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父親からの許し

 ウォーレルは目の前で口に手を当て驚きを露わにしている女性に釘付けだった。僅かに濡れる緑の大きな瞳、小さな鼻、ちらりと見えたぷくっとした紅い唇、美しい金色の髪。そのどれもが彼女を可憐で愛らしく見せる。

 しかしよく見れば、色白といえば聞こえは良いが血の気が薄い肌に掴めば折れてしまいそうな程ほっそりとした腕、目の下の隈、何よりベッドに横になっている姿は彼女の身に起きている事をはっきりと突きつけてきた。



「どうして……どうして教えてくれなかった」



 責めているように聞こえる言葉も、悲しげに眉を下げるウォーレルの表情を見れば違うとすぐにわかる。少しずつ衝撃から立ち直ってきていたフェデルシカはウォーレルが何かを知ったのだとすぐにわかった。だが、得意の笑みを浮かべ首を傾けることでその問いには答えない。

 そんなフェデルシカの態度にウォーレルは眉をひそめるだけで何も言い返さなかった。それをいいことに、フェデルシカは王女としての仮面を被り、少し身体を起こすと頭を下げるだけの礼をとった。



「改めまして、私はフェデルシカ・アミール・ローゼリアと申します。このような体勢でのご挨拶、誠に申し訳ありません。この度は、遠路はるばるよくぞローゼリア王国へお越しくださいました」



 ウォーレルは一瞬目を見張ったものの、すぐに表情を引き締め深く礼をとる。



「突然女性のお部屋に許可もなく入りました事、誠に申し訳ありません。私はヘルス王国第二王子、ウォーレル・アラウド・ヘルスと申します」

「こちらからお願いして始めたというのに、勝手に文通を終了させてしまって申し訳ございませんでした、ウォーレル様。こちらの我儘にお付き合いいただいて、ありがとうございました。直接お礼を伝えられる機会があってよかったですわ。しかし、どうして貴方様がこのような場所にいるのでしょうか?」



 フェデルシカからは笑みが消え、次のウォーレルの言葉から情報を引き出そうとしていることが伺える。それもそのはず、フェデルシカの隠された建物は王宮の裏手にある林の中にあり、王族しかしらない抜け道からしか来ることができない場所なのだ。

 例えフェデルシカが生きていると知っているからといって、ウォーレルがここまで自力で来れる方法など限られている。それは王宮の中の至るところを勝手に探し回ったか、王族から聞き出したかだ。前者だとしたら、ヘルス王国との友好関係強化は再検討すべき事となるし、後者だとしたら、両親や兄が簡単にフェデルシカについて口を割るとは思えないので脅された可能性も出てくるのだ。フェデルシカが警戒するのも無理はないだろう。


 そしてウォーレルもまた、フェデルシカに警戒されるのは百も承知で訪れたのである。ただ、わかってはいてもフェデルシカに睨まれるのは堪えるのも仕方のない話だ。

 ウォーレルは胸が軋むのを感じながらも、表情を崩すことなくフェデルシカの目を真っ直ぐ見つめ返す。嘘じゃないと信じてもらうために。



「この場所はドレット国王陛下に教えて頂いた」

「お父様に? その証拠は?」

「アレンという騎士にここまで連れてきてもらった。今は扉の外で待ってもらっている」



 そのウォーレルの言葉に反応するように少し開いた部屋の扉の向こう側から「ここにおります」とフェデルシカの聞き慣れた己の専属騎士アレンの声がした。

 いつの間にか強張っていたフェデルシカの身体からふっと力が抜ける。ウォーレルの言っていることは間違いないらしい。アレンはフェデルシカの命令しか聞かない専属騎士。フェデルシカの他にアレンに命令できるのはドレット国王のみであった。


 しかし、フェデルシカは国王であり父親でもあるドレットがウォーレルにこの場所をなぜ教えたのか理解できない。

 正直、フェデルシカは会えることはないだろうと諦めていたウォーレルに会えて嬉しかった。艶やかな黒髪に全てを見透かされているような切れ長の瞳、通った鼻筋、薄い唇、凛と澄んだ雰囲気。全てがフェデルシカの想像以上で、ウォーレルだとわかった時は心臓の鼓動が空気を伝わって彼に届いてしまうのではと心配したほどだ。


 だが、ウォーレルにこの場所を教えて、ローゼリア王国にデメリットはあれどメリットなどない事は舞い上がっていたフェデルシカでもわかる。なのにドレットは教えたのだ。

 少しでも父親の思惑を察しようと黙り込んだフェデルシカにウォーレルは意を決して数歩だけ歩み寄った。それでもまだベッドからは遠いのだが、これ以上近づく事がウォーレルにはできなかった。



「私がフィー……いや、フェデルシカ様にお会いしたいとドレット国王陛下に頼み込んだんだ」

「え?」

「すまない。私が貴女の存在を知ったことは他言無用と手紙に書いてあったのに。だが、居ても立っても居られなかったんだ……貴女がいなくなってしまう気がして」



 ウォーレルは懺悔するように目を伏せたまま、消え入りそうな声で言った。





 ウォーレルが勇気を出して名乗った手紙を送って、フェデルシカから返事の手紙を受け取ったのは、季節がぽかぽか陽気の春から太陽の日差しが痛く感じる程の夏に変わった頃だった。手紙を届けに来た者を見つけた瞬間、ウォーレルが柄にもなくその者に駆け寄ったことは記憶から消し去りたい黒歴史である。


 もう返事なんて来ないかもしれない、条件を破った自分にフィーは失望したかもしれない、と後悔の念に駆られていたウォーレルはすぐさま封を切る。そして便箋を開いた瞬間、固まった。

 その手紙には、自分はある事情により死んだ事になっているフェデルシカ・アミール・ローゼリアである事。勝手なお願いではあるが、国民のために他言無用として欲しい事が書かれていた。それは三行程にしかならない短い文で、辛うじて読めるかという字だった。



 ドクリとウォーレルの心臓が嫌な音をたて、続けて足元からじわじわと這い上がってくるような気持ち悪い感覚が襲ってくる。その感覚をウォーレルは知っていた。戦い前日の夜や仲間が目の前で息をひきとる瞬間などに感じた、何かを失う前の恐怖。

 手紙を持ったまま固まっていたウォーレルの元にさらなる悪い知らせが届く。それはローゼリア王国からの文通終了の知らせだった。知らせを持ってきた者は、ローゼリア王国国王からの文通に付き合ってくれた事への感謝の言葉などを伝えてきたが、ウォーレルの耳には届いていない。


 ウォーレルの頭の中は一つのことでいっぱいだった。


 ーーフィーに会わなければ。




 それからウォーレルはフェデルシカに会うため奔走した。ローゼリア王国に派遣される騎士や魔術師の総指揮官の地位を射止めるべく、父親には相手に舐められないためにも最初の総指揮官は対等の立場である王族がなるべきだとか何とか言いくるめ、兄には小さな国であるローゼリア王国に時期国王になる者が行く必要はないと今までした事がない程に持ち上げた。

 ウォーレルを時期国王にと推している者などは難色を示したが、そんなものは資源豊かなローゼリア王国との関係強化は国のためにもなるだの、兄に任せては心配だろうなどと適当な事を言って承諾させた。それもこれもウォーレルの持つ容姿や魔力、戦での実績のおかげだろう。今まで自分を苦しめてきたものが役に立っている。ウォーレルは何と言えない感情を抱きつつも、最大限に利用した。



 そして、ウォーレルは派遣軍の総指揮官としてローゼリア王国にやって来たのだ。

 謁見の間でローゼリア王国の王族や側近達に歓迎を受ける派遣軍の中にはウォーレルの姿もある。その凛とした立ち姿は頼もしいのだが、ウォーレルの頭の中はこの後別室にて行われるドレット国王との謁見のことでいっぱいだった。


 ついにその時は訪れる。ドレット国王と挨拶や今後のことについて意見を交わし、ふっと穏やかな空気が流れた時ウォーレルは意を決して口火を切った。



『実は私、今回の友好関係強化の際に行われた文通の相手をさせて頂いてました』



 その一言にドレットの表情が僅かに強張る。ウォーレルが扉の側に立つ騎士を一瞥し、再びドレットへ視線を戻す。ウォーレルが何を言いたいのか理解したドレットは小さく息を吸うと、騎士に少し外に出ているよう指示を出した。もちろん騎士は渋ったが、結局国王の命令に従うしかなく、部屋の外へと出て行く。部屋に二人きりとなったことで、ドレットの顔付きが厳しいものに変わった。



『それで、何が言いたいのだ』

『文通相手であるフェデルシカ様にお会いしたいのです』



 ドレットの纏う空気が変わる。国を背負っている者が放つ誰もを平伏させるような痺れる空気。ウォーレルは背中に冷汗をかきながらも、ポーカーフェイスを貫いた。



『決してフェデルシカ様の事を誰かに言うつもりはありません。ただ、会いたいのです。今じゃなきゃ会えない気がするのです』

『……何故、相手がフェデルシカだと? 娘は幼くして亡くなっているのだが』

『ある事情により亡くなっていることになっているとフェデルシカ様本人から聞いております。その事情などは聞いておりませんが』

『フェデルシカがか……』



 その時のドレットの表情は国王ではなくただの人の親にしか見えなかった。





「ドレット国王陛下は仰っていた。『(ウォーレル)のことを信用したわけじゃない。私を信じたフェデルシカ様を信用する』と。そして私も、知った事は全て墓まで持って行くと誓ってきた。だから、改めてお願いしたい。貴女の事を教えてくれないか……フィー」



 フェデルシカは言葉をつまらせる。ドレットがフェデルシカの元にウォーレルが訪れることを許可したということは、秘密がバレてもいいということだ。フェデルシカを一目見れば弱っていることはすぐにわかるし、何故このような状況なのか気になるに決まっている。

 それでも、フェデルシカは話していいのか判断できなかった。


 その時、エリーが紙切れを手に部屋へと入ってくる。ウォーレルに軽く頭を下げたエリーは、不安げなフェデルシカに優しく微笑みかけると紙切れをフェデルシカに渡し、部屋を出て行った。

 なんだろうか、と折り畳まれた紙切れを開き、中を覗いたフェデルシカは途端に眉を下げ目を伏せるも、ゆっくりと視線を上げる。フェデルシカを心配げに見つめていたウォーレルと目が合った瞬間、どこか泣きそうな笑みを浮かべた。



 小さな紙に書かれていたもの。それはーー


『お前の素直な気持ちのままにしなさい』


 ドレットからのフェデルシカの背中を押すような言葉だった。

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