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きみをさがしてた  作者: 亨珈
ただそばにいさせて
24/37

2


 待ち合わせの刻限が迫り、サンドラは改めてスティールの両手を握り締めて言った。

「今日、どんな話だったか……明日教えて欲しいの。もしもそれが私にとって良くないと判断するような内容でも、隠さずに教えて欲しいの。」

「え?」

「お願い。」

 その時は何のことだか解らずに、スティールはサンドラと別れていつもの待ち合わせ場所に向かった。


 スティングがバイクを止めたのは、昔シャールも一緒に転げまわって遊んだ土手だった。そしてこの〈狭間の世界〉にディーンがシャールの体を借りて現れた場所でもある。

 無言のまま二人は斜面に腰を下ろして、束の間夕日が落ちていく様子を眺めていた。それだけで、何故か胸が締め付けられるのは……やはり『ディーン』の人格と会話した最後のときを思い出すからかもしれない。

「日が……暮れちゃうよ」

 ずっと神妙な顔で黙りこくっているスティングに耐えかねて、スティールの方から話し掛けた。

 普通にしていても赤っぽい少年の髪が夕日を浴びて真っ赤に燃えているように映る。精悍な横顔が右隣にいる少女の方を向いた。

「お前さ、隠してること、全部話せよ。ここなら誰も聞いてねえし。」

 眦の吊り上がった橡色の瞳がひしとスティールを見つめていて、いつもの冗談では済ませるつもりはないことを告げていた。

「か、隠してるって……」

「だから、もう隠すな。いきなりシャールがいなくなって、お前がそんなに普通に暮らせるはずないだろ? ディーンとやらの件も、ちゃんと最初から……話してくれよ。信じるから。」

 琥珀色の瞳が大きく見開かれて、明らかに動揺の色が見られた。


 嘘なんて、一番嫌いで。

 それでも、あまりにもこの世界の現実とは掛け離れた出来事だったために誰にも言えずにいたことを、やはり長年の付き合いで何かを感じたのか、幼馴染みの少年は正直に話せと言って来た。

 それでも、真実を本当に信じてもらえるのか。

 親しい人に真実を嘘だと思われるのがもっともっと辛くて耐えられそうもなくて、ひた隠しにしてきたのに。


「長くなる、よ」

 ぽつりと前置きして、生真面目にスティングが頷くのを確認してから、シャールのこと、リルフィのこと……そしてこの世界のほかにさまざまな世界があること、沈んでいく夕日を前にかいつまんで説明したのだった。


「というわけで……今あたしが会いに行っているのは、人間のシャールなんだよね」

 そう締めくくって、スティールは口を噤んだ。

 すっかり日は落ちてしまい、街灯の薄明かりと川面に反射した月明かりだけが二人の周囲を淡く照らしている。

「あー、なるほど。」

 立てた膝に顎を載せてしばらく考えていたスティングが、ようやく口を開いた。話の途中には珍しく一切の口を挟まず、ああとかそれでとか簡単な相槌だけ打って静かに聴き入っていたのだ。


 なんだか釈然としていなかった部分の帳尻が合った気がした。

 十年以上経っていきなり引き取られていったシャールについても、恩人だと言っていたディーンについても、これでようやくスティングの中で納得がいくような場所に収まったようだった。


「なるほどなー。そんで多分、いや間違いなくシャールはスティールのこと好きだろ?」

 くしゃくしゃと髪を掻き回して、やや呆れたような視線を投げて寄越す。

「は? え? なんでいきなりそんな感想?」

 ぱくぱくと魚のように口を開閉させるスティール。

「物心ついたときからずっと一緒にいて、実は他の世界の住人だと判ったからはいさようなら~なんて、オレだったら納得できないね。その〈銀の界〉の存続なんて知ったことかよ。こっちに戻ってきて前みたいに、そんでもって人間のままお前の傍にいたいと思うさ」

「そんな無責任な~っ。」

「無責任で結構。たった一人の子供に世界の命運背負わせるなんて、そんな世界壊れたっていいじゃんかよ。そんなもん、背負わせるのおかしいって。」

「そんなこと言ったって……世界のバランスが崩れたら、こっちの世界もどうなるか判らないって……」

「それでも多分、この世界はオレたちが生きている間は変わらない。それくらいの猶予はあるだろ?」

「あるかもしれないけど……でも。」

 なんと反論すれば良いのか判らなくて、スティールは両手を組んで鼻と口を覆った。

「感情だけなら、そう思うのが普通だと思う。けどシャールはそっちに残ることを選んだ。この世界の全ての命の重みを一身に背負ってさ……そんなの、お前のこと好きだからに決まってるだろ。一人だったら、投げ出して逃げ出して何とか自分ひとりだけ生きる時間と場所があれば、それでいいじゃんか。」


 そう、なのか。

 そこまで思い至らなかった自分に驚愕する。

 当たり前のようにそのことを指摘するスティングにも驚いたけれど、そんな事は誰も言わなかったしシャールも示さなかった。

 それはそうだろう、自分に為に犠牲になるだなどと、当の本人に言うはずがないのだから。


「オレが言わなきゃお前は一生気付かない。それがシャールも本懐だったろうけど、でもオレはそんなの許さねぇ。シャールもオレも、多分お前には家族のように兄弟のようにしか認識されていないからな。思っていること、一番判るのは……オレしかいないだろ?」

 自嘲気味に微笑んで、真剣なままの瞳でひたとスティールを見つめて。

「シャールが言えないならオレが言ってやる。オレは、お前のこと家族だなんて思ってねぇよ。お前は女で、オレの好きな女だ。」

 スティールが何か言う暇もなく、意外に筋肉質な腕が少女を抱き締めていた。

「ホントはずっと、こうしたかった」

 僅かな明かりが少年の顔で遮られて、噛み付くようにキスをされた。唇を舐められて開くように促されても、スティールはぎゅっと奥歯を噛み締めてスティングを拒絶した。

 諦めてようやく唇が遠ざかり、スティールは手の甲でぐいと口元を拭ってスティングの胸を思い切り押して自分は後じさった。

「ひどい! スティングの馬鹿っ! サンディと付き合ってるんでしょ?」

 きつく睨まれて、予想していたとはいえスティングの方もやはりショックは受けているようだ。

「付き合ってるよ。サンディは、オレがお前のコト好きなのも知ってるし、それでもいいから付き合ってくれって。」

 スティールはあからさまに眉間に皺を寄せて、信じられないと呟く。

 けれど、そう言われてみたら今日のサンドラの言動にも色々と意味があったのだと、だからこそ明日教えて欲しいと乞われたのではないか。

「お前だって、オレと似たようなもんだぜ?」

 意地悪くスティングが唇の端を上げる。

「お前は、ディーンの面影をローレンスさんに求めてる。比べてる、いつだって。二人は別人だって解ってない。だろ?」

「ちゃんと解ってるよ! あたしはローレンスのこと、ちゃんと解ってる、ディーンはもういないんだからっ」

 我慢していた涙が、はらはらと大きな両目から零れ落ちた。

 声に出して言ってしまうと、自分でも驚くほどに哀しくなった。

 ディーンはもういない、その事実をその場にいなかった人物にも突きつけられて。

「そうかよ。ならいいけど?」

 少女の涙にも動じず、そろそろ帰ろうかとスティングはバイクに向かった。

「あたし、歩いて帰るから。」

 〈銀の界〉でのことなど、幼馴染みがすんなり受け入れてくれたのは確かに嬉しかったけれど、その後の話の展開で甚だしく気分を害したスティールは、後ろに乗ることを固辞した。歩いて帰宅しても、散歩で済ませられる距離だし、今は一緒に居たくなかった。

「じゃあお先に」

 むうと口をへの字にしてその姿が遠ざかるのを見送って、自分でも確たる意思のないまま携帯端末を取り出してローレンスを呼び出していた。

『やあ』

 画面ににこやかな青年の笑顔が映り、引き結んでいた唇が震えてまた涙が頬を伝い落ちた。

「ローレンス……」

『え、ちょっと、スティールっ。どうしたの? 今何処? すぐ行くからっ』

 これ以上はないくらい慌てた表情に変わり、その後ろではさまざまな人々が叫んでいた。

『なりませぬ、若っ』『取り敢えずこの議題が終わるまでは』『そんな無理が通りますか!』初老の男性からアンジェラと思しき声まで入り乱れて、今が何か大事な仕事の最中なことだけはスティールにも判断できた。

「ごめんね、またね」

 謝るだけ謝ると、制止する声を無視して一方的に通話を切った。


2012/11/27 改稿

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