9、助言だけはしておくよ
三人は詰所のテーブルに座ったままだ。
マドックは、既に提案したからな、と話は終わったかのように横を向いている。
カサンドラはマドックの言葉を吟味している。真紅の月とは帝国の昔話に出てくる義賊の名前だ。なぜ、今その名前が出てくるのか?
スキヤキは考えている。受けるべきかどうか? ただ送り届けるだけならそう難しくはない。だが、ヘクトールが逃げたとエルフ達が思っているなら話が変わる。
「いや、だからこそ依頼は受けるべきか……」
「頼むぞ」
今度は失敗するなと言ってるような口振りだった。
スキヤキはさらに考える。今回の依頼料は大金をふんだくれるだろう。ダニエルが文句は言うまい。リナをどうするかだ。エルフの軍人か特殊部隊かわからないが、多分、あの庭に最後に見かけたローブの男は強力な魔法使いに間違いない。そんな敵がいるところに連れて行くべきか。
「スキヤキさんで良かったかしら? 」
「ああ」
「アデムにとにかく早く着きたいです。準備をお願いします」
「相棒が来たらここを出る。カサンドラはすぐ出れるのか? 」
カサンドラが頷く。特に何か持って行く気はないらしい。
カサンドラからすると怪しい男に違いないが、そういった所は考えないのかと、スキヤキは思う。
「確か10日くらいで着くかしら? 」
「荷馬車にはなるが、国境までは多分それくらいで行ける。アデムの王都ならさらに5日くらいだな」
「そうですか」
カサンドラはそこまで聞くと、瞼を閉じる。
不思議な女だ。それがスキヤキの感想だ。
青い絹の服を着て、涼しげな印象で、顔立ちの美しさもあるのたが、ヘクトールに対する想いは非常に熱い。いや、ヘクトール以外に関してが薄いと言うべきかも知れない。
再度、戸を叩く音が鳴る。
ダニエルだ。スキヤキは簡単に事情を話し、荷馬車を頼む。ダニエルが話したのはリナも参加するつもりだと言う事だ。この依頼そのものに関しては受諾一択だった。
ダニエルはマドックに一礼だけしてすぐに馬車を取りに行った。
マドックはカラハタスの門まで憲兵隊に送らせるという。それだけ伝えるとすぐに何処かへ行った。既に完全な真夜中になっている。
緊急事態と言う事で、スッチーデント公爵も応じてくれるだろう。
美女と二人きりだが、ダニエル達が来るまで、一眠り。
同じ時間、別の場所では別の物語が紡がれている。
カラハタスの城壁は高く日干しレンガで積みあげられている。日干しレンガ自体が赤くはないのだが、幾度もの戦いを越えて、血に染まっているとのことで、赤い壁とも言われる。帝国での赤色が神聖な色というのもある。
もう1つ、カラハタスの建造物で有名なものは運河である。砂漠ととなりあわせであり、今は緑が増えているとは言え、カラハタスの大事な水源である。
その運河には昔から隠し通路がある。
門を通らずに外に出るなら、ここしかないと、ローブを着たエルフを中心にルチア王国の工作員達は進んでいく。
「ヴィテス殿、あの悪魔を追うのですか? 」
「うむ。奴を仕留め切れなかったのは失敗でした。だが、逃げた先が今回はわかっている」
「ですが、かなり強かったです」
「アデム国は既に魅了されているだろう。悪魔がいるだけではない、国が敵になるということです。そこを貴方達は把握しておきなさい。ルチア王国には貴方と貴方が報告に、残りの貴方達で悪魔を匿っていたあの女を人質にとって置きなさい」
「ヴィテス殿は? 」
「先にアデムに入り、魔法の準備をしておきます」
そこでヴィテスは、エルフの工作員達全員に改めて伝える。
「あの化け猫の強さははっきりと貴方達にもわかったでしょう。貴方達のような精鋭が20名も力尽きたのです。神の御言葉にやはり間違いはございませんでした。確かに悪魔がいたのです。世界の平和の為に、神の思し召しのままに、その身を捧げなさい」
スキヤキは夢を見ている。夢を見ている自覚がある。
スキヤキは椅子に座っている。目の前にはベッドがある。ベッドを見て、夢であることを確信する。この世界のベッドではない。
「やあ、楽しんでいるかな? 」
左隣に男が立っている。眼鏡をかけた白衣の男だ。スキヤキの方は向かず、彼もベッドを見ている。
「ああ、俺は楽しんでるよ」
「良かったよ。君が望みを叶えることが出来てね」
「本物の悪魔がわざわざ出てくるんだ、何か用事があるのだろう? 」
静かな空間だ。何も音がない。スキヤキのイメージとしては病室。
「神が異物を排除しようとしている」
「俺の事か? 」
「君がこの世にあるのは神が命を与えたわけではないからね」
何故、悪魔は眼鏡なんかかけているのだろう。スキヤキは、今、考える必要ないことが頭に浮かぶ。
「いいかい? この先もどうするかは君自身で決めるんだ。ただ助言だけはしておくよ」
「聞いとこうか」
悪魔がこちらを見下ろし、スキヤキは悪魔を見上げる。
「神は殺せない」




