世界に抗う少女 Ⅱ
例えば、一が二つに、二が一つになったとしよう。そこに何があるのか。果たしてそれは『一』なのか、それとも『二』なのか。はたまた『三』や『四』、『五』と言った、全く別の数字なのか。
それを探し求め続けるのが、冒険者である。冒険者とはあくまでも深淵と天空を探し続ける、そう言った意味合いから生まれたものだ。そして、その中で次第に力をつけるのではなく、最初から膨大な力を持った人がいる。
それらは王国に取り込まれ、勇者となる時がある。そう。あくまで時があるだけなのだ。勇者の発見の仕方は様々だ。学園で探し出したり、前述の通り冒険者から引き抜いたり。各国の王に勇者を引き抜く権利が与えられる。さらに勇者自体に数の限りはない。
が、それはただ勇者と呼んでいるだけ。正確には勇者というのはあくまで勇者という称号を生まれながらにして持っているもののことなのだ。生まれながらに勇者と呼ばれる者は実力のレベルが違う。
例えば勇者の親友であった村人Aがいたとして、生まれたばかりの勇者を10とすれば、村人Aは1である。それを成長に伴い、例外なく同じように鍛え続け、同じ道を歩んだとした場合、勇者、村人A共に元の数値を倍増していく結果となる。ただ、これはあくまで村人A、勇者が最初の実力の基盤からなんら潜在能力を発言せず、永遠と同じ実力を増やし続けた場合の話である。
ここに勇者としての潜在能力を入れれば、その結果は明白だ。無論、その勇者を越す潜在能力がAにあったとして、それは結局1を3か4にしたようなもので、結局元の基盤が大きい勇者には追いつけない。むしろ、潜在能力分をすぐに埋められてしまう。
そう言った意味合いでも実力のレベルが違う。
だから国は勇者を重宝する。
その中で、先ほどの話の村人Aに選ばれたのが、鬼灯稀有であった。どういうことかというと、鬼灯には大きな、それこそ勇者という枠組みを歴代全てにおいて追い抜くほどの潜在能力を持ち合わせた上、勇者と違い、道を自分で切り開き、決める。すなわち自由であったのだ。
初代勇者と懇意であった初代魔王はよくこんな口癖を言うらしい。
『勇者になれたら、幸せだよ。だってさ、魔王と違って、誰かに歩むべき道を決められて、そこに向かって歩き続ければいいんだもん。私はあくまで自分で道を選び、配下にそれをさせる。魔王と勇者は、天敵同士でこそあっても、その言葉の意味合いでも、意外と対を為しているんだよ』
そう。勇者とは、ある意味では不幸で、ある意味では幸運なのだ。誰かに自分の進む道を決めてもらい、自分はそれをなぞって歩くだけ。自分で決める必要はない。
ただ力を追求すれば、それでいい。それに対し、魔王はどうか。配下に自分の道を教え、配下に道の選び方を教え、自分は誰にも指図されず、自分で自分の道を探さなくてはならない。それを絶対とされる。
勇者:魔王を対と見るのは、見方によってその言葉の意味、存在意義までもが対になる。
その上で、勇者の親友村人Aに選ばれた鬼灯稀有は幸せなのだ。自由を約束されつつ、その潜在能力のおかげで、冒険者としてくうに困らず、やろうと思えば国すらも敵に回せる。鬼灯は、召喚された勇者の中で、最も幸せで、自由、という言葉の前では、無敵であった。
にも拘らず、なぜ死んでしまったのか。簡単だ。自由すぎた。
自由をこよなく愛する『神越蝶龍』と呼ばれるある固有の古代龍は、自由すぎた故に、恐れを成した人や魔族により、封印された。自由すぎるが故に、倒すのは困難を極めたからだ。
戦い途中で自由奔放さを幾度となく発揮した。急に戦うのをやめ、何処かへ行ったと思えば、やっぱり暇だからと戻ってきたり、急に投降して、その代わりここらに済ませて欲しいと言えば、急にやっぱいいや、と元の家に帰って行ったり。
とにかく自由であったが故に、いつ自分たちが滅ぼされそうになるかわかったものではなかった人や魔族たちは、彼を封印した。
それと同じである。自由とは強みでもあるが、時に破滅をもたらすものなのだ。国民が全員自由奔放に振る舞えばどうなるか。それは最初こそ皆楽しくするであろうが、結果的には食糧や金銭問題など、様々面から破滅をもたらすだけである。
鬼灯は、それを身をもって体感した。
だからこそか。鬼灯稀有は、目の前の黒い歴史の産物かのような見た目の犬頭の青緑の肌をした人間……果たしてそれは人間なのかすら怪しいそれを見て、警戒を初めてした。
そう、鬼灯稀有という人間はどこにいようと楽観視の達人であった。ジブリール、機械仕掛けの神、時雨を相手取って圧勝した『淑女』カイネルの前でも、彼はどうにかなると楽観視をしていた。
そして、生き残っている。
結果は、残っている。
そんな彼が、初めて警戒した。頭の中で警鐘が全力で鳴り響いていた。
逃げろ、と。
だが、ここで彼が自分を曲げることはない。
「君は?」
「…………なぜ……?」
会話など、最初から成立していなかった。お互いに自分の言いたいことを言うだけの関係であった。
「はい?」
「なぜ、ここに来るのだろうか……」
どっちかと言うと、犬頭は敵意よりも面倒くささを感じているようであって、そこに邪魔だなどと思うことはなかった。ただただ、ここにこんな異物を混ぜ込んできた『System』に対し、思うところがあっただけであった。
「君は?」
二度目の質問。本来稀有は同じことを言うような人間ではない。だが、これの前だけでは、態度を改めなければ、そう言う本能的な衝動が働いた。
そうせねば、死ぬ。不興をかえば、殺されるだけである。
「ああ、忘れてた。わ……コホン。僕はアヌビス。気軽に呼んでくれていいよ。どうせ呼んでくれるような人もいないんだし……」
「アヌビス? 犬? あ、そういうことね」
一体何がそういうことなのか、相変わらず鬼灯の頭は変な方向にフル回転していた。
「アヌビスのイメージは何かな? ミイラ作りの神とかかな? まあ、そんなこともしてるけど。とりあえず、ついておいで。神の固定観念をぶっ飛ばしてあげるよ」
そうゆっくりといい、見た目に反したしなやかで柔らかみを多く含む動きでピラミッドの奥へと進んでいった。誰もが予想だにしなかった結果がそこにはあった。
あろうことか、ピラミッドの奥、いや、奥ではなく、外であったそこは、パーティー会場となっていたのだ。
「〈選定〉。本来なら生きている人間しかできないんだけど。まあとりあえず、改めて、ようこそ。歓迎するよ、新しい〈騎士〉」
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〈選定〉とは言葉通り〈神々の権能〉の一つである。
選定の中で有名なのは選定の剣カリバーンであろうか。別にエクスカリバーとも称される剣は、あくまでその〈神々の権能〉授けられただけ、ということにこの世界ではなる。この世界にある選定の剣と称されるのは『千閃剣』である。
持ち手を選びに選び、選んだ癖に途中でいなくなったり、勝手に親族や恋人を殺したりと好き放題している剣である。だが、それはあくまでこの世界が神の遊戯で作られた上、この剣は神々が『魂喰剣ストームブリンガー』をもとに生み出したからであって、そのストームブリンガーの性格を受け継いだだけなのだ。
まあ集約すれば、結局〈選定神〉がいるわけなのだ。
選定神
デア・エレ
選定し、新たな神を招く、神々の中で最も特殊な神である。なぜなら、新しい神を決定するほどの地位を持ち、他の神々からも信頼されているのだから。
「さて、観客も揃ってるし、始めようか。出ておいで、『恥ずかしがり屋』さん」
パンパン、とアヌビスが手を叩いた。ただそれだけのはずだった。
だが、鬼灯はたったそれだけの動作に戦慄した。大気は揺れ動き、その前に静かにしてくれと言われてもざわついていた観客の喉笛を一時的に変な風に無理やり揺れ動かし、危機感を煽った。それだけではない。先ほどまでそんなに広くはなかった、それでも東京ドーム一個分の広さはありそうだった会場が、いつの間にか十個分、いや五十個分はあろうかという大きさになっていた。
そう。たかが手拍子をしただけで。魔法も魔術も何もなかった。
本当に、〝神〟が手を叩いた、それだけなのだ。そう。この神、という部分が大事なのだろう。神だからこそ、なのだろう。
そんなのに挑むのか? それとも、それ以外に挑むのか?
「あ、あのっ……そ、そのぉ……」
やってきたのは本当に恥ずかしがり屋だった。
いや言葉通りって……ネーミングセンスがないんですか? と突っ込みたくなる衝動を抑える鬼灯は、ゆっくりと腰にある木刀に手を伸ばす。
が、残念ながらそれをアヌビスが静止した。
「待つといい。〈それ〉を本質的なものにしてあげよう」
そういい、木刀をもう当たり前な神速で奪い取り、まるで鞘から抜き取るかのように木刀の刃の部分を動かす。そして、動かないはずのそれは、中から眩く光り輝き、ほのかに淡い赫色の光を発する刀身が現れた。
「これは何?」
「神に対してその態度はやめたほうがいい。少なくとも、私以外の前ではやめたほうがいい。殺されるぞ。まあそれはそうとして、これが、君の木刀の本質的なものだ。〈世渡りの剣〉と名付けたのだっけ? まあこれは君の魂の本質になぜか巣食らっている〈生命の樹〉と〈邪悪の樹〉が悪いんだけどね。まあこれを使ってくれ。君は不殺に慣れすぎた」
言っている意味がわからない、という様子の鬼灯であったが、だんだんと理解した。
アヌビスは、人を殺せ、と案にいっているのだ。真の意味で。ただ素手で殺すとか刀で殺すとか、そういう話ではない。そう。鬼灯はスキルのせいで、魂の破壊の一歩手前までしか殺せない。つまり、ある程度実力をそのままに魂を天界に運ばせていたのだ。
つまり、この場でスキルの恩恵がほぼなくなったこの場で、初めて本当の意味合いで人を殺せ、といっているのだ。
「だんだん理解してきたかな?」
アヌビスは後ろでそういった。
その声に抑揚は薄く見られたとは言え、ほぼなかった。
「裁神アヌビス。又の名を〈死ヲ紡グ神〉アヌビス。〈選定の権能〉デア・エレの命により、ここに選定の試験を開始する」
「『恥ずかしがり屋』シャイ、〈奪命者〉鬼灯稀有、両者共々、どちらかが果てるまで、殺し合え‼︎‼︎」
誰も、止める人間はいない。憐む人間はいない。
自分を守るのは、自分だけ。二人の怪物は、ここでぶつかった。




