺師ではなく?
稲荷が夏海との会話を思い出しながら見ていると、常盤がこちらに気づく。
垂れ目がちな目が見開かれ、リラックスして談笑していた表情が一瞬、強張る。
なんだ、その顔は。逢引きを見られて照れている? まさか。いい年して――稲荷が首を傾げていると、常盤は慌てた様子で煙草を灰皿に押しつけ、足早にこちらへ歩いてきた。
「稲荷。お前が変な通報するから、俺は少年歌い手へのストーカー疑惑で聴取されたんだぞ」
開口一番、常盤は不満をぶつけた。なるほど、お怒りだったらしい。
稲荷は即座に答えた。
「事実じゃないですか」
「違う!」
常盤が声を荒げる。
「俺は少年趣味じゃない! あの歌い手は将来立派な歌い手になる才能の持ち主で――」
入れ込みようが本格的だ。稲荷は秋穂を思い出し、眉を寄せて腕をさすった。
「先輩、もしかして白色症例にやられてません?」
「何?」
「コミュニティに入ったり、クレカ貢いだりしてます?」
稲荷はわりと本気で心配していたが、常盤は一瞬ぽかんとしたあと、額を押さえた。
「入ってない! 貢いでない! お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、だって症状にぴったりじゃないですか。危ないなあ。カウンセリング受けてくださいよ。頭冷やした方がいいと思います」
常盤はため息をついた。なぜそんな残念そうな目で見るのだろう。残念な気分なのは僕の方だが――稲荷は肩を竦めた。
この先輩に特に親しみを感じているわけではないが、目の前で死にそうになっていたら忠告するくらいの情はある。
なんて善良な僕だろう。そんな自己評価を付けて陶酔していると、常盤が肩を叩いた。
「いいから戻るぞ」
「美女との逢引きを続けてくださって大丈夫ですよ」
「あの女には振られた」
「告白したんだ……」
二人は並んで廊下を歩き出した。
署内はいつも通りの空気だ。電話の音、キーボードの音、誰かの怒鳴り声。日常の雑音が重なっている。
少し歩いてから、常盤がふと思い出したように言った。
「そうそう。例の【歌い手に殺してもらう会】の情報、よくゲットしたな。でかしたぞ」
「ありがとうございます。実は僕、優秀なんですよ。労われると伸びるタイプでもあります。何かください」
「お前には道徳の本を買ってやるよ。小学生向けからいこうか」
「なんで?」
その瞬間だった。
ドン――と、腹に響くような音が遠くで鳴った。続いて、署内に警報がけたたましく鳴り響く。
「爆発音?」
「何事だ?」
窓の外に目をやると、遠景に黒い煙が立ち上っているのが見えた。
後になってわかったことだが、その黒煙は、とある会社のビルが、原因不明の爆発を起こした事件による煙だった。
ガス漏れか設備事故か、原因はよくわからない。
その会社は、秋穂が勤めていた会社だった。
当時勤務中だった社員は、全員死亡した。
その後、ネット上にはその会社でパワハラが横行していたという噂が出回り、数日に渡って「死者への冒涜はよくない」と反発するクラスターと「天罰が下ったんだ」と犠牲者を叩くクラスターとで激しいレスバトルが繰り広げられたのだった。




