64、立ち会い
ハノース城のハウスキーパー、いわゆるメイド頭は年齢的にも経験的にもベテランだ。
たとえ明日敵に占拠されても今日と変わらず城のすみずみまで清潔にたもち、敵将の目覚めに合わせて洗顔用の湯を用意させていそうな安定感がある。
女主人という立場から、命令して押し通すことも可能なのだけれど。
なぜそのようにしたいのか一つ一つ説明し、話し合うようにしている。
急がば回れ。
結局その方がスムーズに事が運ぶ。
三桁にもおよぶメイドの数を若干増やし、シフトを組ませて休憩時間と休暇を確保し、定期検診を受けさせる。
制服のデザイン変更も功を奏したようだ。
離職率が低下したこと。勤労意欲がアップしたこと。
そもそもこの城で好き勝手していた親戚や商人連中を一掃した時から、それなりに私のことは認めてくれていたらしい。
そのメイド頭も、出産に公王陛下を立ち会わせることには難色を示した。
こちらには穢れという意識はないし、戦争経験のある方に血がどうのうめき声がどうのと言うのもいまさらな話だ。
誕生の瞬間を目の当たりにしたがために妻を女として見られなくなったなんて、そんなやわな男とは違うと信じている。
旦那様にも一通りその目的は説明したけれど。
それより先にうなずいたのは、好奇心旺盛でなんでも自分でやってみたい少年の心を持ち続けているからだろう。
「旦那様、生命の誕生をご覧になったことはありますか?」
「馬のそれであれば立ち会ったことがある」
完璧侍女、ターニャがひゅっと息をのむ。
言葉は発しなかったけれど、彼女が人を非難する気配を漂わせること自体まれだ。まして相手は公王陛下。
私が馬と一緒にされたからかな。
でも、この世界で馬はとても貴重で大事な財産だ。
「では、私のそれにも立ち会っていただけませんか?」
「よいのか?」
私を気遣いながらも旦那様の目は輝いている。
「もちろんです」
どう説得しようかと頭を悩ませていた私は思わず笑ってしまった。
私が前世の記憶持ちだと把握しているからかもしれないけれど。
こういう頭のやわらかさはすばらしいと思う。
もちろん好奇心だけではなく情もあり、日々こちらを気遣ってくださる。
すでに子供部屋が用意されていて、調度品やおもちゃが増えていくのは目にも楽しい。
基本的な育児用品に性差はないのだけど、それ以外は男の子用、女の子用と両方そろえるものだから、いつ部屋からあふれてもおかしくない。
私も人のことは言えないけれど、はりきりすぎだ。
あきれながらも感謝せずにはいられない。
仕込むだけ仕込んであとは知らん顔をする貴族の男も少なくないから。
そんな時代に夫が出産に立ち会うとは。
自分で言い出したこととはいえ、よく承知してくれたものだと思う。
愛はあっても苦しんでいる姿は見たくない、またあられもない姿など見ては相手に失礼だと考える人もいるだろう。
前世に生きていた段階では私はその時がきたら、愛するパートナーにこそ見られたくないと思っていた。
旧家に育ったせいで、どれだけ反発しようとその教えに影響されずにはいられなかったのだ。
なにせ女の正念場だ、声を上げるな、痛いなどとは口が裂けても言うなという時代錯誤なアドバイス付き。
当然、産屋に男を近付かせるわけもない。
考えが変わったのは、こちらの世界で女の地位の低さを目の当たりにしたから。
私の旦那様は先進的な方だ。
一般的には男尊女卑が蔓延していて、女は子を産みさえすればよく、それができなければ価値がないとまで言われる。
家政を押し付け外出を制限し、学ぶ機会を奪っておきながら、女は無知だと嘲笑う。
そう言うあなたはどこから生まれてきたのですか?
私が示したいのはそういうことだ。
当然、旦那様以外の男性の入室は固くお断りするけれど。
一国の王の意識が変われば、その行動が変わり、それが波紋のように広がっていくことを期待する。
もっとも前世でも夫が立ち会うのは五割程度だったはずで、強要するようなことでもない。
幸い旦那様が快諾してくださったので、我が子を強く印象付けることもできる。
次期王の座など狙ってはいないけれど、せっかく縁あって親子になるのだから可愛がってもらいたい。
何事もはじめてというのはインパクト大だ。
私は私のために独自にチームを作り、何度も打ち合わせをおこなった。
旦那様も忙しい合間を縫って、極力参加されている。
「なぜ、男がいる」
「彼は医師ですよ?」
この世界でも骨接ぎや盲腸の手術は行われている。
なかでも腕が良いと評判で、新しいことに挑戦する意欲のある者を選んだら三十代中頃の男性医師だったというだけだ。
一見、同性の方が安心できそうではあるけれど、私にとって他人という点では男も女もかわりない。
女の敵は女という場合もある。
そもそも仕事中にかぎっていえば彼らは神様寄りで、助けてくれるなら性別などどうでもいい。
渋る旦那様をなだめるのにいちばん苦労した。
「私と子供の命がかかっていますから」
最後はそれで押し通す。
事実そうなのだ。
経験豊富な産婆たちにもかわるがわる参加してもらい話を聞いたが、身分の高い女ほど骨盤が狭い傾向にあり、また運動不足とあいまって逆子も多いのだとか。
その八割が死に直結すると聞いてぞっとする。
もちろん私は適度に運動しているし、栄養価を考えて食べつつ太り過ぎないよう気を付けている。
専門家ではないけれど前世メディアや書籍でしいれた知識を惜しみなく披露。
こちらの常識とすり合わせた上で、自分はどうしたかを伝える。
盲腸の手術ができるのだから、麻酔はある。消毒液もある。切開も縫合もできる。
私が準備しているのはもしもの時の帝王切開だ。
医師は興味津々。
私の素人知識を自身の経験と照らし合わせ、足りない分は動物を使って実験、手技を磨くのはよいけれど。
身元不明の仏様が人知れず彼のもとに運ばていることを知っている。
あわれな彼岸人の献身にそっと手を合わせるしかない。
私も死にたくないのです。
任せてくださいと彼は胸を叩くけど。
その貪欲さを危惧した公王陛下に、いざという時は私心を捨てて、本当にそれが必要かどうか冷静に判断することを誓わされていた。
ええ、私で人体実験されたら堪らないもの。
公王陛下が立ち会うのはそのためでもある。
公妃の体にメスを入れるかどうか、そのゴーサインを出せるのは陛下その人しかいない。
緊急時に許可を取るため使者を走らせるなんて、そんな悠長なことでは困るのだ。
輸血の感染リスクがゼロでないことに不安を残しつつ、準備だけはしておきたい。
治癒魔法が万能ではないことは、妊娠初期の段階で身をもって経験した。
生きるか死ぬかの状態で試す気にはとてもなれない。
そもそも意識がなくては魔法は使えない。
先に治癒魔法を発動させておいて、必要だからメスを入れるのに、その端から閉じていくなどということになったら目も当てられない。
ただただ子供とともに生き残りたい一心だ。
時がすぎてから、ああ、あの時かと思い当たるように。
このことがのちのち出産の安全性を高めることにつながればと願っている。
ハノース大公国建国記念式典からきっかり十月十日。
おかげさまで、長らく時間はかかったものの自然分娩で母子ともに無事。
産婆の手際はたいへん見事で、医師の出番はなかった。
あれだけ練習した手技、備えた器具を披露できなくて残念がるかと思いきや、生命の神秘に打ち震えていた。
人の出産を目にしたのは初めてで、とても勉強になったとお礼を言われた。
いえ、あなたがいることなどすっかり忘れていました。
認識できたのはダンの存在と、産婆の声くらいか。
あらかじめ断っておいたとおり手を握ったり、腰を擦らせたり、お尻を押してもらったり。
あれせいこれせいと公王陛下をこき使う私に、まわりは引いていたに違いないけれど。
激痛は人を変える!
旦那様は半分寝ながらでもマッサージがお上手でした。




