4、美女がいないなんて
「悪魔? 」
「俺は、神様でも正義の味方でもない。自分のやりたい事をするだけさ」
リナはフードで常に顔を隠している様なものだ。しかし、スキヤキにはリナが困惑しているのがわかる。
「この辺りで猫といえば有名な心当たりが三ヶ所ある。元々、野良猫どもがよく集まってるゴミ置き場。裏口にパンの耳だとかを置いているパン屋。そして……」
リナはこの交易都市カラハタスに詳しくはない。裏道も知らなければ、美味しい飯屋も知らない。そして、この街の有名人も当然知らない。
「歌姫カサンドラだ」
「歌姫? 」
「この世界で一番の歌声を持つと言われる女性で、皇帝の前で歌を披露したこともある」
フードの中で、リナは首を傾げる。
「そんな美声の持ち主が猫で有名なの? 」
「飼い猫が有名なんだ。それに美しいのは声だけではないという。歌声は知っているが、顔を間近で見た事がない」
「猫が美しいんですか? 」
「歌姫が美しいらしい」
リナの声が少し変わる。
「悪魔が囁くのは、美女に会いたいと」
「俺は美女が絡まない仕事はしない」
「エルフも美形ばかりですよ? 」
「人間誰しも好みがある。エルフは美形だが、あまり好みではない」
路地を進み。裏通りを進み。
「ひとつ付け加えると、歌姫が飼っている猫も美形で有名だ」
「それ本当ですか? 」
「カサンドラが隣国アテムへ講演に行った時に、感激した向こうの国王から何でも褒美を出すと言われて、選んだのが王宮で飼われていた美しい猫だった……」
「え、本当に本当何ですか? 猫をご褒美で選んだんですか? 」
「それくらい美しい猫であったと有名なのさ。ね、こちらの方が何か惹かれる話でない? 」
リナは力強く頷く。猫達が現れては消えていく、その先に歌姫が、歌姫が飼っている猫がいるかと思うと、確かに気持ちが高揚する。
リナはスキヤキが猫を追ってみるかと言いながら、一匹一匹を走って追わない理由がわかった。猫達が消えていく先と目標と思われる場所が重なればいいわけだからだ。
「あれ? 」
「師匠、どうしました? 」
スキヤキは足を止めて、シナモンスティックを懐から取り出す。目の前には、右に下る小道と、左に上る小道がある。右、左と目をやる。最後に見かけた猫は左に上っていっていた。
「もう一匹待とう」
スキヤキはシナモンの香りを楽しむ。タバコの代わりであったが、もし元の世界に戻ってタバコをまた吸えるようになったとしても、シナモンスティックを咥える癖は治らないだろうなと思う。
心を落ち着ける。風を感じ、眼を閉じる。耳を澄ます。そして、迷う。
「リナって、どれくらいやれるの? 例えば戦闘経験とか」
リナは不意の質問に驚くが、すぐに落ち着いて答える。
「カラハタスへ来る前に、村に来た盗人をひとり捕まえたのと、カラハタスへの道中で襲ってきた盗賊三人組を返り討ちにしたのと、隊商と一緒の時に護衛の人達10人と一緒に野盗の集団を撃退したのと、合計三回です」
「味方がいた時の事も隠さずに話すのはよし。信じてみるか……」
「どうしたんですか? 」
「自分の得物を準備しておけ」
スキヤキはそう言って、左の道を進み始める。
「この先に何があるんですか? 歌姫の家ですか? 」
「いや、猫の集会所」
スキヤキの歩くスピードは変わらないが、猫の動きを探して追うような素振りはなく、リナは何かがあることを知る。黒いローブの中で、ナイフの柄を確認する。いつでも、素早くしっかり握れるように。
しばらくすると、リナはスキヤキからでなく、周囲の状況から何かが起こっているのがわかる。
猫の鳴き声。空気が冷えている事。高まる嫌悪感。何故、何の嫌悪感かはわからない。これが第六感と言うものだろうか。
『古より遠くにあり、常より近くにあり、空の彼方にありて、森の深きに眠る、光の神よ。我ら僕に在りし日の力を貸し与えたまえ』
魔法の詠唱が響く。あたりは暗くなり、その中から強い光が輝き膨らもうとしている。
「ニャー」
「ニャーニャー」
「ニャーニャーニャー」
「ニャーニャーニャーニャー」
それに対して、猫の鳴き声がどんどん重なり、どんどん増えていく。光の脹らみも止まる。
リナは魔法が使えない。だが、村のババ様が魔法を使うのを見た事はある。大きな怪我をした村人の出血を一時的に止めていたのを見た。そして、微かに魔力というものを感じた。
だから、この先で起きているのが魔法であり、魔法のぶつかり合いであることを、これだけ強力なぶつかり合いをわからないわけがなかった。
リナの耳にスキヤキの呟きが入ってくる。
「猫もエルフもいるのに、美女がいないなんて……」




