8、帝国からの依頼だ
憲兵隊の詰所で、カサンドラの声が響いている。大声を出して怒鳴っているわけではない。彼女の声がとにかくよく通るのだ。
憲兵隊長であるマドックは厳しい目をしている。
カサンドラの言葉が本当だとするなら、既にマドックの手には負えないものだからだ。
交易都市カラハタス。プリームス帝国で二番目に大きい都市。そこの憲兵隊長であるわけで、マドックにはそれなりの権限もあるし、コネクションもある。マドックの一番の支援者が亡くなったばかりだといえどもだ。
帝国は世界で一番広い領土を持つ国だ。この国から北に行くと大草原が広がっている。騎馬民族が大草原の覇権を争っている。さらに北へ行くと森が広がっている。どこまでも続く高い木々。その森にあるのが今回問題を起こしたルチア王国であり、エルフの国である。
コネクションがあり、知識や情報があるからこそ、マドックは国際問題の大きさに怯えながら、カサンドラに伝える。
「私はバイバルス将軍に伝があります」
「バイバルス将軍は役に立てる方なの? 優秀な方だとは聞いているけど」
カサンドラがじっと見つめてくる。マドックは、能力があり、更に美しい女性というのが大きな火種になることを、イヤというほど知っている。
「帝国随一の武将でありますし、これは戦争になりかねない案件です。バイバルス将軍であるなら、外交官にも話を廻す事も出来るでしょう」
「なら私からお話しましょう。何度かお会いした事はあります。伝がおありなら取り次いで下さい」
マドックは頷く。
詰所の周りには衛兵隊が配備してあり、既に領主にも届けていた。バイバルス将軍に伝えても領主は何も言わないだろう。そういうお方だしな。
「お話は間違いなく。将軍をここにはお呼びできないでしょうが、手筈が整えば、カラハタスの領主スッチーデント公の元で保護させていただきます」
コンコン。
戸をノックする音で、カサンドラが何か言おうとしたのを留まらせる。
「何だ? 」
「隊長。歌姫を保護された方が戻って来られました」
その声を聞くや否や、カサンドラが立ち上がり、戸を開ける。
「ヘクトールは? 何処にいるの? ヘクトール」
突然、戸口に現れたカサンドラに驚いた憲兵はしりぞく。その後ろにスキヤキは立っていた。
「無事に逃げた」
スキヤキは頼まれていた言葉を届ける。
「無事にとはどういう事ですか? 」
「エルフ達が探して回ってた。逃げた証拠さ。もうエルフ達も散っていったがね」
「ヘクトールを探します」
カサンドラが出て行こうとするのをスキヤキは押し留める。
ここでマドックが助言する。
「スキヤキ、貴様が知っている事を全て話さないと歌姫を止める事は出来ない。既にバイバルス将軍に話すことにもなっている」
スキヤキは話がもう大きくなっているのを理解する。少なくとも帝国の上の方には伝えておくのが無難だ。別にヘクトールに内緒にしてくれと頼まれたわけではない。
「喉が渇いた。酒とイスを用意してくれ。ここでカサンドラにもマドックにも全部話す」
憲兵が席を準備している間は無言だった。
スキヤキはマドックの様子を観察している。イライラしているとは見て取れたが、それは面倒な事件に対してのモノであり、スキヤキに対してのモノではなさそうである。
義理とはいえ、彼の姉を守れなかった事には何も言ってくる事はない。狂犬らしくはない。
いや、そうではないかとスキヤキは思う。
マドックが狂犬と呼ばれたのは狂っていたからではない。出世欲は高かったと思うが、執拗に犯罪者を追う姿勢が狂っていただけだし、開明派としての帝国の繁栄と自分の名誉に盲信していたに過ぎない。スキヤキが実は義姉を逃がした事に思い当たったのかも知れない。
勿論、まだ何もバレてはいないが……。
酒と席が用意されたところで、スキヤキは話を始める。
まずヘクトールがただの猫ではなく、アデム国の霊獣である事。エルフ達が襲ったのは、悪魔が現れたとの神のお告げがあったからだという事。ヘクトールは多分アデム国へ帰っていた事。
「ヘクトールは消えたのですか? 」
「霊獣だろうが悪魔だろうが俺は詳しくない。だが、エルフ達が消えたヘクトールを見て、倒した、殺せたと思っていなかったのは確かだ」
スキヤキは疲れた声で、しかし、確信を持って伝える。
「アデムに参ります」
スキヤキの話を聞いた直後、カサンドラは宣言する。
そして、それを聞いたマドックがスキヤキに声をかける。
「帝国からの依頼だ。真紅の月には歌姫の護衛をお願いする」




