37、イベント
学院長へのごますりが効いたわけではないだろう。
入学早々実施された実力試験の結果、私はSクラスになった。
前世でいえば特進クラスといったところか。
クラスメイトは四人。
伯爵家の令息と、別の伯爵家の令嬢。子爵家の令息、そして商家のお嬢さん。
私だけ年下だけれどみんな遠慮があるようで、腫れ物にさわるように接してくる。
でも、ずうずうしく近寄ってこられるよりずっとよい。
本当Aクラスにならなくてよかった。
あちらは高位貴族の子弟ばかりで、第二王子殿下とその婚約者までいる。
Sクラスはすべてが選択授業だから、興味のある授業にだけ出席すればよく、なんだったらずっと図書館に詰めていてもよいし、研究棟に部屋を持つこともできる。
私は、オリエンテーション的な最初の授業で取捨選択。
図書館通いに決定だ。
朝のホームルームだけは出席しなければならないので、それを終えて廊下を歩いていたら第二王子殿下に声を掛けられた。
いつものお供三人衆はどこに落としてきた?
「やあ、ハノース公爵第四夫人」
「ごきげんよう第二王子殿下」
うげぇっと思っても顔には出さない。
「せっかく同じ学院に通っているのだし、堅苦しいのもなんだからマリアンナ嬢と呼んでいいかな? 僕のことはディグランと呼んでいいから」
全然よくはないのだ、このあんぽんたん。
「恐れ多いことですわ、殿下」
「気にしなくていいのに」
気にするしないの問題ではなく嫌なのです。
「お気遣い痛み入ります。しかしながら、私のことはどうぞハノース夫人と」
手持ちの扇子をパラリと開いて声をひそめたのだけど、あとから思うとそれがよくなかったか。
「先のことがありましたでしょう? 彼女、落ち込まれていると思うのです。そんな折に大切な婚約者である殿下が、ほかの女人と名前で呼びあっていては、きっと傷付きますわ。同じ女性としてお願いします、彼女を大切にしてさしあげてくださいな」
「…そうか、そうだな。残念だが、君がそこまでいうなら」
聖女集めでもしているのだろうか、この王子様は。
計算高い方がまだマシだ。
このきらっきらした容姿で、みんな仲良く!なんて言われたら、こちらは血管が切れそうだ。
噂をすれば影。
「あなた! そんなに近寄って、殿下に対して失礼でしょう」
新聖女サマが現れた!
栗色の艶やかな髪に、金茶のアーモンドアイ。
整いすぎて地味という損なタイプ。
「いや、彼女は悪くない。僕が無理を言ったんだ」
私を庇うような言動で、彼女をよけいにヒートアップさせる。
わざとでないのはわかっているけど、わざとなのかと問い詰めたいこの気持ち。
「はじめまして、マリアンナ・アニフィール・ハノースですわ。さきほど殿下より御名を呼ぶようご提案があったのですが、恐れ多いことですのでお断りしておりました」
「ふん。それほど礼儀知らずというわけでもないのね」
そちらはずいぶんと礼儀知らずなようだけど。
「確かあなたは、侯爵令嬢でしたか?」
あいさつを促すと、とてもくやしそうにしぶしぶ淑女の礼をとる。
殿下が隣にいなければ、私のことなど完全に無視したはずだ。
「サンフィール侯爵が娘、ルハンナ・ミネス・サンフィールよ。国王陛下より聖女の大任を仰せつかっているわ」
それはそれは。まだまともに働いていないのに名乗りだけは気合十分。
「ルハンナはとてもがんばってくれているよ」
「ディグラン殿下! そのようにおっしゃっていただけて光栄です」
唐変木の婚約者に対してはちゃんと敬語も使える。
まったくお似合いのカップルだ。
だから得意げにちらちら私を見られてもね。
私、人妻。その上、そんな未熟な少年にこれっぽっちも魅力は感じない。
牽制するだけ無駄だから。
いつかこれを魔王として聖剣でぶった切る未来もあり得るのか。
私にそれができるできないはひとまず置いて、かわいそうなものを見る目になるのもしかたないと思う。
「それでは私は失礼いたしますわ。ごきげんよう」
颯爽と立ち去っても、くさくさした気分は残る。
ケチがつくとはよく言ったものだ。
でも私はそれを、あっという間に忘れた。
王立魔法学院の図書館はその蔵書量もさることながら、優美な曲線を描く本棚の海に天上の世界を髣髴とさせる天井画、まさに夢のような場所だ。
ノンストップでページを捲っていたら年若い司書に、
「休憩と昼食は必ずお取りください。それを守れないようであれば出入り禁止です」
慇懃かつきっぱりと言われ、図書館から一時的に追い出された。
反省。
彼女の言うことももっともだ。顔面蒼白で膝を震わせていたにせよ。
いまの私の体はまだ子供。
少しは野外活動も取り入れよう。
せっかくなので、植生を観察しながら学院の敷地内をうろつくことにする。
観賞用に整えられた花や樹木がまず目を引く。
でも数としては、種の保存目的で管理されているものが圧倒的に多いく、温室や研究棟の個人所有の水槽まで含めれば、この国の在来種はすべて網羅しているそうだ。
前世では働きだすまではあまり自由がなかった。
こちらでも、さすがに公爵夫人が山菜や野草を引っこ抜く機会なんてめったにない。
今日はスケッチするだけにとどめているけれど、三つ葉やよもぎなど発見できたら分けてもらおうと目論んでいる。
誰に許可をとればよいのか。
学院長? とりあえず担任教師に聞いてみよう。
「い、いた!」
一人の女生徒に呼び止め(?)られた。
息を乱しているのは、私を探して走り回ったせいらしい。
ご苦労さま。
「この用紙を職員室に届けるように頼まれました」
紙の束を私に押し付けようとするけれど、私は手を出さない。
なぜに私が? あなたが頼まれたのでしょう? 私を探している間に余裕で届けられたでしょうに。
じっと見つめると相手の目が泳ぐ。
サンフィール侯爵令嬢の取り巻きの一人だものね。
そこへ風が吹いて、なんとか強引に私に押し付けようと突き出されていた手から、用紙が舞い散る。
それはすでに使われなくなった男子寮の敷地に舞い込み、多くが荒れた木々の枝に引っかかった。
「わ、私は知らないから!」
この学院には礼儀知らずしかいないのだろうか。
駆け去ろうとするのを呼びとめる。
「お待ちなさい。センダーソン男爵令嬢」
もともと気弱なのだろう。個人を特定されていることであきらめたらしい。
私は、すぐ近くで花壇をながめるふりをしている学生服姿の護衛に声をかける。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、こちらのセンダーソン男爵令嬢が落とし物をしてしまい困っています。あちらに散らばっている用紙を拾うのにご協力ください」
「はっ、お任せください」
適当な距離を保って互いにフォローし合っているのだろう。
私たちにはわからない手信号を送ると、代わりの人員が駆けつける。
花壇の前をさりげなくうろうろしだした同僚を尻目に、立ち入り禁止のロープを跨ぎ藪をかき分け、可能なかぎり用紙を拾い集めてくれる。
「お嬢様方はそちらの木陰でお待ちください」
彼が紳士で本当に助かった。
しばらくて、取り巻きをつれて歩いてくる第二王子殿下を見てひやり。
彼らは学生服姿の騎士を一瞥しただけで、私たちには気付かずそのまま歩き去る。
ありがとう騎士のお兄さん、本当にありがとう!
「お手数をおかけしました。助かりました」
「いえ、仕事ですからお気になさらず」
学院生たちを危険から守るのが務めとはいえ、今回はほとんどサービスに違いない。
おかげで、まるでイベントのようにはじまったかもしれない災難を避けられた。
あとで絶対に詰所に差し入れをしようと心に誓う。
私に名前を堂々告げられて逃げるに逃げられず、憮然と立っているセンダーソン令嬢に、鍛え上げた筋肉で制服をパッツンパッツンにしている青年は苦笑い。
かなり良い家の出のはずだが、こういう仕事していると使用人扱いされることも少なくないに違いない。
「では、私たちは失礼します。お邪魔をしておいてなんですが、お仕事がんばってくださいね」
「お気遣い痛み入ります」
私は立ち尽くしている少女を態度で促し、職員室まで同行した。
護衛騎士に倣って、今日だけ出血大サービスだ。
居合わせた教師たち全員に聞こえるように、センダーソン男爵令嬢が頼まれて、センダーソン男爵令嬢がばら撒いて、センダーソン男爵令嬢が届けたことを告げる。
こんな騒動、これで最後ということはないだろう。
でも、今日はこれでしまいにしてほしい。
もう人間社会で暮らしていれば必ずあることとして、一つ一つ撃破していくしかなさそうだ。




