34、王立魔法学院
たまに王城に呼ばれたり、大公閣下を訪ねてきた貴族をもてなしたり、教会の要人と会ったりしていたのでうっかりしていた。
私、まだ社交デビューしていなかった。
年齢的にはあと数年余裕がある。
建前では成人もしていないのに婚姻なんてしないわけで、方々に確認をとったところ、既婚者は成人とみなす人の方が多かった。
レディ・アーサーが見事につくりかえたデビュタントボール。
密かに楽しみにしていたのに出そびれた。
人には散々、時代の先端を走るダンスを教えているというのになんてこと。
大公閣下を訪ねたついでに、私にあいさつしていくのは中年より若いご夫婦が多い。
男女のあまりの密着具合に年配の方々が眉をひそめているというのが、予想通りすぎて笑える。
でも、それは時間が解決するだろう。
すでにブームははじまっている。
つまり、大公閣下がもてなすようにと指示する彼らは、私にワルツを習いにきているのだ。
発信源はレディ・アーサーことレディ・スイーシスということになっているけれど。
精度の高い情報を集められない貴族は生き残れない。
聖女である私と親交を結びたくて、一族の中からこれまで見向きもしていなかった遠縁の病人や怪我人を探しだす者もいるくらいだ。
私たちがいわば王家を出し抜くかたちで結婚したことから、貴族の一員としては一応王家を憚るかたちをとらなければならない。
だからお茶会に招いたり、それ用にパーティーを開いて私を招待するということはしない。
あくまでこっそり。
私が未成年で公式の場に出ていないのも、招待できない理由になって彼らにとっては都合がいい。
レディ・アーサーは、私が親しくしておいた方がよい方々を特に選んでこちらに誘導してくださる。
中には、彼女が自分では教えたくないだけの相手もいるので注意が必要。
大公閣下のフィルターは頑丈で目が細かいけれど、彼にとって都合がよければ通してしまうのだから。
それなりに忙しくはあるのだけど、公式には暇な私。
早く私の聖女としての活動を本格化させたい教会側にとっては好都合。
でも、王家にとっては第二王子妃(予定)が成人するまで、それを延期させたい。
権力の綱引きはとても細かく複雑で、言うまでもないことだけどどちらも一枚岩ではない。
教会にだってアンチ聖女(私を含む)はかなりいる。
根本にあるのは派閥争いだから、私のことを気に入るとか入らないとかの問題ではない。
国王陛下もレディ・アーサーもお会いするたび、そんな計算をされているなんて思えないくらい感じが良くて、実際、私が年齢的にはまだ子供ということもあって、守ろうという気持ちが働いていることもちゃんと伝わってくる。
人間って、白とか黒とか簡単に分けられないものなのだ。
彼らの側から見れば、教会が私を酷使しようとしているということになる。
それもあながち間違いではないけれど。
国の利益と同時に、王家の利益をいちばんに考えているのも本当。
だからといって、自分たちが積極的に認めた聖女の実家が、大きな顔をしすぎるのも困るわけだ。
私は王立魔法学院への入学を勧められた。
つまり私は学院で成長中の子供として大いに学び、貴族社会を渡っていくためのコネをつくり、魔法についてより詳しくなってその威力を高め、将来の第二王子妃が出すぎないよう牽制しなければならないらしい。
権力者たちの間ではすでに話がついているようで、私はただ下りてくるものを馬鹿みたいに口を開けて待っているしかない。
聖剣についても同様に決められた。
魔王が復活したり、手に負えない魔物のスタンピードが起こった時に存在を公表し、国王が勇者を認定し、教会が聖剣を授ける。
いまのところ聖剣を持てるのは私だけであり、見た目も一般的にイメージされる聖剣らしくないことから、所持帯剣を許された。
ドラゴンのいいかげんな言い様からすると、私はあくまで聖剣保持者。
勇者などというものは人間が勝手に決めているだけで、我関せずといった態度だった。
でもよそから見れば同じことなのだろう。
別に勇者に相応しい者がいると密かに主張する人たちがいて、その期待を一身に背負ったのが第二王子殿下だ。
数撃てば当たるといわんばかりにほかの王子たちにも、それが何かは知らせず、とりあえず持たせてみようという試みはあった。
いち早く情報を得て、こんな騒ぎには一切かかわらなかった王太子殿下は賢い。
それは一国民としても一つ安心材料だ。
大公閣下と私は、それが無駄であることはわかっていたし、王家への貸しを増やすためにも協力した。
結果は、いまだ国内に聖剣があるなんて、民たちは全員、貴族も大多数が知らないと言えばわかるだろう。
これで私が魔王になってしまったらどうするのやら。
一方、聖女の方も、あの神様のいいかげんな態度を見るにただ加護を与えているだけで、聖女と認定しているのは人間だ。
個人的には強力な魔法使いでも、魔法陣の描き手でも、きちんと役に立つならば聖女は何人いてもいいと思う。
なぜこうも競わせる方向に話がいくのか。完全に代理戦争では?
そのくせ存在感を見せつけて牽制するだけで戦うなとか、喧嘩を売っているのだろうか。
魔王にしたくないと言われると弱いけど。
目立てば向こうが突きかかってくる気がする。
負かさなければセーフと自己判断。
それ以外にもちょっと…いえ、かなり気になることもあるので、この話は渡りに船だ。
「どうやら私の探し物は学院にあるようです」
私からのファンレターを装った問い合わせに対する学院長からの返信と、ある論文を見せると大公閣下もニヤリとする。
私が最近見つけたその論文の中で彼(?)は魔法文字と呼称して、フェニキア文字を読み解きはじめていた。
発表されたのは十八年も前だ。
魔法界にセンセーションを巻き起こしたと思いきや、名だたる学者たちに一蹴されて埋もれてしまっていた。
でもこの人物が研究を続けているならば、もう解読が終わっていてもよいはず。
実際、ぽつりぽつりと発表される新しい魔法陣の中に、ほぼ無駄のない良品がまじっている。
新しいと言いつつ、たいていの魔法使いは経験と勘にもとづいて昔の魔法陣を切ったりつないだりするものだから、無意味な文字や文章がたくさん紛れ込むものなのに。
開発者はサムドラ・カティス・マーゴット、王立魔法学院の長。
でも不思議。彼女が自信満々で講釈を垂れている自作の魔法陣の中にはこんな一文がある。
KAMINONANOMOTONIWAREKEINGAMEIJIRU
過去のどの魔法陣にも存在していない名前。
それは間違いなく設計者のサインだ。
そして宛名に添えられた、私以外の者が開封できないようにする封印の魔法陣にも。
WAREKEINKOKONIARI
魔法陣は基本的に手描き。
つまり、学院長の雑務を手伝わされるくらい近くにいるということだ。
「行くしかあるまい」
私は大きくうなずいた。
貴族の子弟であれば、特に試験もなしに誰でも通えるそうだ。
私は、出来上がってきた制服に着替えてがっかりした。
制服はわるくない。
上品な光沢のある灰色のワンピース。
同色のボレロの縁には白いラインが入っていてかわいらしい。
夏服は上着がなくなる分、正面から見ると非常にシンプルだけれど、背面はウエストをしぼる形で大きな同色のリボンを結ぶ。
また、自分で施すのであれば、襟や袖口にレースをつけたり、裾に襞を足したり刺繍をしたり、ちょっとした改造は認められている。
男子はもちろん自分でやってもよいけれど、婚約者の手を借りるのは可という暗黙のルールがあるらしい。
鏡の中には、ふわふわした雰囲気の可愛すぎる少女。
前世では、もっと可愛らしい容姿に生まれていれば性格も可愛かったはずだと、両親のことを恨めしく思ったりもした。
いまでも黒くさらりとした髪や、切れ長の目が脳裏に焼き付いていて、我がことながら違和感がすごい。
自分では前の容姿のイメージで、立ったり座ったり話したりしているのに、まわりに見えているのはこんな感じ…。
贅沢な悩みなのかもしれないけれど、いかにもヒロインっぽくてつらい。
このなりで大公閣下の噂の幼な妻。
王家も追認した、教会一押しの聖女。
既婚者であっても恋愛的トラブルはないわけではないし、自然ともう一人の聖女の対抗馬として見られる。
実際、各方面から抑止力として望まれているわけだけど。
川の中央に大きな岩を置くように、私は在籍しているだけで十分に意味があるはず。
こちらから彼らにかかわる気など毛頭なかった。




