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赦しの魔女  作者: alex
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第16話

 翌日からルーチェは実際に病院へ赴き、臨床試験を始めることにした。本来であるならば、もっと時間をかけて薬の効果を確かめたい所だったが、患者に一刻を争う者も少なくは無い。副作用の少ない原料で調合はしてるが、体質によっては薬効が過ぎる可能性もある。

 ルーチェは薬の濃度を変えた水薬をいくつか用意し、薄いものから順に患者に与えた。病院には常にライルが付き添い、稀にジェイドも付いてきた。

 5日間に渡り濃度を変えた薬を与えられた患者たちは、相変わらず眠りの中にいた。



 「一体いつになったら目覚めるんだ!?」


 屋敷に戻り地下室で一息ついているルーチェに、ライルは苛立って声を荒げた。


 「そう簡単に治るのであれば、あの病はここまで広がりはしない」


 落ち着き払った声で返され、ライルはますます眉をつり上げる。


 「民の中にはお前をやぶ医者呼ばわりする者まで居るのだぞ!騎士団長が偽物を掴まされただの、騎士の誇りも地に堕ちたなどと言いたい放題だ!」


 その言葉にルーチェは思わず笑いがこみ上げる。


 「私は医者ではなく薬師だと何度言えば解るのか……ふふ、それに私の事まで気にかけてくれているとは、意外だったな」


 「ふ……ふざけるな!俺は民の安寧を一番に考えてだなっ!」


 「まぁ、そう言う事にしておこう」


 席を立ちながら、ルーチェは棚から硝子瓶やオイルランプを取り出しながら言う。


 「先ほどの質問だが、患者は(じき)に目覚める予定だ」


 「本当か!?」


 「ああ、次からは強めの薬に変える。そろそろ患者の体もマナに馴染んできた頃だ」


 ルーチェは薬品庫から赤い液体の入った瓶を取り出した。


 「その薬は何だ?」


 「以前作った物の改良型だ。貴方も一度目にしている黒い液体を蒸留して精製した物だ」


 そう言ってルーチェは瓶をライルの目の前の作業台に置いた。手の平に載るほどの小さな瓶はしっかりと封がされていた。


 「次からはこれを使う。効果は実証済みだ」


 「これが……」


 薬を手に取ろうとして手を伸ばした指先から、掠め取るようにルーチェは瓶をさらった。


 「今はまだこれしか出来ていない。あまり乱暴に扱われては困る」


 「俺がいつ薬を乱暴に扱ったというんだ!!」


 「おや?私を魔女だと言って捕まえに来た貴方は、とても紳士には見えなかったがな?」


 クスクスと皮肉気に笑うルーチェに、ライルは自分の分の悪さを悟った。


 「冗談はさておき、この薬は一度に大量に作れるものではない。時間も労力もかかる上に日持ちもしないんだ。患者にすぐにこの薬を投与できなかった理由は、その辺りの事情もある事を酌んで欲しい」


 「その事は団長はご存知なのか?」


 「雇い主には報告する義務があるからな」


 手の中にある薬瓶を大切そうに緩衝材の入った箱に入れながらルーチェは答えた。


 「では陛下への拝謁はいつになるのか、団長から話はあったのか?」


 ガチャン、と音をたててルーチェは診察用の鞄に仕舞おうとしていた箱を取り落とした。


 「おい、どうした!?」


 顔を青くして慌てて駆け寄るライルは、ルーチェの足元に落ちていた箱を拾い上げ中身を確認すると、先ほどのお返しとばかりに皮肉気な笑顔でルーチェを見下ろした。


 「貴重なものだと言ったのは貴方ではないか!全く、無事であったから良かったものの」


 「あ、ああ……すまない、手が滑ったようだ」


 差し出された箱を戸惑いながら受け取るルーチェに、逆にライルが困惑した。


 「どうしたんだ?何かあったのか?」


 「いや、何でもない。王城へはこの薬の安全性が確認出来てから行く事になっている。だから早くとも数日後だとジェイドには言われている。今日はもうする事もないから帰ってくれて構わない、ありがとう」


 ルーチェは一方的に捲し立てるとライルに背を向け作業台を片づけ始めた。


 「あ……ああ、わかった。ではまた明日」


 いつもとは様子の違うルーチェの態度をいぶかしみながらも、ライルは部屋を後にした。

 一人になった地下室に何処からか風が入り込み、唯一の光源である燭台の火を揺らす。


 「大丈夫だ。私は大丈夫」


 そう言って自らを抱きしめるように腕を体に回すルーチェは、闇に怯える小さな子供のようだった。

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