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願うとしたら

 視界を埋めるのは淡い桃色。風に吹かれるたびふわりと漂う甘い香り、さわさわと心を落ち着かせる花の揺れる音。


 ーーあぁ、今年もあなたに会えてよかった。



 生命力溢れる幹に手を当て、フェデルシカはそっと枝垂桜を見上げた。本来ならば、もう会えはしなかっただろう桜の花。小さい頃から一緒に成長してきた、フェデルシカにとって大切な枝垂桜。

 再びこの子に出会えたのも、己の心が穏やかなのも、全てはーー



「これがフィーの大好きな枝垂桜か……綺麗だ」



 背後からかけられた穏やかな声に反応してフェデルシカは振り返り、誇らしげな笑みを浮かべる。



「そうでしょう? 私の大切なお友達よ。小さな頃からこの子には何でも話せてしまうの」

「何でも? ……そうか」

「ウォル?」



 腕を組み、僅かに眉を寄せたウォーレルを不思議に思い、フェデルシカは首を傾げた。


 何か変なことを言っただろうか。もしや植物に対して友達と言った事を変だと思われたとか。

 辿りついた答えにフェデルシカは焦り、慌てて言い訳をしようと口を開こうとして、ウォーレルのこぼした小さな笑いに動きを止めた。きょとんとフェデルシカがウォーレルを見つめれば、視線に気づいたウォーレルが苦笑いを返す。



「すまん。ちょっと自分の考えが情けなさすぎて」



 やっぱり意味がわからない。フェデルシカはもっと詳しく話してくれと目だけで促す。それを受け、ウォーレルはしぶしぶ答えた。


 フィーの事を何でも知っているなんて羨ましいと思った、と。


 植物に対して嫉妬するなんてな、と小さく漏らしたウォーレルの声まではフェデルシカに届かない。それでも、フェデルシカはウォーレルの言いたいことが理解できたのか、みるみる顔を赤らめた。

 暫しの沈黙が二人を襲う。先に折れたのはウォーレルだった。



「今日も本を読もうと思って外に出たんだろう? 今回は何の本なんだい?」



 フェデルシカの日課は本を読む事。身体の自由が効くようになってから、天気の良い日はもっぱら日向ぼっこを兼ねて外で読書をしていた。

 それを知っているからか、ウォーレルはフェデルシカの腕に抱えられている本を見つめ、問いかける。

 話が変わったことに安堵したのか、フェデルシカは小さく息を吐き、本を掲げる。ウォーレルに見えるように掲げた分厚い本には『古代魔術』と書かれていた。



「また、難しい本を選んだな。魔術師でもなかなか手を出さないぞ」



 呆れているのか感心しているのか、力の抜けた微笑みを浮かべるウォーレルに、フェデルシカは得意げな表情で「理解できなくても知らない事を知るのは楽しいの」と言いながら、枝垂桜の根元に腰掛け、栞の挟まったページを開いた。



「わからないから飛ばし飛ばしだけど、昔の魔術は壮大だって事はわかるわ」

「何だか大雑把だなぁ。ん? これは……」

「わかるの? さすが国一番の魔術師ね」



 フェデルシカの開いたページを覗き込み、内容を読んでいるウォーレルの表情はどこか真剣だ。茶化すような言葉をかけたフェデルシカもウォーレルの様子に口を閉ざし、様子を伺う。



「これは願いを叶える術式や呪文が書かれたページだな」

「願いを叶える?」

「全てを読み解くことはできないが、まぁ……簡単に言えば、術者の寿命を代償に願いを一つ叶える魔術だ。今はもう使えないだろう。これは禁術と言っていい内容だしな」

「わぁ!! そんな魔術もあったのね!」



 すごいわぁ、と感心しているフェデルシカは本当に楽しそうである。新しい事を知るたびに、顔を綻ばせ、目を輝かせるフェデルシカは何度見ても飽きない。だからウォーレルはフェデルシカに色々な話を聞かせたくなるのだ。

 他のページも見て! とページをめくってはウォーレルに答えてもらい、その内容にフェデルシカは無邪気な笑顔を浮かべながらも、チラチラとウォーレルの表情を盗み見た。


 大きな枝垂桜の木の下で、隣り合って座りながら声をあげて笑い合う二人。

 誰かと些細な事でも共有して笑い合う。それが、どれだけ貴重で素晴らしいことかをフェデルシカはよく知っている。毎日のように会っていても、話していても、それが当たり前ではないことを知っている。

 だから、今この一瞬も無駄にはしたくない。大切にしたいと強く思うのだ。





「もしも何か一つ願いが叶えられるなら、フィーは何を願う?」



 ウォーレルが何気なく聞いた言葉にフェデルシカは考える事もなく答える。



「願う事なんてないわ。だって私は幸せ者だもの。予知夢で多くの民を救えて、家族や周りの人にも恵まれて、ウォルにも出会えた。これ以上望んだらバチが当たるわ」



 どこまでもフェデルシカらしい答えだとウォーレルは思った。

 いつでも前向きで、周りの者を温かな笑顔で包み込む。綺麗なものは綺麗だと素直に言える美しい心は、荒んでいたウォーレルの心まで洗い流してくれた。


 フェデルシカの表情や仕草の一つ一つから目が離せない。いや、離したくない。一日の中で一緒にいられる時間が短いからこそ、ウォーレルは少しの時間も無駄にはしないとばかりにフェデルシカを見つめてきた。


 だからこそ知っているのだ。彼女がいつも浮かべている笑みには違いがあると。

 心から思っている時は、花が咲き誇るような無邪気な笑顔に。そしてーー



「本当に何もないのか?」

「うーん、そうねぇ。じゃあ、私が消えたら、私を忘れてくれる?」



 心を隠す時は、女神のような美しい笑みを浮かべることを。

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