2章9話 光の先、モノクロの余熱
黒とわずかな白が混ぜられていくコーヒー。
ティースプーンをカップに当てることなく、綺麗に、静かに。
その小さな渦を眺めながら、さっきまでの改変の余韻をゆっくりと手放していった。
だが、ルピナは輝志のそんな手元を見ることもなく、ソファーに座るとすぐさま口を開いた。
「で、なんでそんな甘い気分になっちゃったんだい?」
その目は好奇心に満ちていた。
子供のように純粋でまっすぐなそれに輝志は少し気圧されていた。
「…座るなりそこかよ。」
呆れ、合わない温度感への嫌悪感。
輝志はそんなものを、どうせ知られてしまうからと隠そうともしなかった。
「気になるんだから仕方ないじゃない!感情は君たち生物に与えられた特権なんだから。」
話が進まなそうなことを悟った輝志は、一つ小さなため息を吐いた。
「まぁ言ってしまえば疲れたから糖分が欲しかった、ってのが半分。あとは彼の命が繋がったことへの祝いってとこだ。」
「なるほど!嬉しいことがあると甘いものが欲しくなるってことかな?」
「それは刷り込みなんだろうなとは思うけどな。祝い事=ケーキみたいな。」
「ケーキ!いいね!それも一緒にあればもっと気分乗ってくる?」
「…俺はいいよ。甘いのが好きなわけじゃないしな。コーヒーに合わせるならティラミスを勧めるよ。」
輝志はまるで子供を相手するかのように流し、次へと思考を進めていた。
そう、次だ。
現代にも残る巨大な『神』を語る支配構造は1つだけじゃない。
輝志の思考はもうそこへ向かっていた。
しかし、ルピナの次の言葉がその思考を一蹴してしまった。
「輝志の考えてる次、っていうのは生まれることもなくなったから気にしなくて大丈夫だよ。」
ルピナの目線はいつの間にか現れたティラミスに釘付けなまま、もののついでのような一言に輝志は衝撃を受けた。
「どういうことだ!?」
怪訝な表情の輝志に対し、ティラミスを一口頬張り、その新感覚に満面の笑みのルピナ。
対極的なそれに輝志は少し毒気を抜かれてしまった。
「…わかった。堪能してからでいいから説明してくれ。」
輝志もコーヒーカップへと手を伸ばし、深く腰掛けて心を落ち着かせる事にした。
「はぁぁぁ…!この組み合わせはいいね!さすが輝志だ!」
先ほどのやり取りが無かったかのような軽い言葉に呆れるが、コーヒーと共になんとか飲み込んだ。
「で、次が生まれないってのはどういうことなんだ?」
「ああ、それね。そのままの意味だよ!もっと言えば輝志が壁に残した言葉がちゃんと守られたってことさ。」
「そう…なのか。つまりこれで終わった…ってことだよな?」
「この結果、世界が輝志の望んだ世界になってたら、ね。」
「望んだ世界…か。」
そう言うと、輝志は目を瞑った。
何かを考えるように、ただ静かに。
「そう。なってると思う?」
ルピナの真っ直ぐな問いかけ。
輝志は目を開けて答えた。
「まだ…だろうな。よくはなったと思いたいが。」
「うん!それでこそ輝志だ。そうやって真っ直ぐ受けてくれるのは好ましいよ、ほんと。」
ルピナは望んだ答えが返ってきたことに満足げな笑みを浮かべていた。
しかし、輝志は対象的な表情のまま。
「…ルピナのその興味の無さそうな態度も合わせて考えれば行き着く答えだろ。」
そう、ここに戻ってきてからルピナは改変の結果に対して真っ当に反応していなかった。
引っかかっていたその態度、会話、答えに至るのは必然だった。
「結果のわかったことよりも、新しい感覚!新しい刺激!そっちの方が大事だからね。知らない事を知りたい。答えはいつだってその先にあるんだから。」
「言いたいことはわかったよ。けど、俺が知りたいのはあの結果どうなったかだ。教えてくれ。」
そんな輝志の問いかけに、ルピナはコーヒーを啜り、間を置いた。
カップが置かれると、
「うーん…。それは自分で戻って見る方がいいんじゃない?」
返ってきたのは曖昧な、改めてもう興味を失ったと言わんばかりの返答だった。
「それはそれだ。聞けることは聞いた方がより深く見れるだろ?」
時間の無駄、とでも言いたげな感情のない目をしたルピナ。
しかし、話す方が最短と判断したのか、折れて話を繋いだ。
「わかったよ。まず、輝志が壁に言葉を残したこと。これが良かった!あれがあったからその後も神を語った支配構造は無くなっていったんだよ。」
「じゃああれ、もしかして今でも残ってるのか?」
「立派な観光名所さ!啓示の壁ってね。」
輝志はそれを聞いて吹き出してしまった。
「それはなんか…こそばゆいものがあるな。」
そう言って、取り繕うようにコーヒーに手を伸ばす。
ルピナもしたり顔でそれを見つめていた。
「で、あの周辺なんかでは分かり合えないなら離れろ、に従って小規模国家が色々できたよ。あの彼なんかは1番最初に国を作ったんだ。」
「そうか。生きた先…見せてくれたんだな。」
輝志の脳裏に彼が壇上で立ち上がった姿が映った。
あのまま進んでくれた、それが嬉しかった。
そんな想いだった。
「彼の軌跡は戻って自分で見てみたらいいよ!曖昧な伝承とかじゃなく歴史としてちゃんと残ってるからね。」
「そこはそうさせてもらうよ。正直楽しみだ。」
そう言うと、輝志の口元が上がった。
本当に嬉しくて、楽しみなのだろう。
だが、ルピナはその顔を意味深に曇らせる。
「うん…まぁいいか。で、その後もなんやかんやあって輝志の知ってる歴史と差異が大きくなるのは1500年頃からってとこかな。」
「引っかかる言い方だが…それは自分で見ろってことだろ?」
「ま、そゆこと!輝志ならなんとなく想像は付いてるだろうけどさ。」
小規模国家乱立、1500年頃…群雄割拠にトルデシャリス。
パッと輝志の脳内を走った単語だ。
「あの地域で小規模国家ってのも、宗教権力の無くなった1500年以降ってのも何がどうなったかはなんとなくは…な。」
歴史は結局繰り返す。
そんな一言が輝志に聞こえた気がした。
「その辺を見たうえで輝志が何を感じて、何をどうしたいと思うのか!僕の次の興味はそこだけさ。」
「ブレないその姿勢に感服するよ…。まぁサブっと要点は頭に入ったからあとは自分で見て考える。」
「じゃあ、戻る?」
「そうするよ。コーヒー、ごちそうさま。」
「おそまつ!で、いいんだっけ?」
そう言いながらルピナは指を鳴らした。
いつもの合図。
ルピナの軽口に微笑みを返しながら輝志も立ち上がる。
「間違っちゃいないけど、絵面と合わなくて違和感しかないな。」
「ひと笑い取れたならそれだけで価値があるってものさ。じゃあ、いってらっしゃい!」
「ああ、またな。」
そう締め括ると、輝志は現れた扉を開けその中へと消えていった。
残されたルピナの目から、再びその光が消える。
「その選択の先、その先、またその先…。僕の答え…君の答え。ニンゲンの先…。」
誰にも届かない呟きだけが、真っ白な空間に響き渡っていた。




