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東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@4月1日新刊発売!
二章、降神衆

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立ちんぼのカオナシさん(3)

「常盤先輩。そのバールみたいなのって何なんですか、お気に入りの武器? あやしいですよ」

「怪異が来るとわかってるからな」


 風下に立っていると、煙草の煙が流れてくる。

 常盤の足元に置かれた黒いバールもどきを見て、稲荷は肩を竦めた。

 

「いいですか常盤先輩。僕が思うに、今回の怪異は、カオナシさんというアニメキャラをモチーフにしたラクガキが具現化されたものですよ」


 稲荷は隣に立つ常盤に説明した。

 白色症例の怪異は、兄と稲荷が空想してスケッチブックに描いていたものが白の異神の権能によって具現化されている。正体がわからないこともあるが、今回は自信があった。


「カオ……ナシ?」

「えっ、先輩。もしかして『千と千尋の神隠し』をご存じない?」

 

 困惑気味の常盤は、次の瞬間ハッと表情を引き締めた。ひゅっと空気を裂くようにして、その手が黒い折り鶴を放っている。頼もしい陰陽師さんだ。

 しかし、折り鶴は空中でぶわりと白い炎を上げて落ちてしまった。


「――来るぞ!」

 

 常盤の緊迫した声と視線の先には、怪異がいた。


 カオナシさんだ。

 子供だった兄がアニメを思い出しながらアウトラインを描き、稲荷が「もっと強そうにしてやろう」といろいろ描き足した結果、線がうにょうにょ、くしゃくしゃになったやつだ。

 リアルに具現化した現在の姿は、線というより虫の集合体みたいになっていて、かなりグロい。

 

「あのおじいさん、『ハロウィンの仮装のような、真っ白なお化け』って言ってたけどこんな仮装いたら街がパニックになりますよね」

「稲荷、ちょっと黙ってろ」

「はい」

  

 秋穂のお母さんは不思議なことに、怪異を見ていなかった。目を開けているのに、目の前の怪異が見えていないみたいだ。


「……加代子さん!」

 夏海のおばあちゃんが悲鳴を上げて近づこうとするので、稲荷はその腕をつかんで止めた。


 その間に、秋穂のお母さんは怪異に望みを果たしてもらうようだった。

 彼女はぼんやりと独り言を始めた。


「ましな自分になりたくて。ましなことをしたくて……怖いけど、怖いことから娘を遠ざけて、代わりに自分がする方が自分がましになる気がして」


 切実な感情が伝わってくる。

 そこから彼女の胸糞の悪い人生が語られて、稲荷はその欲を理解した。

 

 誰かに話したかったんだ。自分を好きになりたいんだ。

 最低の自分だと自覚していて、改善したかったんだ。


 常盤が黒塗りのバールを振り、呪文のような祝詞のようなものを唱え始める。


夫神(それかみ)常立(とこたち)にして動かず、国鎮(くにしず)め、理定(ことわりさだ)め、万象(ばんしょう)(もとい)を為す」


 直後、秋穂のお母さんが怪異に気づいた様子で悲鳴を上げた。

 

「きゃああああ!」

「か、加代子さん!」

  

 稲荷は印刷してきた夏海の絵を掲げ、夏海のおばあちゃんを背中に庇いながら前に出た。


「カオナシさん、新しいカオですよ!」


 おばあちゃんが震え声であんぱんまんの歌を歌ってくれる。

 このおばあちゃんは夏海と絵を描くことで空想を本物にできる能力に目覚めていて、歌の能力はない。

 けれど、この局面で「それ、無駄です」なんて言ったら全員の好感度が下がるので、黙っておく。


 常盤の詠唱が続いている。本命はそちらだ。

 

「龍の気は天に巡り、地に満ちて、()(ところ)を護る。(ここ)御縄張(みなわばり)にて、他の(ことわり)の交わることは、なし」


 怪異がびくりと全身を跳ねさせて、線虫めいた白い何かが暴れるようにうねっている。

 稲荷は大胆に距離を詰め、夏海の絵をその体に押し付けた。

 ぐんにょりとした手ごたえがして、両腕が怪異の体に沈む。

 ぬるりと伸びてきた長細い何かが絵と自分を包み込むようにしてくる。冷たい。生臭くて、吐き気がする。

 吐き気を堪えながら、稲荷は言った。


「今日からあなたは新しいカオをゲットして、ちょっとだけ違う怪異になります。カオなしさんは卒業です、いいことです、おめでとう!」

 

 常盤が黒い折り鶴を追加で放っている。

 今度は燃えることなく、折り鶴たちは怪異を包囲して常盤の詠唱をまるで至近距離にいるような大きさで届けた。

 

「代々仕えし名を()け、(かしこ)(もう)す」

 

 視界の端では、秋穂のお母さんが夏海のおばあちゃんに抱きしめられていた。あのふたりは仲がいい。

 稲荷は安堵した。

 支え合える間柄の仲間がいるのは、いいことだ。

 

主神(しゅしん)御威(みいつ)をもって鎮め給え、

 龍の(ばく)をもって留め給え」 


 ゆるりと怪異が崩れて、形を変えていく。

 

 夜の闇に溶け込むような密やかな黒い炎が怪異を包み込み、その姿を変えていく。


 夏海とおばあちゃんが描いた新しい姿は、招き猫の姿だ。稲荷はいそいそと風呂敷を広げて猫を誘った。

 猫は「みゃあん」と鳴き、ひょこんと風呂敷に飛び込んで包まれてくれる。いい子だ。


「先輩、すごいじゃないですか。本物の陰陽師さんですよ。バールの必要性がわからなかったけど」

「お前が引っ付いてなかったらバールで殴れたんだ」

「僕ごと殴る発想がなくて安心しました」


 グループチャットで怪異ゲットの報告をすると、夏海と秋穂が喜びのスタンプを押してくれた。

 

 冬山と七氏はチャットを見ていない様子――

「うん?」

 稲荷は着信履歴を見て眉を寄せた。


 着信履歴が冬山と七氏からのログで埋め尽くされている……。


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