8、戦争でも起こすつもりか?
フッガー家の大邸宅に着いた時、出迎えに現れたのは傷だらけの狂犬だった。まだ血に濡れた包帯が全身の至るところに巻いてあるし、足に怪我をしているらしく、杖をついている。目はギラついていて、頬に出来た傷より、額に巻いてある包帯より目立っている。
「姉上、お待ちしておりました」
マリアは傷だらけの狂犬に驚く。
「マドック、どうしたの? 大丈夫なの? 」
大きく自信たっぷりの声でマドックは応じる。
「姉上の命を狙ってた奴らは叩きのめしてやりましたよ。手下の奴らに傷は負わされましたが、なに、大丈夫。これくらい狂犬と呼ばれる私には大した事ではありません」
胸を張ろうとして、痛みで上手く張れないが、それでも声は力強い。どうだ、と言わんばかりにマリアに付き添っているスキヤキに顔を向ける。
スキヤキは彼に拍手をして、尋ねる。
「流石は狂犬マドック。早くも敵の親玉を打ち倒すとは……で、小夜鳴鳥も仕留めたのですか? 」
「いや、多分あの場にいたならず者達はただの用心棒だろう。私達二人だけで打ち倒せたのだからな」
苦い顔を見せるマドック。そんな彼にスキヤキはさらに疑問をぶつける。
「二人? 敵は何人いたんだ? 憲兵隊で押し掛けたのではないのかい? 」
マドックは右上に視線をそらして答える。
「私にも友人くらいいるさ」
「腕の立つ友人がいたものだな」
マドックは目を閉じて答える。
「貴様の、あの矢を切り落とす腕にも驚いたが、友人の剣の腕にも驚いたさ」
「ほーう、それは一度手合わせしたいものだな」
「剣は貴様が上かも知れない。でも、友人には触れられないさ」
マドックは鼻で笑って、屋敷の中へと案内する。
スキヤキは口笛を吹いて、マリアと目を合わせる。彼の様子にどこか今までと違うものを二人とも感じたのだ。
屋敷の中央に伸びる道を、マドック、マリア、スキヤキ、その三人を取り囲むように並ぶ憲兵10名が歩いて進む。
屋敷の三階から、その動きを見ながら、白く長い髭を触る老人が口を開く。
「今回の実験が上手く行けば、バイバルス将軍に遠征をお願いして下さい」
「勿論です。フッガー翁。我が部隊を改造魔戦士に出来れば、朱殷の鎧にデカイ顔はさせませんし、バイバルス将軍も自信を持って北方遠征に出てくれる事でしょう」
ベルナルド・フッガーは横に立つ男にはそれ以上語らず、実験場にしている庭の一部を見ている。
そのふたりの後ろにはフッガー家と、フッガー家に繋がる貴族や商人達がいる。
ベルナルド・フッガーはこの計画に人生の最期を賭けている。改造魔戦士計画が完全に出来上がりを見てからでは、北方遠征も、また遠征後の北のルチア王国との砂糖貿易の主導権を握る道筋にも、自分の命が間に合わないとみたのだ。
フッガー家の現当主も、その子供達も優秀だ。だがベルナルド程の非情さを持ち合わせていない。フッガー家が、このカラハタスという交易都市の有力者で終わるか、帝国の有力者になれるかは、自分にかかっている。そうベルナルド・フッガーは確信していた。
「用心深いな、あのじいさん」
「どうしよう……」
実験を行う場所の近くまで、ベルナルド・フッガー達は降りて来てない。マリアの自爆計画では、あの屋敷そのものを吹き飛ばすような魔法を準備できていない。
「でもな、マリア。こういう言葉があるんだよ。知らないかな? 『敵を欺くなら、まず味方から』ってな」
スキヤキが手を挙げると、フッガー家の屋敷から爆発が起こる。爆発とともに火の手が上がる。
屋敷の一階の一角が吹き飛んでいる。
「何かしたの? 」
「俺はしてないよ」
叫び声に、悲鳴が屋敷から聴こえてくる。
逃げろ、火事だ、敵がいる、様々な声が飛び交っている。
裏口から屋敷の中にいた人々が逃げ出してくる。
一番戦力を置いていたのは、この実験場なのだ。二人を連れてきた憲兵隊だけでなく、フッガー家の私兵も改造魔戦士の暴発を防ぐ為に、マリアを敵の手に渡さない為に、周りを固めていたのだ。
「盲従派の奴ら、本気で街中で戦争でも起こすつもりか? 」
マドックは呟く。今の自分では盾になれない。
「姉上を守れ! ベルナルド様をこちらへお連れしろ! 」
現当主ではなく、ベルナルド・フッガーを一番に呼ぶことに誰も不自然さを感じていない。フッガー家で一番大事なのは間違いなくフッガー翁なのだ。
ベルナルド・フッガーが息を切らして、マリア達の前に現れた時、マリアは例の魔道具、赤色に発光する短剣を鞄から取り出す。
「これが魔道具の完成品です」
マリアは短剣を掲げ、説明する。
「これを持ち、頭に炎を思い浮かべ、振り下ろせば……」
マリアの胸に一本の矢が刺さる。
スキヤキは反対側から飛んできた矢を切り落としていた。
だが同時に二本、正反対の方向から飛んできていたのだ。
マリアの胸から血が吹き出す。
短剣が地上に落ちた時、また爆発が起きた。
再び悲鳴と叫び声が乱れ飛んだ。