第30話 シュゼットは、過去の真実に触れる
アニエス・オベール子爵令嬢がなんの前触れもなく突然学園を休学した。
そのことは生徒達の間に小さくない波紋を起こした。なぜなら学園祭まであと1ヵ月を切っていたからだ。よほどの事情がなければ、せめて最初の社交の場である学園祭には出席するはずだ。
リヴィエール王立学園は卒業後の社交界デビューに向けた人脈作りや練習の場だ。そのため、社交の練習の場の1つである学園祭に出席しなければ、学園に入学した意味がなくなってしまう。
アニエスの休学は様々な憶測を呼んだけれども、誰ひとりとして真相を知る者はなく、時が経つにつれて噂は次第に下火になっていった。
けれども、わたしはアニエスの休学に妙な胸騒ぎを覚えていた。
アニエスが休学したのは、レナルド様から彼女に注意するように言われた数日後だった。それに、アニエスからもらったフレーバーティーを飲もうとした時のレナルド様は明らかに普段と様子が異なっていた。
レナルド様はなにか事情を知っているのではないかしら?
わたしは週末のお茶会の際にレナルド様にアニエスのことを尋ねてみようと決めた。
♢♢♢
週末。
わたしとレナルド様はベルクール公爵邸の庭のガゼボで週末恒例のお茶会をしていた。
ガゼボのテーブルの上にはいつものように、ウィークエンドシトロンをはじめとした、わたしの好きな柑橘類を用いたスイーツやドリンクの数々が並べられていた。
いつもなら喜んでいただくけれど、アニエスのことが気になってしまい、食欲が湧かない。
神妙な面持ちでそれらになかなか手を付けないわたしを見て、レナルド様は心配そうに尋ねた。
「シュゼット、どうかしたのか?」
「あの、レナルド様。アニエスのことですが……」
わたしがそう切り出すと、レナルド様はすっと片手を上げた。それを合図に、側に控えていた従者やメイドがガゼボを離れていく。
周りに誰もいなくなったことを確認すると、レナルド様はおもむろに口を開いた。
「これは他言無用な話だが……、君がアニエス・オベール嬢からもらったお茶から、我が国が禁止している違法薬物が検出された。彼女は騎士団の尋問を受ける間、しばらく自宅謹慎になっている」
わたしは驚きのあまり言葉を失った。
アニエスからもらったフレーバーティーは、時を遡る前はほとんど毎日のように飲んでいたからだ。
「……禁止している違法薬物、ですか……? それは一体どんな作用が……?」
「常飲すると次第に精神の均衡を崩し、正常な判断力を失うようになるものものだ」
「正常な判断力を失う……」
心当たりがあった。
時を遡る前のわたしがあんなにもリリアーヌを排除しなければならないと焦燥感に駆られたのは、もしかしてあのフレーバーティーの影響だったのだろうか。いえ、それだけではないわ。当時友人だったアニエスは、しきりにわたしに訴えていた。リリアーヌをこのままにしておいても良いのかと。
時を遡る前のアニエスはなんらかの理由でリリアーヌを排除したかったのかもしれない。だから、禁止されている違法薬物が入っていると知っていて、わたしにあのフレーバーティーを贈った。そしてアニエスに唆されたわたしはあの凶行を起こしてしまった……。
そう考えれば、辻褄が合った。
けれどもそれは時を遡る前の話だ。
時を遡った今のわたしは、アニエスとは接点がない。それにもかかわらず、彼女がまたわたしにフレーバーティーを贈ってきたということは……、アニエスにも時を遡る前の記憶がある……?
時を遡る前と行動を変えたことで未来が変わっていくことに安堵していたけれど、わたしはアニエスによっていつの間にか時を遡る前と同じ道を歩みかけていた。そのことに思い至ると、さぁっと血の気が引いた。
「…………っ」
「シュゼットっ」
恐ろしさのあまり震えてしまって言葉が紡げなくなったわたしは、両手で口元を押さえてうつむいた。
人の悪意がこんなにも恐ろしいなんて。
かたかたと震えていると、ふいにあたたかいものに包まれた。
ふわりと柑橘系の香りがして顔を上げると、レナルド様がわたしを抱きしめてくださっていた。
「大丈夫だ。私がいる」
「……はい」
レナルド様から大丈夫だと言われると、不思議なことに本当に大丈夫なように思えてきた。
大丈夫。きっと大丈夫よ。時を遡る前と行動を変えたおかげで未然に防げたのだもの。わたしは必ず未来を変えてみせるわ。
わたしは震える自分を叱咤して、そう言い聞かせた。




