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9、ちょっと野暮用で

 帝国第二の都市カラハタス。帝都の北西に位置し、東の大国クアレーレと、西の様々な亜人や魔族そして人間がそれぞれ国を持ち争っている暗黒地帯との交易の中心になっている。

 北には草原地帯が広がり、騎馬民族達が幅を利かせている。その草原地帯の先にはエルフ達の故郷ふるさととされるルチア王国がある。


 そんな世界の中心とも言われる都市の、中心部から少し外れたスラムのどん詰まりにある酒場に、一人の少女が戻って来る。


 疲れてはいたが、どこか興奮している自分を鎮めようと、彼女はオレンジとウイスキーを混ぜた飲み物を頼む。彼女の師匠から教わった飲み方だ。

 マスターも当然顔馴染み、すぐに変わったそのお酒を出してくれる。基本無口なマスターがお酒と一緒に出してくれたメモを受け取る。

 もちろん彼女にメモなんて置いていくのは師匠だ。


『リナ。ちょっと野暮用で出掛けてくる。ここは自由に使ってくれ。スキヤキより』


 彼女は今日の報告が出来ない。急用だったのだろうか? 誉めて欲しかったのではない。安心させてから出発させたかった。信じていたのだろうと思う事にした。

 甘めなお酒をもう一度口の中で転がしてからマスターに告げる。


「ありがとうございます。今日も美味しかったです」


 二階へと階段を登って行った。




 翌朝、街へ出た。特に用事はない。街の様子を伺いにってところであった。

 昨晩の自分達の事がどれほど噂になってるか知りたかったのだ。

 そこで、おかしな話を聞いた。一人からではない。幾人もの人の口からだ。


 昨晩、フッガー家が襲われた。どうも盗賊に襲われたらしい。かなりの被害が出たらしいが、何でもフッガー家が角砂糖サルカラに毒を混ぜてたらしいと。そんなフッガー家に天罰を与える為に『真紅の月(ブラッドムーン)』、あの伝説の義賊が再び現れたのだと。

 師匠達の二つ名の元になった、あの義賊が現れたという話だ。

 リナも知りはしていたが、最近になって悪徳商人と思われる隊商キャラバンが襲われる事件が立て続けに三件あった。その三件と今回のフッガー家襲撃事件が全て同一犯で、あの義賊が復活したと噂になったらしい。


 街の人々が義賊の復活を望むのはわからなくはない。だが昨日までそんな話はなかったはずだ。今日突然『真紅の月(ブラッドムーン)』の話が出て来ている気がするのだ。


 そしてもちろん昨晩のフッガー家の事件は『真紅の月(ブラッドムーン)』ではない。


 真犯人リナは色んな場所を歩き回った。自分の知らない情報が急に広まっているからだ。



 大通りを憲兵達が歩いてくる。もちろんリナは隠れたりはしない。なるだけ気配を消そうと、人が複数いるところに紛れようとする。憲兵の一人がこちらに歩いてくる。()()()()()で歩いてくる。

 すぐ横の露天の店主に果物を注文して、リナに小声で話し掛けて来る。


「後で仕事の話がある。今晩、あの酒場にいるように」


 捕まえるなら今この場で捕まえるだろう。だがリナは逃げる準備だけはしとこうと思った。




 いつもの酒場の今日はテーブル席に座って、リナはお酒を飲んでいる。普段より酒精の弱いものにしているがやはり緊張からか飲まずにはいられない。

 修羅場を抜けてきたはずなのにと思う一方で、リナ自身で生き抜いたと思う事が出来ないからだ。

 だから目の前に座ってなかなか話し出さないこの男に恐怖を感じるのかも知れない。

 結局耐えきれずリナは話し掛ける。


「マドックさん。あのぅ……」


「仕事を依頼する。昨晩、フッガー家が襲われたんだが、犯人は伝説の義賊『真紅の月(ブラッドムーン)』だと噂を流してくれ。特に亜人達、特にゴブリン達にその噂を流して欲しい」


 リナは頭を回転させる。

 憲兵隊長のマドックが言っている内容は、昨日の犯人がリナとゴブリンのナパート族だと知っていると言うことだ。リナは、だが捕まえると言っていない事にも気付く。その上でその事を口外するなという事だ。だってその噂は既に広まっている。彼女が今更広げられる事なんてないのだ。

 昨晩の事をもう一度思い出す。

 リナの命の恩人は何と言っていたか……。そろそろ衛兵達が来ると、衛兵の動きを知っていたのでないか?



「貴様が知らない事が沢山ある。私が知らない事も沢山ある。だが出来る事をきちんとやればいいだろう。ひとつひとつ、このカラハタスを、この帝国を守る為に私は仕事をしている。貴様のやりたい事にとって、今回の仕事の話は何か不都合かな? 」


「僕はまもりたい人を護るのが仕事です。何の問題もありません」


「今夜の酒代は私の驕りだ。それが仕事料だ」


 そう言ってマドックは飲みかけのお酒を流し込んで立ち上がる。


「ここは本当に真紅の月(ブラッドムーン)のアジトだったのかな? 」


 店を出ていくマドックをリナは見つめる事しか出来なかった。

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