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後悔と決意

 風の冷たさが和らいで、風に春の香りが紛れ始める。草花があちらこちらで芽吹き、陽も少しずつ長くなった。肩にショールをかけ、ドレスの裾を靡かせながらフェデルシカは己の足で建物の外に出る。風が吹いて金色の髪がふわりと広がると、フェデルシカは髪を抑えることもなく胸一杯に息を吸い込んだ。

 まるで長く離れていた大切なものを身体全体で取り戻すように。


 そんなフェデルシカの姿から目が離せず、抜け道の出口から出たまま固まっていたウォーレルを見つけたフェデルシカは苦笑いを浮かべながらウォーレルに近づく。



「また仕事を抜け出してきたのね、ウォル」



 呆れを含んだ笑いを受けて我に返ったウォーレルは、駆け寄るようにフェデルシカに近づき、転ばないように手を差し出す。フェデルシカは戸惑う素振りも見せずに、その手をとった。



「ありがとう、ウォル」

「外に出ても平気なのか?」

「もう! ウォルもエリー達も過保護なのよ。歩けるようになってから随分経つのに、なかなか外に出させてくれないんだもの」



 不貞腐れているフェデルシカを見て、ウォーレルは困ったように眉を下げた。その表情にフェデルシカは満足そうな笑みを浮かべる。


 ウォーレルが予知夢と関係があるのではないかとわかり、共に眠るようになってから、フェデルシカは予知夢を見なくなった。試しに国王や王妃、兄である王太子などとも寝てみたが、効果があるのはウォーレルだけだった。

 何故ウォーレルと共に寝ると予知夢を見ないのか、色々と調べてみたが答えは見つからないままだ。しかし、予知夢を見なくなってからフェデルシカはみるみる回復していった。顔色もよく、食欲も出て、二ヶ月程経った頃には歩けるまでになったのだ。


 この結果に誰もが喜んだ。特にフェデルシカの両親や兄はウォーレルが恐縮するほどに何度も感謝の言葉を伝えていた。


 それからは、ウォーレルがフェデルシカの側にいるのが当たり前のようになり、ドレットなどが牽制してくることもなくなった。

 朝食はフェデルシカと共にとり、仕事をするために抜け道から王宮へと向かい、たまに抜け出し会いに来て、仕事が終わればフェデルシカの元に帰ってくるのがウォーレルの日常になっている。さすがにここまでくると隠し通せるはずがないのだが、共に戦を駆け、数少ないウォーレルの気が置けない友人でもある派遣軍の副官を務めるシルヴァスが、深い事情を話さないウォーレルにも協力してくれていた。



「ウォルもそんなに仕事を抜け出してきたら、シルヴァスさんが困ってしまうわよ」

「やることはやってきてるから心配ない。それより、風が強くなってきた。体が冷えると良くないから建物に入ろう」



 そう言ってフェデルシカの手を己の腕に移し歩き出したウォーレルの表情は見えない。

 二人の関係が大きく変わったあの日から、共に寝る以外、二人の過ごす時間は何も変わらない。変わったことといえば、フェデルシカの体調とウォーレルの態度だ。


 今までもウォーレルはフェデルシカにとても優しく、他愛もない話を聞いてくれたし、知らない世界のことを教えてくれた。それは変わらない。

 だが、たまにフェデルシカをジッと見つめ、表情を曇らせるのだ。予知夢を見なくなった事も喜んではくれていたが、皆のように飛び上がって喜ぶほどではなく、フェデルシカにはどこか苦しんでいるようにさえ見えた。



 今もそうだ。フェデルシカを椅子に座らせたウォーレルは「紅茶とお菓子を貰ってくる」と言って何かを堪えるように笑い、フェデルシカに背を向けて去っていこうとする。その表情が意味するところをフェデルシカは知っていた。何度もいろんな人に向けられてきたからだ。


 フェデルシカは去っていこうとするウォーレルの手を掴む。思いもしない方向へ引っ張られたウォーレルが驚いた表情で振り返った。



「どうした?」

「……」



 フェデルシカはウォーレルの揺れ動く青い瞳をただジッと見つめる。無言の見つめ合いに戸惑い、先に目を逸らしたのはウォーレルだった。



「……例え、もっと早くに解決方法がわかっていたとしても私は予知夢を見続けていたわ」



 幼い子供に言い聞かせるような声で、フェデルシカは静かに告げる。何の脈略もない言葉。しかし、ウォーレルはその言葉に反応し、ハッと顔を上げた。



「私にとって予知夢は王族として民の役に立てる唯一の手段だった。今は派遣軍も来てくれて狙われる事がほとんどなくなったけれど、ローゼリア王国が危機的状況だったなら、私は今でも予知夢を見ていたわ」

「……フィー」

「ウォルは私の選んだ道を認めてくれるのでしょ? それなら、そんな顔しないで。ねっ?」



 ウォーレルの顔がくしゃりと歪む。爪が食い込むほどに握り締められた手を小さくて温かな手が包む。無邪気なフェデルシカの笑みを目に入れた瞬間、ウォーレルはフェデルシカを力一杯抱きしめた。そんなウォーレルの背をあやすようにフェデルシカが撫でる。



「……これからは俺がずっと側にいる。だから、今までフィーがしたかった事をたくさんしよう」



 ウォーレルはフェデルシカが予知夢を見なくなったあの日から、ずっと悔いていた。もっと早くフェデルシカに出会えていたら、もっと早く気づいていたら、フェデルシカを苦しみから解放できたのに。毎日襲ってくる激痛からフェデルシカを救ってやれたのに。ーー救うことが自分にはできたのに。


 フェデルシカが元気になっていく姿を見て安堵したし、素直に嬉しかったが、これが本来のフェデルシカなのだと思えば思うほど、自分がフェデルシカの時間を奪ってしまった気すらして、罪悪感が膨れ上がった。



 しかし、フェデルシカの言葉でウォーレルは自分が間違えていたのだと気がついた。


 そうだった。フェデルシカは予知夢が見れる事を誇ってはいても、嫌がってなどいなかったではないか、と。

 自分は何を勝手に罪悪感など抱いていたのか。フェデルシカは過去の自分の選択に誇りを持ち、未来しか見ていないのだ。そんな彼女の側にいたいと願う自分が過去のことでグチグチと悩み、剰えフェデルシカに心配をかけるとは。


 自分には他の人にはできないことができる。

 フェデルシカの未来を繋げるという何よりも重要なことができるのだ。



「時間はたくさんあるんだから」

「…………ありがとう、ウォル」



 ウォーレルは己の胸の中から聞こえる僅かに震えを帯びた声を包み込むように、優しく、それでいて自分という存在が相手に伝わるくらいの力を入れてフェデルシカを抱きしめた。ウォーレルの背に回っているフェデルシカの腕にも力がこもる。

 その心地よい締め付けを感じながらウォーレルは強く心に誓った。


 ーー必ずフェデルシカを守り続けてみせる。




 ウォーレルの腕の中、フェデルシカは心がじんわりと温かくなるのを感じながら、キュッと唇を噛んだ。

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