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テザーニアの勇者譚/true  作者: 佐倉マス
第一章:残酷な世界
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第一話:クラス転移(前)

2026年、秋。

現実社会のある所に、不幸な青年が居た。


…これは、彼が勇者として歩む道のりの、ほんの序章。



一振の杖から放たれる七色の光。

そんな世界に憧れて、渇望した。


─────自分も、勇者になってみたい。

平凡な現実を塗り替えるように、摩訶不思議な世界で世の中を満たしたい。

色んな人に尊敬されて、自分だけを愛してくれる人を作って。

幸せな世界で生きていきたい。



「…………………。」



無機質な教室で、今日も雉崎は沈黙を貫く。

チョークの黒板を叩く音が規則的に流れ、教師の煩わしい声が耳に入る。

机に置かれているのは雑多な教科書と、一冊のノート。

その紙には杖と剣、それに城と一人の男が描かれ。

彼の願望と期待が、そこには籠められている。


身長普通。体格細め。切っていない長い髪に、四角い眼鏡。

服に隠れれば一見ごく普通の、しかし中身はとても貧相な体が窓に写っていく。


──────奥から見えるのは、灰色で淀んだ雲の監視人。

じきに雨を降らすその暗雲は、のっぺりと空に横たわって授業が終わるのを見届けていた。


「…………………。」


─────幼い頃、雉崎は誰よりも努力した。

が、勉強も、運動も、何一つ上手にできることはなかった。

別に生まれ持った才能のせいではない。

本来は自頭も悪くなく、運動神経もそこそこ。

ただ人よりも栄養不足で痩せていて、教科書も破かれていたから、そうなっただけ。


今は高校生になり、周囲からの加虐は無くなりつつあっても。

その心は癒えないどころか悪化して止まらない。

依然として昔馴染みからの少しの迫害と侮蔑は止む気配を見せないし、クラスで表面上優しくされて支えられるのも案外、彼にとって堪えるものであるからだ。


(──────いっそ全てを捨てれば、何か得られるのかな。)


中学生が終わった頃から、雉崎は見た目を気にするのを辞めた。

同じ高校にイジメの主犯格であった彼が、進学してくると知った時からだろうか。

どこに行っても結果は同じだと、そう諦めたのかもしれない。

年齢を偽ってアルバイトで稼いだ一年分の学費を納め、ほんの少しの憧れや希望を抱いて高校に入学したものの、その事実によってあっけなく台無しになってしまった。


雉崎にはもう、転校する資金も活力も、残っていない。

高校の授業に行っていたのも学費が勿体ないからと、そのためだけに。

誰にも関心が向けられないまま、彼は無気力な日常を過ごすようになった。


彼は現実から目を背け、都合の良い異世界を妄想するようになっていく。

ノートが時々見つかって破かれている事もあったが、全ては頭の中で覚えているのだから大丈夫。

便利なもので、思考だけは誰にも邪魔されることはないと彼は知る。

それが、彼の十七年の荒んだ人生の中で得た、一番の教訓であったのだ。


(──────明るい日々を…。自分が自由に、羽ばたいていける世界を…。)


何もかも満たされていて、不自由ない幸せな生活。今の境遇なんて関係ない。

愛も資本も、あの世界に行けばきっと掴み取れる、と。


そう信じて、強く願う。

芯の短くなったシャーペンを走らせて、罫線の枠を大きく超えた怪獣を作り出す。

六時間目の終わり際、曇り空の下の教室。

黒板に最後のまとめの白線が引かれ、教師がチョークを置くその瞬間。

静かに、彼はこう口にする。


「どこか遠い世界に、行けたらいいのにな…。」


              

 ”はい。かしこまりました。”



「え?」



2026年、秋。授業の最中。

突然その時は訪れる。

聞き覚えのある、女性に似た声のその直後。

現実で起こるはずのないファンタジーが今、彼女の手によって創造される。

絶望にまみれた青年を救う、それだけのために。


──────光に強いられたほんの一瞬の瞬き。

その瞬間に、全ては達せられたのだ。





「なん、だこれ…。」


どこか中世ヨーロッパ風の顔つきをした街並みと、それらを抱える巨城。

文明の中途を感じるレンガ造りと、電線のない道路。

馬が走り、火の点いたランタンが照らす大通り。


─────気付けば、彼の想像した剣と魔法の王国が、目の前に広がっていた。


「ここは…城の中…?」


広く、豪華な大広間。

遠く離れた玉座には一人の貴人が座り、離れた所には数多の兵士たちが取り囲む。

彼らは槍を携え、律義にその場に直立している。



「問おう。其方らが、我らの勇者となる者か。」



突如前から低く、威厳のある声が響く。

床全体にその迫力はビリビリと巡り、彼らの神経を硬直させ。

そして彼らは恐る恐る目線をその先へ向けると、頭上に輝く黄金の冠と共に、頬杖をついて睨む一人の姿があったのだった。


「我は王。この国、テザーニアの王である。」


控えよ。

───そう言わんばかりに、王は立ち上がる。

王のマントが翻り、兵士たちが跪く。

皆が首を垂れ、敬意を示し、辺りは静寂と化す。

彼は一段高い王座から低い階段を降り、目の前に立ち。

そして流れるしばしの沈黙の後、今度ははっきりと彼らを睨みつけてこう告げた。


「今一度問う。其方らは、勇者であるか?」


耳を震わす低音。

王の威厳は遠くまで反響し、びりびりと鼓膜に突き刺さっていく。


「直ちに返答しろ。王の御前である。」


兵士の一人が声を上げる。

そして兵士はおあつらえ向きの長槍を掲げ、目前の青年の首にそっと押し当てた。


「────あ。うわぁ!!!血が!!やめろ!!やめろよ!!」


押し付けられた刃先の鋭利さにあてられて、首から紅い涙が滴っていく。

普段ならば見ることもない深紅の液体に目を引かれ、そして自ら置かれた状況を感じ取った後、彼は抵抗した。


「痛い…!痛い…!

 離せ…!離せよ…!!」


腕を乱暴に振りかざし、槍の柄を掴んで上に押し上げようとする。

が、それでも筋力差は目に見えていて、その木棒は微動だにしない。


────青年は王の質問を理解せず、聞いていない。

首に流れた血は純白の制服に落ち、慌てふためく思考を更に狂わせてしまった。


彼は暴れ、藻掻き、兵士の前で無様な姿を晒す。

そして王に不敬を働いた者の結末は、この場においてはただ一つ。

この世界の誰もが知る、身分制度社会での絶対の掟。

温厚で平和な民主主義で生きてきた青年含め転移者たちにとっては、知る由もない刑罰。


─────”斬首”の、名を。



「────はぁ…。其方はもうよい。散れ。」


ブシュッ。

王の勅命と共に兵士の槍が真横にスライドする。

鮮血が花火のように舞い上がって、分離した胴体は勢いよく床に自由落下。

クラスメイトの悲鳴と共に生首が吹き飛んで転がり、そして雉崎の目前に迫った。


「…………………は?」


シャアアア…。

そしてその後時間差で雨のように、転がり落ちた生首に血飛沫が降りかかっていく。

口を開け、助けを求める声を上げる前に青年は、既に息絶えていたのだった。


「キャアアアアアア!!!!」


「助けて…!!やめて…!!!」


場を受け、狼狽する少年少女。

普段は場を収める担任も、この騒ぎの中にはいるはずもない。

彼らは普段目にすることのない、目にしたくもない光景に口を塞ぎ、現実を受け入れまいと目を逸らす。

だがそれでもクラスメイトが殺されたという事実はそこに転がっていて、受けいれなければ自我を失うかの如くに彼らを締め付けていった。



────雉崎はゆっくりと、下に目を向けていく。

そして色を失った青年の空虚な眼と、視線が合った。



「────次は其方だ。答えよ。」


「ぁ…。」


前から響き渡る王の言葉は、案外ひんやりとした息遣いで首元に迫る。

雉崎はその冷気を避けるように目一杯首を引いたものの、続いて鉄の冷たさが兵士の手によって接近してきてしまった。


「………突然の事で、まだよくわからない、です。」


雉崎は途切れ途切れに発言する。

向けられた凶器の圧迫感が避けようとする首を痛めつけ、舌を持ち上げて喋り辛い。

その間も汗は止まる事無く噴き出し続け、透明な水滴となって下へ滑り落ちていく。


「この世界が何なのか、あなたたちがいう勇者が何なのか、わかりません…。」


雉崎は冷たい感触をそのままに、真っ直ぐに王を見て答えた。

その口は自身の置かれた状況をたどたどしくも的確に説明し、理解の容易い言葉へと変換し、王を頷かせていく。


「ただこの世界が、俺たちがいたものと大きく異なっていることはわかります。

 文明も、技術も、文化も。全部。…だから多分、はい。

 俺たちは異世界から来たんだと思います。」


彼は以前から考えていた、召喚時の言葉を告げた。

クラスの隅でひたすら妄想した、幸せな異世界での最初の言葉。

漫画の中に入ったらという妄想を、希望の糧として。

元気いっぱいに、声を張り上げて。


「俺たちは、異世界人です…!!」


手のひらに伝わる感触も、顔に感じる生暖かい感触も、目の前のクラスメイトの死に顔も、全てを見ながら雉崎は話す。

青ざめ返った表情と、いっぱいの冷や汗を浮かべて。



「………………。」



…そして。

王は、沈黙したのだった。



────すぐ横では、兵士が黙ったまま王の命令を待っている。

その言葉が発せられればすぐ、その首を断ち切れるように。

血を見ることに順応し、生まれたその瞬間から兵士としての生活を強制させられた男に、一切の躊躇は存在しない。

今か今かと王を見つめる家来たちを尻目に、中央に座る王は意外にもすぐに結論を出すことはなく、顎に手をおいてしばらく考え始めた。


「………………ふむ。」


王が思考する。

今までになくしっかりと、視線を感じることができる。

石造りの床は性能の悪い鏡となって自身を写し出し、淀んだ空気は緊張と、焦燥によって霧散していく。

心の冷静さに反して肉体はそうもいかないようで、彼の膝は今にも崩れそうなくらいに震えていた。


(ああ。俺はどうなるんだろうか…。)


王の前でそう感じ取って、雉崎はただ立っている。

首に槍が当たり、その鋭い刃が皮膚を切り裂いても尚、彼はその冷静さを必死に保とうとしていた。


「…承知した。兵士よ、そこに下がれ。」


「────は。」


王の一言によってすぐに槍が下がり、兵士が戻っていく。

首の圧迫感は消え去り、すぐに少しばかり切られたという熱い感触が首筋を巡る。

圧迫された首元から血液が滴り落ちているのをはっきりと感じながら、王の言葉の続きを待った。


「恐らく、其方らは勇者であると我は思う。」


確かめるように、信じ聞かせるように。

王は、言った。


「この国の窮地ともいえる今、突如として異界からの来訪者が現れた。

 これを、神の啓示と捉えずしてなんとする。

 彼らは我が国の救世主であり、伝説に伝わる勇者に違いない。」


色々と考えた末、王はそう結論を出す。

この国、テザーニアの困窮。

それが、王が勇者と認めるに至った最大の理由であった。



─────日が落ち、外で篝火が灯されていく。

暗い大広間に玉座を照らす蝋燭と、月光だけが輝いて止まらない。

電気はなく、夜は暗黒に染まり。

室内は暗く、床に反射した愚かな顔は消えて見えなくなっていく。


「今から其方らは神の使いだ。

 殺すことなく、丁重にもてなすとしよう。

 それ者共、客室へ通してさしあげろ。」


即座、今度は手に伝わる圧迫感。

見ると先程まですぐ横にいた兵士が、雉崎の手を引いていたようだった。


「…………………。」


不器用に歩く雉崎。

見下ろした景色は上から下に流れ、床の模様が灰色から茶色へと変化する。

赤と白を基調とした壁の空間はどこまでも続き、流体文字が書かれた絵画とみずみずしい鮮花が刺された瓶が時折視界を掠め。

やがて景色の流動が止まった後、目の前にあったのは一つの寝室だった。


「貴方様の客室はこちらです。どうぞごゆっくりお休みください。」


「…は、はい。ありがとうございます。」


勢いよく手を離され、彼は少しよろめく。


─────ずかずかと鎧をさげて去っていく男を尻目に、雉崎は俯いたままゆっくりとドアノブに手をかけ、錆びれたドアの軋む音を聞きながら部屋の中に入っていった。


「ここが…。

 俺の…部屋……。」


暗い室内には、白いカーテンが揺らめいている。

暗がりには鏡とベッド、それに火の点いていない燭台。

この世界の夜は静かで、部屋に入る彼の足音だけが耳を震わせる。


(これは、現実なのか…?)


教室で授業を受けていたあの時、心の中でそっと呟いただけであった。

それなのに、彼の人生は大きく変わってしまう。

周りの、クラスメイトをも犠牲にして。


雉崎はこの状況で冷静である自分に驚きながらも、恐る恐る部屋の奥に歩みを進めていった。


「──────。」


静かに進んだ後、部屋の中央にある鏡の前で、雉崎は立ち尽くす。


”初めて、人が死んだのを見た…。”


今でもあの血しぶきが目に浮かぶ。

クラスメイトと目が合ったあの瞬間は、未だ脳裏に焼き付いたままだ。


──────下を見ると、あの時の赤い血が付いていた。

着ているのは紺色の制服。

そう、彼は只の高校生なのに。

細かく確かめようと鏡を見ると、衣服だけでなく顔にも血が付着しているのが分かった。


「俺は…生きてる…のか…。」


首元を触ると、生暖かくて、それでいて冷徹な傷跡を感じる。

彼はその行為を通して、それが未だに繋がっている事を確認したのだった。

自分がまだ、生きていることを。

そしてこの世界が、紛れもない現実であることを。


「…………………。」


用意された夕食は食べなかった。

血飛沫や生首を思い出すと食欲が失せていた。



「よいしょ…。」


それは、しばらくした後の事。

雉崎はベッドに横になり、天井を見上げて呟いている。

寝る前には聞き覚えのない鳥の声が耳に入り、寝られない間は少し硬いクッションで何度も身をくねらせるしかなかった。


(今日は…。もう思い出したくないな…。)


テレビの音も聞こえない静寂の中、何度も今日の出来事が思い起こされ、その度に底知れない恐怖が込み上げる。

飛び散る鮮血や刃の冷たい感触、全てを五感が記憶していて、冷や汗が波のように引いては返していく。


─────だが、それでもこの世界を手放したいとは思わない。

あちらの世界での人生よりも、今日の方がずっと生きている実感を得ている事を自覚する。


”でも俺は…前の世界に戻るくらいなら、この世界で…。”



ずっと望んできた世界。

曲がりなりにもそれが今、ついに叶ったのだから。





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