4、甘い罠にです
暗い路地をどんどん進む。夕暮れとはいえ、これだけ暗いのは古くオンボロな建物が密集して建っているからだろう。人がいないわけではないが活気は見られない。歩き方がだらっとしているせいかも知れない。
リナは自分が昔住んでいた村を思い出す。
人の数は変わらない。小さい村ではあったがこのスラム街よりは余程広い。村の人々はもっと元気に歩いてた。弱く力ない人々が住むのは同じなのに……。そうリナは思いながら歩いてた。
目の前でケンカが起きている。ドワーフとオークだ。
リナは特に気になりはしなかった。帝国最大規模の交易都市カラハタス、人間以外も多くいる。さらにここは貧民街。治安は悪い。だから通りすぎるつもりでいた。
リナは走り込んで、オークの手首を叩く。だが、オークの手首は人間より太く、握力・腕力も人間より強い。オークの動きを一瞬止めたが、彼女は目的は果たせない。力量に大きな差がないと無傷で事を収めるなんて無理なのだ。
リナはオークが嚇しで動いていないと判断して今度はナイフで手首を斬りつける。
「がぁ」
痛みで叫ぶオークを蹴り飛ばし、ドワーフを見る。
「アイツおかしいんだ……。でも、殺さないでくれ。悪い奴じゃねぇ」
顔見知りのようだ。
「物騒なケンカは止めてくれ。僕は嫌いなんだ」
リナの言葉にドワーフは体格に似合わない小さい声を出す。
「普段は拳のケンカだ。今日のアイツおかしいんだ……」
リナはオークを見る。オークはまだ倒れている。気配で倒れたままなのはわかっていた。それがおかしいのだ。
リナはナイフを仕舞い、オークに近付く。オークの目は開いている。意識はあるようだ。口から大量の涎を垂らしている。彼女はオークに詳しくはない。豚のような鼻と人より長い犬歯が目立つ亜人。カラハタスに来るまで見たこともなかった。
「僕はどうこうする気ないので、お任せします」
ドワーフが肩を竦ませる。
「ああ、助かる」
リナはオークの瞳を覗き込む。どこか虚ろだ。
「質問だけいいですか? この方はお酒に弱いとか酔ってるとかありますか? 」
「いや、そんなこたあないんだ。だから今日のこいつはおかしいんだ」
リナは立ち上がり、もうひとつ質問する。
「今日はずっとここに? 」
「昼までどっか行ってたな」
リナは頭を下げて、ドワーフと場所を入れかえる。
一度戻って頭を整理しなくちゃいけない。リナは足早に帰路に着く。体調は良くない、と思ってる。少し休もう。朝から動きっぱなし。彼女はもう景色なんて見ていなかった。
いつもの酒場へ帰り、二階の宿に戻る。ここの二階には五部屋あり。リナが入った事により、満室となっている。ひとつは酒場のマスターの部屋。それにスキヤキとダニエルがそれぞれ借りている部屋。私が借りた部屋。もうひとつは今は人がいないが、定宿として貸し切りしている人がいるらしい。
こんな宿を五年分前金で支払っているような人だ、間違いなく犯罪者の類いと見ている。
さて、整理しようと、リナはベットに腰掛ける。だが、すぐに立ち上がってテーブルの端に置いていたシナモンスティックを手に取る。もう一度ベッドに座り直して、シナモンスティックを口に咥える。大きく息を吸う。シナモンの香りとともに頭をすっきりさせる。
角砂糖の工場の暴動。死んだゴブリン。衛兵の情報提供。自分の体調不良。オークの異常行動。
魔法ではない、何か不思議な力。毒……?
繋がりそうで繋がらない。
駄目だ。わからない。ベッドに横になると、リナはいつの間にか眠っていた。
コンコンと、戸をノックする音にリナは起こされる。
「はい。どうぞ」
戸を開けて姿を見せたのはゴブリンだった。武器は手にしていない。手にしていたならリナもナイフを構えていたはずだ。
鎧兜を身に付けたゴブリンがいた。彼は頭を下げてリナに話しかける。
「我が同胞の言葉を伝えていただき誠にありがとうございます」
今にも泣き出しそうな、もしくは怒りを爆発させるような複雑な表情を見せるゴブリンに圧倒されたリナは質問で返す。
「今朝、お会いした方の同胞ですか? 」
「ナパート族ヘロス村バルブです。我は同じくナパート族ヘロス村ダルトン」
リナも姿勢を正して、改めて自己紹介をする。
「オランジェ村のリナです」
「感謝を伝えに来たのと、リナさんも被害に遭われたと聞きましたので」
「被害? 」
「甘い罠にです」




