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7、書き換える為

 月はかなり欠けている。端の丸い線が光るだけだ。もうすぐ夜明けだ。数多くの松明が街の通りには設置されている。明け方になって初めて明るくなった空が見える。薄い茶色のローブを着た男がナイフを拭いている。暗い血を拭うその男の顔にも、その血と似た黒いシミがいくつもある。


 ナイフを握る自分のシワだらけの手を見て、男は呟く。


「大賢者様のようにはなれんか」


 その声が闇に沈んだ時、新しい声が生まれる。


「仕事の報告していいかい? 」


 ナイフをしまい、声を落ち着かせる事に注意を払い、それから闇から浮き出る何かに、男は話かける。


「独り言はあまり聞いて欲しくないな」


 姿を見せぬままローブの男に返事が返ってくる。


「聞いていませんが、魔法を使う人の悩みなんて決まりきっていますからね」


「ベテランの何でも屋として信用出来る発言だな」


 ローブの男は諦めた口調で話す。そう魔法を使うものの、魔法を研究するものの、永遠の課題。時間が……寿命が足りないのだ。

 それでも男は元々寿命が長めのエルフという種族の為に、人間よりは圧倒的に長い時間を手にしている。だが魔法という謎多き真理の前では足りない。全然足りない。

 その上で、今回は強力な魔法を使わなければいけない。彼自身として過去一番の大きな魔法だ。心は踊るが、寿命を考えると悲しいところだった。


「いや、神の御告げだからな。……で、何がわかった? 」


 街を巡回しまわっている衛兵が見つけられない中、宿でなく、仕事をしている現場に情報を持ってくる。この影は有能だ。高い金を踏んだくるだけはあると、ヴィテスは思う。


「まず、エルフの精鋭達は壊滅。導師様が失敗したら、ルチア王国から再度兵隊でも出してもらうしかないね」


 ヴィテスは顔をしかめる。あの霊獣と呼ばれる悪魔に壊滅ならわかるが、あの悪魔がいない状態でルチア王国の精鋭である選ばれた戦士達が破れるとは……。


「失敗できんな」


「で、王宮の神殿には毎日参拝の人々が連なっている。みな、あの霊獣の小さい像に触れながら祈ってるよ」


 アデム国の王宮にある霊獣の像に触れると幸せが運ばれ、祈りを捧げる事で国の安寧が与えられるとの言い伝えがある。


「神を騙るだけで、大罪だ」


「まったくです。是非、罰を与えて下さい」


 感情を感じさせない影の声にヴィテスは苛立つが、すぐさま影の声が続く。


「もうすぐ朝なので、次が最後に。明後日、記念式典が開かれます。霊獣の声をみなに聞かせ、ルチア王国が我らが霊獣を落とし入れようとしていると発表するそうです」


「それに何の意味がある」


「悪魔を討とうとする神を、神を討とうとする悪魔に書き換える為ですよ」


 ヴィテスは歯を噛む。大声を上げたいが、それは叶わず、出来る動作はそれだけだった。

 ゆっくりと息を吐き出してから呟く。


「下等な人間どもめ」


 この言葉に影は反応せずに仕事を果たす。


「詳しい時間や細かい場所はまた明日な」


 そう言って、その存在は消える。




 朝日が眩しい。雲一つない空だ。

 領主の館はなかなかの広さがある。ここは帝国との交易の窓口にあたる為にアデム国内では大きな町だ。それなりに稼ぎもあるのだろうか、領主の奥方から提供された歌姫用の服は質の高いものだった。

 テラスに腰掛けて、美しい空を見ながらカサンドラは紅茶で喉を潤す。彼女自身の庭のように趣向が凝らされているわけではない。だが、広さそのものに力があるかなあと思ったりした。元気に庭を走り回ったりするヘクトールを思い出すと広いのが似合う気もする。

 いや、と頭を振る。自由なヘクトールが好きではあるのだが、ヘクトールに甘えられるのが自分は好きなんだと思い出す。庭が広かったら傍に来てくれる時間が減るかも知れない。


「早起きだな? 寝れなかったか? 」


 カサンドラの後方、まだ距離のあるところから声が届く。彼女は歌姫だ。歌が上手いのは、歌声が素敵なのは当たり前だが、耳ももちろん良い。自分同様に今日は落ち着いてる気がする。


「スキヤキさんも早いわね」


「ああ、いい朝だ」


 それ以上の会話はない。スキヤキはカサンドラの一つ隣の席に座り、シナモンスティックを咥える。ゆっくり香りを味わう。


 カサンドラは歌姫になってからほとんど賞賛の嵐の中にいる。賞賛を投げ掛ける事なく、彼女の目から自由だったのは愛する白猫だけだった。彼女の歌を喜びはする。だが求めたりはしないし、ほっといてもくれる。


 自由であること。それが魅力なのだ。


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