終わりと始まり
部屋の窓から見えるのは、鮮やかな赤や黄に色を変えた葉や少しずつ枝が見え始めた木々。時より吹く風は肌寒く感じられるようになり、季節の変化を物語っている。暖かい部屋のベッドで過ごすフェデルシカには、そんな変化を肌で感じることはできないが。
「フェデルシカ様、本日、ヘルス王国から正式に騎士や魔術師の派遣者がローゼリア王国にやって来ます」
「そう。やっとこの日が迎えられたのね。これで国民も少しは安心できるといいんだけど」
ベッドの脇に立つエリーの言葉にフェデルシカは安堵の息を吐き、笑みを浮かべた。
ヘルス王国と友好関係を結んだのは約一年程前。条件の一つである戦の際の協力関係を強化するため、ヘルス王国と協議を進めながらローゼリア王国にヘルス王国の騎士や魔術師の派遣をしてもらう事が決まっていた。そして、やっと派遣者を迎え入れる準備が整ったという訳だ。
「準備している者達からすれば一年などあっという間でしょうが、民からすれば長い一年だったでしょうからね」
「えぇ、そうね」
フェデルシカにとってもこの一年は長いようであっという間だった。もしかしたら自分が生きてきた中で一番あっという間に過ぎたかもしれない。待ち遠しい何かに想いを馳せながら過ごす事がこんなにも時が過ぎる感覚を狂わせるなんて、とフェデルシカは感慨深げに目を閉じた。
しかし、そんな日々が訪れることはもうない。
ウォーレルからの手紙が届くことはもうないのだから。
決してウォーレルのせいで文通が終了した訳ではない。もちろんフェデルシカだって文通は続けたかった。しかし、身体は言うことを聞いてくれなかったのだ。
自分の事を知って欲しいとの願いが込められたフェデルシカの手紙。その内容は、とても簡単なものだった。予知夢のことも、人の目から隠されていることも、死が迫っていることも書いてはいない。
ただ、自分はある事情により死んだことになっているローゼリア王国王女、フェデルシカ・アミール・ローゼリアである事。このことは他言無用である事、それだけ。
フェデルシカにとってはそれだけで十分だった。予知夢の事を伝えて民を困らせたくはない。戦に出ていたウォーレルに安全なところで隠れていることを知られたくもない。何より、死が迫っていることに同情されたくはないのだ。
我儘で勝手な言い分だとわかってはいるが、王女としてのプライドと恋を知った女の弱い心が詳しく書くことを拒んだ。
その後、上手く字を書けなくなったフェデルシカは国王である父親に文通を終了したい旨を伝えた。父親がいいのかと心配げに尋ねてきた時、フェデルシカは必死に笑顔を作り頷くしかできなかった。
こうして文通相手になるという条件は一年で終了したのである。
「エリー。これからは他国の者が王宮に出入りする機会が増えるわ。気づかれないように気をつけてね」
「はい。あ、今日は新しい本を王宮図書館から借りてきたんでした。読まれますか?」
「気をつけてと言っているうちから、王宮図書館の本を勧めるあたり……エリーらしいわね。でも、読ませてもらうわ」
フェデルシカはエリーの気遣いが嬉しくて小さな笑いをこぼした。エリーは文通が終了してから、ベッドから動けず退屈しているフェデルシカの暇を潰せるものを色々と考えて持ってきてくれる。最近では騎士のアレンも交え、勉強ではなくお茶会をすることも増えた。それだって、話し相手を失ったフェデルシカを気遣ってのことだとわかっているのだ。
こんなにも自分のことを想ってくれる人達に囲まれて、これ以上の我儘を言えるだろうか。
「フェデルシカ様?」
なかなか本を受け取ろうとしないフェデルシカにエリーが心配そうに声をかけてきてフェデルシカは我に返ると、慌てて本を受け取った。
「……ありがとう、エリー」
「いいえ。本を持ってくるくらい、どうってことないですよ」
それだけじゃないのよ、と思いながらフェデルシカは笑みを深める。
それからどれくらい経っただろうか。本にのめり込んでいたフェデルシカは部屋に明かりが灯っていることも、辺りが薄暗くなっていることも気づかなかった。集中すると周りが見えなくなるのは、フェデルシカの悪い癖である。
「やっぱり最近は日が暮れるのが早いわね」
何だか時の進む速さは変わらないはずなのに、損をした気分になる。もうそろそろ夕食の時間かしらとフェデルシカが考えていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「もう夕食の時間? エリーの選んでくれた本、凄く面白くてのめり、込、ん…………誰?」
建物にいるのはエリーかアレンだけで、きっと夕食の時間だと知らせに来たエリーだろうと思っていたフェデルシカは、ゆっくり開いた扉に視線を向けた瞬間、見たことのない人物が視界に飛び込んできて驚いた。
サラサラの黒髪に切れ長の青い瞳、どこか男の色気を醸し出す美しい顔立ちの男。フェデルシカは警戒し、体が強張った。
そんなフェデルシカの横になっているベッドの元へ男はゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「止まりなさい。貴方はどうやってここへ来たのです? 貴方はいったい誰ですか?」
フェデルシカの口からは自然と冷たい言葉が紡がれる。まさか父親達の身に何かあったのか。エリーやアレンは無事なのか。恐ろしい事ばかりがフェデルシカの頭をよぎった。
一方、男はフェデルシカの問いかけでやっと足を止める。一瞬、困ったように目を泳がせた男は、意を決したのか小さく息を吐き出し、フェデルシカを真っ直ぐ見つめ返した。
「フィー」
その穏やかな男の声を聞いた瞬間、フェデルシカは全身が痺れたような感覚に襲われた。
「勝手に来てしまった」
男は僅かに眉を下げ、申し訳なさそうに呟く。
フェデルシカは大きく目を見開き「まさか……」と声を漏らした。
「貴方……ウォル、なの?」
「そうだよ、フィー」
そう言って男は胸元から大事そうに小さな押し花を出し、フェデルシカに見えるよう前へと突き出す。それは間違いなく、フェデルシカの作った枝垂桜の押し花。
「う、そ……どうして」
フェデルシカの声が震える。そんなフェデルシカに向かってウォーレルはふわりと微笑んで答えた。
「もちろん。フィーに会いたかったからだ」




