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キーナの魔法~外伝~  作者: 小笠原慎二
アスティの恋
14/15

アスティの恋~前編~

本編に続く物語です。先に読んでもいいし、後で読んでも楽しいかと思います。

内容は悲しいものですけれど…。

「ち…きしょう…、あんの、豚親父!」


朝まだ早い時刻、人々がやっと起き出すかというくらいに、その女は悪態をつきながら、体を引き摺るように歩いていた。


「ちょーしに乗りやがって…」


とブツブツ悪言雑言をまき散らす。

その後ろからスタスタと近寄る人影。


「おい、おめぇ」


と女に声を掛けた。


「ああ?! んだよ?!」


不機嫌マックスの表情で、声を掛けてきた人物の睨み付けた。

ところが、その男は平然と、


「大丈夫か?」


と問う。


「ああ?!」


いかにも柄が悪いですとでも主張するような声を張り上げ、女が男をさらに睨み付ける。


「歩くの辛そうだな」


確かに、何だか足を引きずっているようだし、体がだるそうな重そうな感じで女が少し前屈みでいる。


「てめーには関係ねーだろ!」


そう言葉を吐くと、女は男を置いてスタスタと歩き始める。


「いや、まあ、そうだけども…」


やはり女がだるそうに歩いて行く。


「フン! 男なんか!」


そう呟き、無意識のうちに片腕で体を庇っていた。

男はだるそうに歩いて行く女を少し見ていた。

そして、スタスタスタと足早に女に近づくと、


「おい」


声を掛ける。


「ああ?!」


女は再び睨み返す。


「い?」


女が自分の体が宙に浮いたように感じた。

男がひょいっと、軽々しく女をお姫様抱っこしていた。


「送ってってやるよ」

「ハア?!」


知らない男にいきなり抱っこされ、しかも家まで送るなど、危ない奴にしか思えない。


「ふざけんな! 下ろせ!」


女が手足をばたつかせる。


「うおっとっと。今手を放すと石畳の上に落ちるぜ?」


女がピタリと動くのをやめた。

さすがに石畳の上に落とされたら痛いだろう。


「そうそう、大人しくしとけ」


そう言うと、男はスタスタと、女の体重を感じさせない程身軽に歩き出した。


「なんなんだてめぇ…。何が目的なんだ…?」


女が不審の目を向ける。


「目的? 歩き辛そうにしてるから、送ってやろうとしてるだけだぞ?」


男がさも当たり前のように言う。


「それよか、このまま行くと川に突っ込む事になるが、川が家?」


などとアホな事を言ってくる。


「んなわけあるか! そこを左だ!」


女がつられて道案内し始めた。

結局女の住処まで、男が運んで行ってしまった。















扉を開けると、必要最低限の物しか置かれていない室内が見えた。


「簡素だな」

「ほっとけ」


男が遠慮なしにスタスタと部屋に入り、ベッドの側に来ると、


「ほらよ」


ぱっと両手を放した。


「ぎゃ!」


女がベッドに落ちた。


「落とすな!」


ベッドといっても、そんなふかふかの布団があるわけでもない。

ちょっと痛かった。


「早く下ろせってうるさかったからな~」


と男がぺろりと舌を出す。


「ん?」


男の目が、落ちた拍子にスカートがめくれて露わになった女の足を捉えた。

そこには、縄で縛られたような痣、打たれたような痣、痣、痣、痣…。


「お前…」


男が声を失った。

女はその視線に気付き、慌ててスカートで隠す。


「それ…」

「客の趣味だよ」


女がすっぱり言い切った。


「珍しくもねぇだろ。こんなもん」


女は娼婦なのだ。

そういう趣味のお客に、毎日いたぶられているようだった。

女がはっと気付く。


「ああ、そうか。てめーもそれが目当てなんだろ?」


そういうと、おもむろに服を脱ぎ出す。


「やりたきゃやれよ」


そう言って上に着ていた物を脱いだ。

露わになった上半身には、やはり無数の痣と傷。

男が息を飲む。


「早くしろよ。俺は疲れてるんだから」


女が虚ろな目をして、少し俯いた。

肩口で切り揃えられた濃紺の髪が、はらりと首を少し隠した。

男がなんとも言えない渋い顔をする。

そして、


バサッ!


「ぶ?!」


女の足元にあった掛け布団を、女の頭からすっぽりと掛けてしまう。

女は突然頭を覆った布団をかいくぐり、頭をぶはっと出してくる。


「な、何すんだよ!」

「いいから服着ろって。そーゆーつもりで助けたんじゃねーよ」


男は背中を向けた。

女がしばし黙考する。


「か、金は持ってねーぞ…」

「見りゃ分かるわ!」


男がずっこける。


「別に見返りが欲しくてやったわけじゃねーって。困った時はお互い様って言うだろ」


男がそう言い終えた途端。


ぐううううううぅぅぅぅ…


女のお腹が盛大な音を響かせた。

女が顔を真っ赤にする。


「え…と…」


男もさすがに、どうフォローすればいいのか、分からないようだ。


「な、なんか作るか? 何があんだか知らねーが…」


と一応取り繕うとするが、


「出てけ――――!!」


と女が枕を投げつけた。


「うへい!」


男が慌てて部屋を出て行った。

部屋の扉がバタンと閉まるのを確認し、女は布団を頭まで被って丸くなる。


「くそっ! なんなんだあの男は! なんなんだ!」


女はしばらく悪態をついていたが、そのうちに眠ったのか、声が聞こえなくなった。









女に部屋から追い出され、男がしばらく女の部屋を見つめていた。










西の山に太陽が沈んでいく。


「ん…」


女がいつものように目を覚ます。

女にとっては、これからが活動時間だ。


「もう…、夜…?」


寝ぼけ眼をこすり、体を起こすと、誰もいないはずの部屋に人影。

そしていい匂い。


「お、起きたか?」


追い出したはずの男が当たり前のようにそこにいた。

ベッドから落ちかける。


「な、なんで…?!」


二の句の継げない女に、


「丁度良かった。今温まったところだ」


と男がなにやら器を持って来て、女の口にスプーンでそれを突っ込む。


「ホレ」


驚きのあまり対応の遅れた女。

スプーンを口の中に突っ込まれ、素直にそれを味わってしまう。

美味い。

なんとも言えない、素材のうま味が活かされたそのスープ。

質素というか、貧相な食事ばかりの女の舌には、極上の快楽をもたらした。

そのままゴックンと飲み込む。


「どうだ? 美味かろ?」


男はさも当たり前のように言いのける。

そのまま二口目までも突っ込まれそうになった女は、


「自分で食う!」


と器とスプーンを奪う。

そのままベッドの上で、器の中身をがつがつと頬張った。

その姿を見ながら、男は嬉しそうに頷いた。


「美味いだろ~? 俺の妹とお袋が作ったんだぜ」


と何気ない家族自慢。

女がはたと気付く。


「じゃなくて! なんでいるんだてめぇ!」

「え?」


男はさも不思議そうな顔をする。


「いや、腹減ってるみたいだから、なんか美味いもん食わせたろーかと」


と頭を掻きながら答える。


「何が、狙いなんだ?」


女が男を睨み付けた。

まあ当たり前だ。

なんの目的もなく、女の部屋に忍び込んで、ご飯を施すなどあり得ない。

ところが、


「狙い? 何も狙うようなもんねーと思うが…」


と当の男も何故か不思議そうに言う。


「あ、そだ。んじゃ、名前教えてくれよ。お前の」

「名…前?」


何言うとんじゃこいつという顔をする女。


「嫌なら無理に言わなくてもいいけどな。あ、ほんで、俺はアスティ。よろしく」


明るい茶色の髪、緑の瞳のアスティが自己紹介した。

その無邪気な笑顔に毒気を抜かれる女。


「リザ…。リザだよ」


濃紺の髪、同じ色の瞳の女が、男につられて自己紹介する。


「リザ? リザイラでなく? ただのリザ?」

「なんだよ! リザイラって!」

「そーゆー花があんだよ。リザイラっちゅー。お前のその綺麗な青い瞳と同じ色の、可憐な可愛い花がな」


アスティの言葉に思わず赤面するリザ。


「ば、バッケーロ! な、なにが、なにが…!」


手に持っていた器とスプーンを思わず投げる。


「おっとっと」


アスティナイスキャッチ。

器から中身が溢れなかったので、きちんと完食したらしい。


「俺はこれから仕事なんだよ! とっとと出てけ!」


リザがアスティに詰め寄る。


「んなこと言われても、まだ半分以上残ってんぜ? 食わん?」


見ればテーブルの上に大きな鍋。

そこからまだ温かそうな湯気が立ち上っている。


「てめーで食え!」


リザが叫んだ。

そのままさっさと身支度を整え、扉を開けると、


「いいか! とっとと出てけよ!」


とそのまま出て行ってしまった。

部屋に残されたアスティは、残った鍋の中身を見て、


「美味いのに…」


と寂しそうに呟いた。














夜が更け、また東の空が白々と明るくなってくる。

仕事を終えたリザが、昨日と同じように歩いていた。


「くっそ~。昨日変な男に会ったせいか、なんか調子が変だ…」


と言いながらも、昨日よりはしっかりした足取りでスタスタと歩いている。

その時、お腹がクウと鳴った。

思わず目覚めた時の匂いとアスティの姿が浮かんでくる。

あのスープは美味しかった。


(…。何考えてんだ!)


アホな考えを打ち消し、家に向かって歩いた。

そして、家に辿り着き、扉を開けると、


「お、お帰り」


さも当たり前のようにアスティが出迎えた。

こけるリザ。


「どうした? 大丈夫か?!」


慌ててアスティが駆け寄ってくる。


「な…、な…、なんでいるー! 出てけと言ったろー!」


とリザがアスティに掴みかかるが、


「ああ、確かに一回この部屋からは出たぞ」


と平気の平左。


「でもまた腹減らしてるんじゃないかと思って」


と両手でテーブルを指し示すと、そこにはおいしそうなご馳走が並んでいた。


「余計なお世話だ! 出てけー!」


とリザが必死にアスティを追い出そうとするが、


「あ、そーそー。あとこれこれ」


聞いちゃいない。

そしてひょいっとリザを抱え上げると、


「ほ~れ、ベッドに…」

「な、何をする!」


慌てるリザ。


「投げてやる」


言葉通りにベッドに投げやがった。


「ぎゃ!」


昨日に引き続き、ベッドに不時着するリザ。


「つう…」

「ほれ、体見せな」


アスティがベッドの横に立った。

リザが一瞬目を伏せる。


「ほらよ! 好きにすればいいだろ!」


とバサッと着ている物を脱いでしまう。

だが、言葉とは裏腹に、体は少し硬直していた。

この後に起こるであろう事を予測して。

アスティの手が伸びてくる。

リザが固く目を瞑った。

ところが。


ぬりぬりぬり。


肩口の傷に何かを塗り込み始める。

リザが目を開ける。


「まったく、変な趣味の奴はいるもんだな」


と、手に持った軟膏を体に塗りつける。


「な、何を…、してる?」


あまりにも予測外の事に、目が点になる。


「え? 傷の手当て」


まあ、見りゃ分かるのだけど…。


「これは効くぞ~。うちに代々伝わる傷薬なんだ」


とにこやかに手に持った軟膏を自慢する。


「や、そ…じゃなくて…」


傷だらけとはいえ、上半身裸の女が目の前にいるのだが…。


「ん? ああ! もしかして!」


やっと気付いたか。


「恥ずかしかった? 悪ぃ悪ぃ、妹で見慣れてるもんだから」


と頭をかく。

またしてもベッドから落ちそうになるリザ。


「まあ、近頃じゃ、恥ずかしがって、一緒に風呂に入ってくれなくなっちまったけど…」


と寂しそうに言う。


「当たり前だろ…」


見慣れてるってことだから、妹もそれなりのお年頃のハズ。

そんなお年頃の女の子が、兄と一緒に入りたがるわけがない。


「んじゃ、ほれ。自分でできる所は自分で塗ってみ。できない所は俺がやったるから」


と軟膏をリザに手渡す。


「ああ…」


やはり毒気を抜かれ、素直に軟膏を受け取るリザ。


(なんか…。違うよな…?)


と思いながらも軟膏を体に塗っていった。

できない所は、宣言通り、アスティが手伝った。

そして何故か流れで、一緒にテーブルで並べられたご馳走を食べた。

食べ終わる頃にはっと気付く。


「い、いや、ちょっとまて。な、なんでこんなことすんだよ!」


当然の疑問だ。


「え? 口に合わなかった?」


とズレた回答を口にするアスティ。


「そーじゃなくて!」


リザがテーブルを叩く。


「何が目的なんだってんだよ!」


と声を上げる。

当然の疑問だ。


「目的って言ったってなぁ」


ともぐもぐと考えるアスティ。

そして思いついたように、


「あ、んじゃ、リザの笑顔が見たいってのにしよう!」


いや、今決めたように言われても…。

てかこいつ、本当に何も考えてないんじゃ…?


「ふざけんなてめえ!」


リザが憤る。


「まあ、そんだけ元気があんなら…」


と、ガタリとアスティが立ち上がった。


「ほれ」


気合い一発。

リザは再びベッドに投げられた。


「ぎゃ!」


三度目の悲鳴を上げる。


「あちち…」


とベッドで唸っていると、ずしりと背中が重くなった。


「大人しくしてろよ」


振り返ると、アスティがリザの上に跨いで乗っていた。

俯せのまま押さえつけられてしまう。


(男なんて…、男なんてみんな同じだ!)


リザが固く目を瞑った。


「あらよっと」


アスティがリザの両腕を持ち、そのまま持ち上げる。

リザが海老反りのようになり、


「うぎゃああああ!」


痛さに悲鳴を上げた。

体中がバキバキ言っている。


「痛い! 痛い! 痛い!」

「少し我慢してろよ~」

「痛いっつーに!」


逃げる事もできず、リザが痛みに耐える。

そしてゆっくりと体を下ろされた。

ぐったりとなるリザ。


「やっぱ凝ってるな~」


と嬉しそうなアスティ。


「腕が鳴るぜ」

「な、何…を?」


それからしばらくの間、リザの悲鳴が谺していた。













ぐったりとベッドに横になったリザに、アスティが優しく布団をかける。


「目が覚めたらだいぶ体がすっきりしてるはずだぜ! ゆっくり休めよ!」


そして、リザの意識がなくなった。













また夜が近づいて来る。

リザがふと目を覚ました。

体を起こしてみると、アスティの言った通り、体中軽い。

日頃の疲れが吹っ飛んでしまったかのようだった。

部屋を見回す。

そこに人影はなかった。

いつもの寒々とした自分の部屋。


(何を期待してんだ。俺は…)


部屋がいつもより広く、静かに感じられた。


(これが俺の、普通。これが俺の、日常…)


身支度を整える。

扉に近づく。

と、足音が近づいてきた。

扉に手を掛けようとしたその時、


バタン!


その扉が荒々しく開け放たれた。

目の前にアスティの顔。


「…!」

「ほ、良かった~。間に合った~」


走ってきたのか、息が上がっている。


「なんだよ?」


ぶっきらぼうにリザが尋ねる。


「ほれ」


リザの目の前に、青い花が差し出された。

蕾が2、3個あり、いくつかは花開いていた。

リザが見たことの無い花だった。


「リザイラに似た花はないかな~って探しに行ったんだが…、迷子になりかけた…」


それで遅くなったらしい。


「お、俺はこれから仕事だぞ…。そんな物もらってらんねーよ」


顔がほんのり赤くなっているリザ。

そんな顔を見られないように目を伏せる。


「あ、そーか。何か挿しとくもんある?」


それに気付かないのか、アスティ平然としている。


「あるわけねーだろ」


売れっ子の娼婦でもあるまいに、花を挿す器など持っているハズがない。


「どけよ、仕事に行くんだから」


とアスティを押しのけてリザが出て行く。


「ああ。気をつけてな」


アスティ手を振って見送った。


「う、うるさい!」


足早にリザはその場を去った。


(なんなんだよ! あいつは…!)


顔が熱い。

鼓動が早い。


(なんなんだよ…、この感じは…)


リザは足を動かした。

この気持ちから逃れる為に。

あの男から離れる為に。






そんな後ろ姿を見送るアスティは、何事か考えるような顔をしていた。


書いてて、「アスティって、ストーカーでは?」などと思ってしまった。


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