おまけ:あの日の夜。ジェネラリーゼとの対話。
おまけです。
…ギイ。
─────ジェネラリーゼ家の扉が、開く音がした。
それは、皆が寝静まった深夜の事。
男が、女を抱きかかえて帰宅する。
お互いに衣服はボロボロで、暗い玄関に土埃が舞う。
「すみません…。ただいま戻りました。」
「ただいまです…。ジェネラリーゼ様…。」
数十分前、辺りを貫く大きな衝撃の後。
こうして雉崎とアイリスは、帰宅したのだった。
「…こんな時間まで、何をしていたの?」
当たり前のように、ジェネラリーゼは事情を聞く。
が、二人には話す事が多すぎるために。
変化した状況と能力を全て説明するための、話をまとめる時間が不足していた。
「………………。」
「…とりあえず、奥に入りなさい。
あと順番に水浴びをして、綺麗にしてくる事。
話はその後でいいわ。」
「「はい…。すみません…。」」
そうして、アイリスが裏口に向かっていく。
そして残された次番の雉崎とジェネラリーゼは、共にリビングに腰をかけていく。
「随分と遅かったわね。」
「はい。すみません。」
夜の静寂の中、ランプの明かりが煌々と照っている。
部屋の中には木目の古いテーブルと椅子がぼんやりと映し出され、火の動きに応じて揺らめいていた。
「…全部、話します。
なので少しだけ、待っていてください。」
「…分かっているわ。
二人揃って、でしょ。」
「はい。」
遠くから、湯の沸く音が聞こえる。
見るとその方向はキッチンで、温かい湯気と共に銅製のケトルがカタカタと音を立てていた。
そしてそれを聞いた雉崎とジェネラリーゼは、息を合わせるようにカップと茶菓子を用意し、テーブルへ準備を進めていく。
─────少しでも暖かな、家族の時間を作るために。
「お待たせしました…。」
数分後、アイリスが水浴びから戻ってくる。
そして入れ替わるように、雉崎が裏口へと姿を消していく。
「ほら、立ってないで座りなさい。
紅茶、出来てるわよ。」
「はい…。ありがとうございます…。」
紅茶なぞは、貴族だけが持つ高級品であり。
遠方から運ばれてくる希少な品々の、その一つ。
本来こんな一夜の、団らんに出すような代物ではない。
(紅茶は、すごく貴重なはずなのに…。)
最近の主人は、次々と貴重品を消費したり手放したり。
金使いが少し荒っぽい。
何か思うことがあるのか、と。
様々な思考が、彼女の脳裏を掠めた。
「いいのよ。どうせ貰い物なんだし。」
「はい…。」
アイリスは言われるがまま、食卓近くの椅子に座って、紅茶を口に含む。
すると爽やかながらも深みのある、熟成された茶葉の香りが鼻を通っていく。
「やっぱり私なんかには、勿体ないです…。」
彼女は、虚ろ気な顔で言う。
手に持ったカップは空中で停止し、飲む事を躊躇っているようだ。
「…気に入らないなら、そう言ってくれていいのよ?」
「いえ、そんな事は…。」
「そう。じゃあ、冷めないうちに頂いちゃいなさい。
それ、もう口を付けたんだから。」
「はい…。」
カチャカチャと鳴る食器。
パチパチと燃える暖炉。
木製の床を擦る、微かな足音。
…そしてジェネラリーゼは紅茶を飲み干すと、席を立ったのだった。
「…こんな夜更かし、久々ね。」
「はい…。」
主人はガラス越しに空を見つめている。
その表情は動かず、礼儀正しい淑女の立ち振る舞いを保ったままで。
穏やかな視線は、天を指している。
(明日はきっと快晴ね…。)
…そんな、落ち着いた静寂の最中で。
ようやく。
雉崎が、裏口の扉を開いて戻ってきた。
「…ただいま戻りました。」
しっとりと濡れた髪を背負って。
彼は布を手にリビングに帰ってきた。
「よし、全員揃ったわね。
じゃあ、話してもらえるかしら?」
「はい。」
主人は、未だ窓際で空を見つめたまま。
そして雉崎とアイリスは彼女の側に寄る様に、近くのソファーに座っていく。
…ストン。
「一体、何があったのかしら。
貴方達、二人の間に。」
「…まず私から、説明させてください…。
夕方であった事、それとその前の、学校の事を…。」
「……………。」
ソファーに座るアイリスの手は、震えている。
指を交差させ、無理に平静を装っている。
だがそれでも、彼女はは自分が話さなければならぬという使命感に駆られ、必死に声を発していたのだった。
「同級生に、カイル君という男の子が居て。
はじまりはその彼との、トラブルだったんです。」
校舎裏で彼を助けた事で、惚れられた。
そして気づけば依存され、傷つけられた。
例え元から彼の境遇を知っていたとしても、突然襲われた理由に見当がつくはずも無く。
─────カイルの兄に攫われ、犯されかけていたという事実も。
そして、カイルがそれを助けたという事実も。
…アイリスは、知る事が出来なかった。
「私は彼の恋心に、気づいていたんです。
それなのに私は、気づかないふりをして。
見えないように、振る舞っていたんです。」
カイルが楽しそうに話しかけてきていたのも、全て下心あっての事だと知っていて。
それでもグループ内の仲が悪くならないように、アイリスは適切な交流を続けてきたのだ。
「…酷いですよね。
そうやって私は、ずっと彼の心を傷つけていたんです。
家の事も、自分の感情だって、彼には隠していました。」
自分が、カイルの心を折ったのだと。
自分の行いが、彼を不幸に追いやったのだと。
そう、感じている。思っている。
「それで、彼に地下水道の方に攫われてしまって。
死ぬような毒も、打ち込まれました。」
首にはもう、跡は残っていない。
ただ感触は未だ、其処にしっかりと在る。
感じられる。
─────そして、雉崎が助けに来て。
恐らく手遅れと思われた彼女を背に、それでも彼はカイルと戦った。
その賢明な姿を見て、彼女がどう思ったかは言うまでもないだろう。
「だから神性を使って、彼を殺したんです。
あと、副作用で、酒屋に居た人々も。
もう何人殺したか、覚えていません。」
殺人を想像すると、満たされる欲望と快楽が浮かぶ。
そんな自分に心底吐き気がして、いっそ自分で自分を殺してしまいたくなる。
「…だから私は、もう。
此処には居られません…。
前みたいに、一緒には暮らせません…。」
涙を堪える。
自分に、泣く権利など無いのだから。
人殺しが、悲しんでいいわけがないのだから。
(殺人が、たとえ露見しなくても。
私は、自分で自分を許せないから…。)
「……………。」
─────アイリスは、黙っている。
その横で雉崎は、ジェネラリーゼの方を向いて座っている。
…とうに固まった決意を、示すように。
「…俺が、側にいると誓いました。
アイリスさんが罪を償う時も、罰を受ける時も、いつでも共に居ると。」
そんな、幾度目かの言葉。
決まり切った目つきで述べる。
雉崎の目には限りない信念が灯っていた。
─────現実の要素・懸念を、何も考えずに。
「……………それは”養子”の権利を、放棄するって事でいいのかしら?
私が貴方達に賭けた資金や時間、その全てを無駄にするってことよね?」
雉崎の妄言を、主人は冷酷に突き放す。
彼女は余りにも傲慢きわまりない彼の発言に、当前の如く現実を突きつけた。
「貴方、自分がどれだけ身勝手な事を言っているか理解してる?
所詮雇われの分際で、自分の生き方を決められる理由が何処にあって?」
そうだ。
雉崎は、オークションで仕方なく引き取った最弱の勇者。
現在は既に能力が覚醒しているといっても、最弱であった事実とそれを救われた事実は変えようがない。
だから彼は必ず、彼女に忠誠を尽くさなければならない。
恩を仇で返すような事は、絶対にしてはならないはずなのだ。
「………はい。
ですが養子の背負った罪で、ジェネラリーゼ家の名を汚すわけにもいきません。
…っ!!お金は必ず、全て返済しますから!!
ですからどうか、今だけは…!!」
「一緒に家を出る事を、許してはくださいませんか!?!?」
罪を告白し、蔑まれるであろうアイリスを守れるのは、自分しかいない。
たとえ、今は主人の期待を裏切る事になったとしても。
幸せな生活を、一昨日までの日常を、必ず全てを。
すぐに取り戻す。
…そう過信しなければ、到底生きていけない。
そうしなければこの世界で自分は、生きる理由さえも見出せないのだから。
(俺は、アイリスさんとジェネラリーゼ様が居なきゃ、生きていけないんだ…!!)
「俺は…!貴方達と暮らす生活が、何よりも大好きです!
誰一人、失いたくない!!
…だから、またこの食卓を笑顔で囲めるように!!」
「俺が、この国を救いますから!!」
もう見栄かどうかなんてどうでもいい。
今ある問題を全て解決して、一度得た幸せを取り戻す。
それだけのために、俺は世界を救ってみせる。
紛れもない”勇者”に、自分は成るのだ。
「…………………。」
─────雉崎の発言の後には、沈黙が漂う。
それは現実への冷めた俯瞰ではなく、彼の熱意にあてられた冷却。
今まで見た事のない雉崎の態度と発言に、ジェネラリーゼは驚きを隠せなかった。
「…分かった、とは言えないけれど。
なるべく、助けてはあげる。」
彼女はその心が、とても嬉しかった。
そして思わず、助けると言ってしまった。
自分が彼らにとって幸せな日常を作り上げられたのなら、それが何よりの恩返しだったのだから。
孤独で育った過酷な境遇を、他の者に遭わせないように貴族になったのだから。
…たとえそれが、主人の態度に相応しくないものだったとしても。
「…私はね、アイリス。
心配していたのよ。」
「え…?」
「貴方はいつも偉い子だし、報告も決まり事も、今まで一度だって破ったことは無かった。」
「……………。」
「勿論それはとても良い事、良い事なんだけど。
…だからこそ、貴方は風前の灯火のように儚く見えてしまって。
だからもし突然、連絡も無く失踪してしまったらどうしよう、なんて。
いつも、私の頭の片隅から離れなかった。」
「そんな……」
「いえ、いいのよ。これは私のワガママ。
偉くある事を強要するのに、偉すぎるから不安になるなんて、とんだ理不尽だもの。」
「でも…………。」
「だから別に、どうしようもない時は約束を破ったっていい。
ただ私や彼が力になれるような事なら、できれば話してくれると嬉しい。
…貴方がそんな事をする時は、とんでもなく大事な事だって。
ちゃんと、分かっているから。」
「ぁ………。」
気付けば、涙が零れていた。
主人の底しれない寛大さに、穏やかな笑顔に、救われたのだ。
「っ…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
罪は消えない。
生まれつきだって理由にはならない。
自分を責め続けるのは、それだけで十分すぎるのだから。
「貴方は、私の養子。
責任も非難も、全部私が受け入れる。
だからいつまでも、此処にいていいの。
此処にいて、いいのよ。」
せめて、彼女に帰る場所を用意してあげるのだ。
それが主人に出来る唯一の貢献であり、充足。
やり直しの、確かな第一歩。
「罪を告白しても、それで信用が地に落ちてもいい。
貴方には、私とキジサキくんがいるんだから。
これから三人で一緒に、頑張っていきましょう?」
「…………はいっ!!」
アイリスは泣きながら、笑って。
─────新たな道筋を、決めた。
ほら。
もう、明日はすぐ側に在る。




