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8、こんな大事な時に

 聴こえる音は鶏の鳴く声。それと雀の声。風の音。館の下働き達の早朝の足音。隣から耳に入ってくる呼吸の波。自分の胸が刻むリズム。


 カサンドラの穏やかな朝を打ち破ったのは彼の弟子だった。


「師匠、カサンドラさん、おはようございます」


 元気の良い声が気にくわない。


「「おはよう」」


 だが、ハーモニーを実現できた事には感謝する。カサンドラはスキヤキの挨拶のタイミングもメロディラインも既によくわかっている。


 白猫との生活はとても素敵だった。だから客が来て、二人の空間を乱されるのは大嫌いであった。


「領主様の所に新たな連絡が来たそうです」


 カサンドラは自分を起こした馬のいななきを思い出す。あれが何か伝えに来ていたのだろう。


「朝食の時にお話になるそうです」


 スキヤキがシナモンスティックをもう一度口に咥える。その姿を改めて眺める。カサンドラはスキヤキの指を見る。消えない傷はいくつもついている。だが細く長い指は彼女の瞳を離さない。

 カサンドラはスキヤキが彼女の視線に気付いているのが突然わかった。突然? いや、彼女にはわかるのだ。彼の鼓動が変わったのがわかるのだ。


「そろそろ行こうか。俺も髭くらい剃るか」


 スキヤキがその指で顎から頬を撫でる。




 昨日の鎖帷子くさりかたびらの女性が部屋に迎えに来た。今日の彼女は鎖帷子を外して、畑仕事でもしそうな作業着を着ている。彼女は目にくまが出来ている。彼女の様子を見ていると未だに興奮と緊張が同居しているのがわかる。


「朝食の準備が出来ました。食堂にご案内します」


 その言葉にダニエルが答える。


「昨日の場所だよなん? 」


「あ、そうですよね。ご存知なのに申し訳ないです」


 スキヤキが咥えていたシナモンスティックを懐に片付けながら話しかける。


「貴女は義勇兵でしょう? 失礼、名前を聞いていなかった」


「ローラです」


「ローラさん、気にしなくていい。こいつはいつも失礼な奴なんだ。普段は狩人でもしてるのかな? 」


「は、はい。え、狩人っぽいですか? 恥ずかしい」


 スキヤキが両手を広げて、おどけるように話す。


「違う違う。猫に『様』をつけるのに慣れてないみたいだったからだよ。狩人なら動物は動物でしかないだろ? 目標にしてる獲物ではなくてもね。もちろん武器の扱いには慣れてるだろうしな」


「本物の戦士にはバレバレですね」


「ただの用心棒さ」


 そう言いながらスキヤキがウインクしている。あれだけ剣術・体術に優れているのに、片目を閉じる仕草は非常にぎこちないとカサンドラは思う。

 さあ、行こうとみんなに声をかけ、先導している。スキヤキの手がローラに差し出される。ローラがおずおずと断っている。宙に浮く彼の手をカサンドラは受け取り、案内していただく。スキヤキが笑い、他が驚く中を手を引かれて行く。

 そう。カサンドラは歌姫なのだ。

 称賛され、エスコートされて当たり前。カサンドラにそれだけの風格はある。だが彼女の家で、衛兵の詰め所で見た彼女を知っているリナには不思議であった。彼女は、されて当然だが、そんなものを必要としない女性だからだ。


 食堂までカサンドラの手をスキヤキがとり続けた。席は正面奥に領主が座るのだろう、空いている。右側には奥からカサンドラ、リナ、ローラ。左側には奥からスキヤキ、トーマスと座る。


 リナはカサンドラに小声で話かける。


「ちょっとびっくりしました」


 カサンドラはしっかりと背筋を伸ばして凛として座っている。少し頬が赤い。普段白く、顔色に変化がないだけにその少しが目立つ。


「歌姫と呼ばれるようになって、自分がエスコートされないって経験がないのよ」


 リナはカサンドラの言い分に、まあ、そうかと心の中で頷く。続けて、彼女の言葉が飛んでくる。


「誇りを持って自分らしくありたいの」


 カサンドラの言葉が重ねられる。一つの言葉より、二つ。二つより三つ。複雑なハーモニー。美しいからこそ、隠された真のメロディが聴こえてくる。


 少し妬いたのだと。


 リナはスキヤキを見る。彼は美女が好きだと言う。美女の依頼ならほぼ無料なんて話までしていた。だが、スキヤキのカサンドラへの対し方を見ると怪しい。

 カサンドラは間違いなく美しい。美女である。

 スキヤキがほっといているのは実は美女好きと言うのが、彼の照れ隠しではないだろうか?


 リナは自分の考えに笑う。

 こんな大事な時に、なんでそんなことを考えているんだろう。


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