38、完全装備
もとより私は、自分自身も所持品もその収納場所もすべて魔法陣で防備している。
だから机の中やロッカーが荒らされたり、持ち物を紛失したり破壊されるなんてあり得ない。
新入生のみならず国王陛下まで締め出したのだ。
ふつうの感覚の持ち主ならば面目なくて、しばらくは大人しくしているだろう。
なんだったら卒業までそうしていてもよい。
あまり人のことは言えないけれど、自己中心的で無駄にプライドが高いとそうもいかないらしい。
むしろ攻撃的になって、その対象は私ときた。
第一次遭遇をして開き直ったのかもしれない。
用事があって教師が呼んでいると伝言しにきた女生徒が非常におどおどしている。
わかりやすい。
わざわざ先導してくれる彼女はたしか男爵家の令嬢だ。
「私、少々疲れてしまったわ。ごめんあそばせ」
中庭のベンチに腰を下ろしてしまった私の脇に立っておろおろしている。
まあ、気長に待ちなさいな。
しびれを切らした集団がぞろぞろやってきた。
「遅いじゃないの」
叱責されてもぺこぺこするだけのご令嬢。
私も実父に引き取られたらあの立場だったのかと想像するけど。
どうもピンとこない。
たぶん、もっといろいろ工夫したと思うわ。
私は座ったままで風に揺れる梢を、その間からのぞく青空をのんびり眺める。
「ずいぶんお高くとまってること」
「そのくせ下町の孤児院で育ったんでしょ」
女王蜂に働きを認められたいのか張りきっている取り巻きAとB。
私が視線を合わせればびくりと肩がゆれる。
こんな砂糖菓子みたいな可愛い容姿の女の子相手に、そんなに怯えなくてもよいと思うけど。
しかも見た目だけなら、少なくとも二歳は年下なのだから。
「ごきげんよう」
あいさつに対する返事はなし。
期待はしていない。相手の失点を増やすための小道具だ。
たいてい女同士の陰口からはじまる闘争は、言った言わないの応酬になって、決着がつかないまま終わることが多い。
手を出してしまえばその時は勝っても、最終的には勝負に負けることになる。
私は閉じたままの扇子で手の平をぽんと打った。
「ああ、よいことを思いついたわ。シャクナール伯爵様とイビダス子爵様に抗議文をお出ししましょう」
四人いる取り巻きの中で、さきほど発言した二人が慌てだす。
ほかは自分は関係ないとまだ思っているのだろう。
「あ、あなたのことだなんて言ってないでしょう」
「そ、そうよ。だいたいそうでないのだったら、気にしなくていいでしょう」
「目上の者への暴言。あいさつも返さない無礼。一貫して優雅さのかけらもない言動。いったいどんな教育をされてきたのかしらと、そう私が思っただけのことですから、あなた方がお気になさる必要はございませんわ。あなた方のことを心配されているに違いないであろうお父様方に、正直に目の前で起こったことをご報告させていただく、とても親切だと思いませんこと?」
青い顔をして震える二人と庇うように、別の二人が揃って前へ出てくる。
そういう練習でもしているのかというくらい息が合っていておかしい。
「気に入らないのであれば本人におっしゃればよろしいのに」
「ええ。家族を持ち出すなんて卑怯ですわ」
私はいま一度扇子で拍子を打つ。
「たしか、ユリカス嬢には王宮勤めの兄上がいらっしゃったかしら? ずいぶんと女性にお優しい方だそうですね。本来おめでたいことなのでしょうけれど、私、心を痛めているのですわ。そういう生まれの子供は、実父の支援がなければ本当に苦労しますから。あなたも新しくできた甥御さんや姪御さんに、やさしくしてさしあげてくださいましね」
顔を青くして震えているけど。
人の生まれを論っておいて、自分の兄の不始末が誰にも知られていないと思っている方が驚きだ。
「サクノーラ伯爵領はいま大変だとお聞きしていましてよ?」
「え?」
こちらは本当に家族から何も聞かされていないようだ。
私が言葉を重ねるほどに顔色をなくしていく。
「鉱山から川に毒が流れ出して村が二つ、いいえ、三つだったかしら? 壊滅状態だとか。その上、下流の二つの領地から賠償を求められているのでしょう? 私、心配しておりますの。こちらの学費はかなりの負担になるのではないかと…」
「いい加減にしてちょうだい!」
やっとトップのお出ましか。
「あら、サンフォール侯爵令嬢、ごきげんよう」
「私の友人たちにあることないこと言いたい放題! いまなら許すわ。謝ってちょうだい!」
よく言うなぁ。へそが茶を沸かすってこういうことをいうのだろうね。
「先だって三日も入学式が遅れて、私ずいぶんがっかりさせられました。そういえばそのことについて、どなたからも一言も謝罪をいただいておりませんわね」
パラリと開いた扇子で口元を覆い、フフッと笑う。
いつの間にか増えているギャラリーからも、当然のようにその元凶に視線が集まる。
「…結界の不具合の原因はただいま調査中です。くわしいことがわかりしだいお知らせしますわ。では、失礼しますわ!」
真の原因は、姿勢と声だけは勇ましく子分たちを引き連れて足早に去っていく。
「なんだったのかしら」
遣り合う気満々で数百人分のプロフィールを覚え込んだ身としては、あまりにも歯ごたえがない。
十四歳なんてあんなものだっただろうか。
こちらの世界の方が早く大人になるはずだけれど。
情報が氾濫していた分、あちらの方が早熟具合は上だったかもしれない。
「あ、あの…」
ちらほらと野次馬たちも去っていく中で、私を呼びにきた女生徒が所在なさげに立っている。
「何かしら?」
「すみませんでした!」
ぶんっと大きく頭を下げる姿には貴族らしさが微塵もない。
大きな商家のお嬢さんの方が、よほど優雅に振る舞えるだろう。
「あなたについてはよく存じません。心配しなくて大丈夫ですよ」
嘘。取り立てて言うべきことがない平凡な娘というだけだ。
何もなさすぎて何かあるのではと入念に調べさせたが、本当に何もなかった。
味方につける価値もない。
世界が変わろうとも、コウモリ女はどこにでもぱたぱた飛んでいくのだから。
「は、はい。ありがとうごさいます!」
もう一度ぶんっと頭を一振りしてばたばたと駆けていく。
もういないだろうと思ったら、最後に上級生と思われる男の子が声を掛けてきた。
ほかと比べれば大人っぽいが、本当に大人だった私からすれば男の子だ。
少々悪ぶってる感が漂っているのも、笑いを誘う。
「ちょっとやりすぎだったのではないかい?」
「あら、そうでしょうか。先輩は途中からご覧になっていたのではなくて?」
「いや、はじめからだ」
それでその発言ということは頭も目も濁っているということだ。
「確かに多勢に無勢で卑怯だとは思うが、家のことや家族のことを言うのはどうかと思うよ」
言わせる者が言わせる態度をとっただけのことなのだけど。
だいたい戦いとなったら相手のいちばんの弱点をつくのが常道だ。
「おやさしいのも結構ですけれど。メンセタール様、人の心配よりも、ご自身のお父上のギャンブル依存をなんとかして差し上げることをお勧めしますわ」
「…よく知っているね」
本来であれば、苦い笑いをするほどの余裕はないはず。
先程の言動からわかっていたことではあるけれど認識が甘い。
もっともこれは彼に限ったことではないだろうけど。
情報媒体が未発達なせいで、自分や近しい者が経験でもしない限り、依存症の厄介さを知る機会があまりないのは確か。
やたらの相手に相談すれば弱みを握られる。
でも幸いなことに、王城の次に蔵書量を誇る図書館がすぐそこにあるのだ。
自分から求めない者は藁すらつかめない。
現に私にとっては他人事。
ただこの少年を追い払えればよいだけ。
「お酒がやめられない、煙草がやめられない、賭け事がやめられない、これらはすでに癖を越えて病気です」
「へぇ…」
へらへらとまるで真剣みが足りない。
そもそもこれだけ自分のことを(実家や家族のこと込みで)調べられていることになぜ恐怖心を抱かないのだろう。
物理で殴るだけが力ではない。
強い者には頭を垂れて利益を示し、それが無理ならおもねってでも身の安全を図る。
自分より弱い者には強さを示し、それ以上歯向かわないように仕向ける。
私にとっては当たり前のことなのだけど。
そこに趣味と実益がまぎれ込むのはご愛敬。
これで成人間近とはなぁ。
昔から理解力に乏しい連中は苦手だ。
会話するのも苦痛だけれど、自分からばたばたと立ち去るのは美しくない。
私はこの短時間で感じた苛立ちをすべてやわらかな音に込める。
せいぜい脅しつけてやろうではないか。
「西町にある秘密クラブは闇ギルドが経営しているという話ですよ? 勝っているうちはよいですが、負けがこめば高い利息で借金をさせ、その方に年頃の娘がいれば娼館に売り、息子も小綺麗ならば男娼に、それでなければ違法な薬の試しや、錬金術の材料に内臓を…」
「ど、どうしたらいい?」
やっと真剣に考えるようになったようだけど、これではすぐに詐欺に引っかかりそうだ。
でも相手さえ間違えなければ、素直に尋ねられるのはよいこと。
「お父様を家に閉じ込めて、絶対に外に出さないことです。お医者様にもご協力いただきながら、規則正しい生活をさせ、心を穏やかに保つこと。なにか別に趣味を持つのもよろしいと思いますよ。そしてなにより、早急に闇ギルドと手を切らせること。ご自分でなさろうなんて考えてはいけません。信頼できる弁護士を探して頼むべきです。私にわかるのはそれくらいです」
「わかった、恩に着る!」
片手をぶんぶんと振って駆け去った。
あれが嫡男。スピオール子爵家、大丈夫だろうか。
まったく騒がしいひと時だった。
結果的に腹いせというより、親切にしただけのようですごく損をした気分。
でも、時は戻せないから。
旦那様を見習って別のところで取り返そう。
子供相手に大人げないと思わないでもないけれど、向かってくるなら容赦はしない。
来るなら来い。
ようは手応えがないから無駄に感じるのであって、敵をやり込める時の高揚感は嫌いではない。
今回は旦那様に面白い話題を提供できそうにないことだけが残念だ。
それきり気にもかけていなかったのだけど。
後日、スピオール子爵令息が礼を言いにきた。
「なんとかぎりぎり間に合ったよ。ありがとう」
多少疲労感が見えるが、すがすがしい表情。
どこからか黄色い悲鳴が上がったけれど、私の心は一ミリも動かない。
むしろ凝り固まる。
まさか乙女ゲームの攻略対象的な人物だったのじゃないでしょうね?
「…よかったですね」
同調したのはあくまで愛想というものだ。
怖いもの知らずにもデートに誘われたが、丁重にお断りした。
わかってないなんてことはないだろうと思いつつ、名乗ったら驚愕していた。
ない。ないわぁ。
シベリアンハスキーを人間にしたらこんな感じだろうか。
言っておくが私は猫派だ。




