14、契約
できる男は即断即決だ。
どうせやることを後に回したり、一度で済むことに二度、三度と手間をかけたりはしない。
貴族らしからぬはずの行為も、この堂々とした男が行えば、誰もが心から肯定しないではいられない。そんな迫力を感じる。
それが王都とはいえ、小さな一教会支部の執務室で行われていることが不思議で、思わず笑い出したくなるようなおかしみを感じる。
自分がかかわっていなければ、もっと純粋に楽しめただろう。
私がお茶の用意をして運んでいくと、すでに彼は自分の執事に契約書の準備をさせていた。
どうやら執事服の内ポケットは無尽蔵にでもなっているらしい。
タニタ司祭様が珍しく背筋を伸ばして座っておられる。
いつもの自分の席なのに居心地がわるそうなのは、上座を譲って断られたからだろう。
間に合わせの木製の椅子は、信者たちの好意で集められたもの。
ようは各自宅にあった不用品だから、意匠はバラバラ。
ざっくばらんな寄合では大活躍しているが、当然、高貴な身分の客を迎えるのには向いていない。
レディ・アーサーなどは孤児院の食堂がお気に入りで、冷静に考えるといまさらながら焦ってしまう。
「そなたも確認した方がよいだろう」
閲覧の許可が出たので、下書きに慎重に目を通す。
草木紙はすでに出回っている。ただ、正式書類は羊皮紙だ。
ようはスプリングと板ばねについて守秘義務を課すものだった。
「どうか?」
「はい。大変結構なことであると存じます。閣下のお情けが、タニタ司祭様個人に向けられますと、なお一層よろしいかと…よけいなことを申しました」
「ふむ」
主人の視線一つで、当たり前のように動く執事。
いま一度見せられたものは、私の希望どおり書き換えられていた。試されたのかな?
次に見せられたのは、洗濯ばさみの制作・販売を請け負うというもの。
私でも知っている大きな商会の名前が記されていて、それが閣下のものなのか、御用達なのかまではわからないが、さすがと内心ため息をつく。
「…素人の手による拙いものですが、よろしければこちらをお持ちください」
すでに披露した試作品を執事に手渡すと、その主人から満足そうな肯きを得た。
その口元がからかうような笑みを浮かべる。無駄に色っぽい。
「そなたには欲がないのか?」
私はゆるゆると首を横に振った。
「とんでもないことでございます。私はそれが安く、いつでも手に入ることを望んでいます」
「大きな益は人に見えずらい。小さき者から搾取したと世間に思われるのは、私の沽券にかかわる」
「でしたらこちらも、タニタ司祭様宛てにしていただけますと、私としてはより安心です」
執事が書き直したということは、閣下が許可したということ。
アイコンタクトすらしていなかったように見えるのに、たいした呼吸だ。
「ずいぶんこの男を信用しているようだな」
「生意気を言うようですが、このような社会構造の中では、女であり、さらに子供という身分は不安定なものなのです、閣下。私、くわしくは存じませんが、たとえ高貴な身分の方でも女となると、自身の財産さえ自分では所有できないのではないですか?」
「うむ、確かに。厳密には自由に動かせないと言えるな。例外もあるにはあるが、それはあくまで例外だ。数は少ない。ましてそなたは子供。その警戒心ももっともだ」
正直お金は欲しい。単純に欲しいものが買えるし、できることが増えるから。
ただ私にはあの母親がいる。父親もでてくるかもしれない。
彼らがその金銭に対して権利を主張した時、この社会はそれを容認し、むしろ後押しするだろう。
「タニタ司祭はそなたの金庫として優秀か?」
「はい、そうではありますが、もっと優秀な投資先でもあります。お金はあくまでお金です。すべて使ってくださいとお願いしています。そうしてせめて司教様になられて、何かの折に私を助けてくだされば、大変ありがたいと思っております」
いま孤児院にいる、他の子供たちには迷惑な話かもしれないけれど。
はっきり言ってしまえば彼らはいちばん幼い子でも、あと十年もすればここを出ていく。
次々入ってくるだろう子供たちも、その時々、面倒を見てくれる人たちに懐くしかない。
私たちは大人が思っているより、ずっとたくましい。そう生きるしかないというだけのことではあるけれど。




