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東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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1話、神絵師の腕を食べる会

作品に興味を持ってくださり、ありがとうございます。この小説はのんびり連載していく予定です。投稿時には区切りのいいエピソードごとにまとめて投稿するスタイルです(3話セットなど)。お気に入りや評価、感想があると作者の励みになります。もしお好みに合う方がいましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 え? 警察のひと? 聞きたいって? ああ、白いカビのこと?


 ほら、見て。腕。きれいでしょ。選ばれた証拠。

 学校帰りに気づいたら生えてて、最初はびっくりしたけど、よく見たら模様みたいでかわいくない?


 友達はめっちゃ騒いでたけどね。「病院行きなよ!」とか言って。

 でもさ、これが生えると才能が開花するんだって。神絵師の動画で見たの。選ばれた人だけに出るって。……今は消えてるけど。

 あたし、神絵師になる予定なんだよね。これから。

 今まで描いた絵? スマホ見せればいい? ほら。

 ……何の絵かって? Vtuberのファンアートだよ。知らないの? 普通に有名だけど。は、AI? ファンアートは使用禁止だよ。だから神絵師になるの。


 え、通報? されたの? 誰が? なんで?

 ……まあいいや。稲荷(いなり)さんだっけ?

 あたしオフ会行くんで、おじさん、ばいばい。

 

 

   一、神絵師の腕を食べる会

 


 春。

 二十三歳の生活安全課巡査、稲荷(いなり)三郎(さぶろう)は、連休を控えた午後十七時の練馬区の住宅街で雨上がりの匂いに包まれながら聞き込み調査をしていた。

 遠くの踏切の警報と子どもの声を聴きながら身分証明に見せていた警察手帳を閉じると、金色の桜章が夕暮れの湿った光を鈍く弾く。

 周囲は平穏な日常といった風景で、街路樹の影が長く伸びる歩道で向かい合う少女が得意げに見せてくれた『カビが生えたような腕』の白さだけが不自然だ。


「あたしオフ会行くんで、ばいばい。そっちのおじさんも、じゃあね」


 少女が肩にかけなおしたナイロン素材の鞄の端で、巻物を抱えた小さな神のマスコットが揺れる。丸い目はどこか人を値踏みするように細められていた。

 制服の袖を揺らして、少女は踵を返した。

 その背を追うように風が吹き、背後で吸われていた煙草の副流煙の匂いが鼻を突く。紫煙の元は、稲荷の先輩である常盤(ときわ)神護(しんご)だ。振り返ると聞き込みに不向きな不機嫌フェイスが待っていた。


「おじさんって呼ばれたから怒ってるんですか? 顔怖いですよ」

「別に怒ってない。それに俺は三十三だ。まだおじさんじゃない」

「相手は女子高校生ですから」

  

 稲荷が肩を竦めてみせると、常盤は剣呑な目付きで煙草を放り出した。携帯用の丸形灰皿でそれを受け止め、稲荷は整った眉尻を上げた。


「ちょっと! おまわりさん、煙草のポイ捨て禁止ですよ!」

「捨ててない。お前が拾ったから」

「それは僕の善意あってのずるい理屈ですよね。大人は汚いんだよなあ」

「成人して職に就いているお前も大人だ」


 確かに、と稲荷は顎を引いた。

 自認の境目は曖昧だ。稲荷は小学生の頃、事件被害遺児として親族に保護された。可哀想な少年――自他の認識はそれだった。

 高校を出て警察学校へ。交番で酔客と迷子と遺失物にまみれた二年ののち、生活安全課へ引き抜かれた。その間、自分の精神はそれほど変化した意識がないのに、年齢は確実に数字を大きく変化させていき、気づけば少年から大人と呼ばれる身分へと属性を変えている。


「すぐに僕もおじさんと呼ばれるようになるんだなぁ。今を満喫しないといけませんね、常盤先輩」

「世代間ギャップというやつだな。十も歳が離れている俺にそれを言う感性が理解できん」

「悪意があるんですよ」

 

 陽射しは暑すぎるぐらいだ。

 年々気候変動が話題になるが、今年の春は一週間もしないうちに駆け抜けて次の季節にバトンを渡してしまったらしい。

 稲荷が煙草の始末をして白黒の警ら車の運転席に収まると、常盤は業務用端末で報告を済ませた。


「本部、対象接触。例の『白色症例』だ。写真を送る」


 『白色症例』。

 それは、都内で散発する怪異事件群の総称だ。

 共通項は『白』。

 白いカビ、白い羽毛、白い殻。

 そして――怪異。

 

 死者はひとりでは終わらない。感染症のようなクラスター性で、家庭やマンション、学校、SNSコミュニティなど、数人から十数人単位の被害が同時多発する。


 運転席の稲荷は報告の声を聴きながら車を発進させた。そこで、助手席の常盤が唸った。

 

「稲荷。どこに向かっている? 署に戻るぞ」

「あの子を尾行しましょう、常盤先輩。オフ会とやらが気になります。行かないように言うべきだったかな」

「俺たちは調査班だ。拾って、上げる。それだけだ。隔離も拘束も権限外だ」


 正論だ。

 稲荷はハンドルを握ったまま、奥歯を噛むふりをした。


「……了解です。お役所はお役所らしく、ですね」


 メンターを兼ねた先輩相棒に従うべきと理解しつつ、少し不満がある。そんな表情と声を装ってバックミラー越しに常盤の表情を窺うと、常盤は視線を窓に向けていた。稲荷は不満そうな表情を保ちつつ、密かに満足感を噛みしめた。


 警ら車は交差点で一度停止する。

 青信号が長い。


「常盤先輩って仕事終わったら何してるんですか? 飲みに行くとかやります?」

「俺のプライバシーを詮索するな。飲みに行きたいのか?」

「いつか闇討ちしようと思って」

「すまん。どんなリアクションしてほしいのかが本気でわからねえ……」


 規則を守る人間は、境界線を越えない。

 越えないと決めている。


 稲荷はゆっくりと瞬きをして、『先輩への不満を飲み込むふり』をした。

 信号が赤に変わる。

 生まれた時から社会にはそこに所属して生きる上でのルールがある。信号もそのひとつだ。なぜ守らないといけないのかも理解している。大人から子供へ、説明して教え込み、それが当たり前だとわからせて社会に適応する人間に育てられるからだ。


 けれど、中にはルールを理解しない者や、理解した上で侵す者もいる。

 稲荷は静かにアクセルを踏み込んだ。


「悪意があるんです」

 

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