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出会い 続

「ふん、メイド風情が随分な口ぶりだな。この雑役女中(メイド・オブ・オールワークス)が!」


 雑役女中とはメイドの中で最下層に位置づけられ、多くの人から蔑視される存在です。普通のメイドといえば、客間女中パーラーメイド洗濯女中ランドリーメイド料理人コックなどと一つの分野に長けた人たちが雇われます。


 メイドとは雇い主の生活をより快適にするための職業です。それ故に多くのことを器用貧乏に行う人よりも、専門分野において誰にも負けないといった一流の人たちが、貴族の生活を支えることが多いのです。


 ですが、無論そういった人たちを雇うには、それなりのお金がいることになります。そして世の中の全ての人たちが、お金を持っているというわけではありません。そんなお金のない人たちに雇われるのが雑役女中でした。


 収入の少ない下層階級にしか雇用を望めないとなれば、それはメイドとして失格であり、それしか仕事がないとなれば、人間の失格者も同然でした。いわば雑役女中とは社会の最底辺にいる者たちの一つの呼称でしたのです。


「エリアス様は恥ずかしくないのですか?」


「何がだ?」


「例え私が雑役女中だとしても、私はちゃんと自分の仕事をして、アウェリアに住む一人の国民として義務を果たしています。それに引き換えエリアス様はどうでしょう? エリアス様は今のご自分を顧みて何も思われないのですか?」


 私がそこまで言うと、エリアス様の相手を馬鹿にするような口はふさがれました。


「俺にはメイドを雇う余裕などない。帰れ」やがて傷心したかのようなエリアス様の口から、そんな言葉が漏れ出しました。


「お金の心配はいりません。エリアス様にお仕えする形になりますが、実際には私はコリングウッド卿と契約したままです。従って私の給付手当ては、以前と変わらぬ形で卿から支払われることとなります」


「意味が分からない」エリアス様は唐突に言いました。


「何がですか?」


「何故そこまでするんだ? お前にしても、そのコリングウッド卿とやらにしてもだ?」


「お分かりになられないのですか?」


「分からないから、聞いているんだ」


「それはエリアス様がホレイショー様のご子息だからです」


 その言葉を言った途端、エリアス様は渋面を作りました。


「そんな同情じみた手助けなんかいらないね」


「それでは、これからどうなさるおつもりですか?」


「何故そんなことをお前なんかに言わなきゃならない」


「逆にお聞きしますが、何故仰られないのですか? 私たちはエリアス様にご自分を立て直す気概と手段がお持ちであられると判断したのなら、ここまでのことはしません。それくらいお分かりになられるはずです。それなのに私の質問に答えられないのでは、失礼ながらエリアス様の生活に干渉せざるを得ないのです」


「うるさい。俺はお前なんか必要としていない」


「必要とされてなくても、私はあなたの側にいます。そしてホレイショー様のご子息であらせられるエリアス様をホレイショー様のような偉大で真っ当な人間にして差し上げます。それがホレイショー様へ報いることのできる私の唯一の手段なのですから」


「何がホレイショー様、ホレイショー様だ! そういうのが必要ないって言ってんだよ!」


「どう言われようと私の意志は変わりません」


「どう言われようとだ? じゃあ、言葉以外の手段を講じればいいわけだな?」


 そう言いながらエリアス様は私の方に歩み寄ります。私は負け犬根性ばかりのエリアス様に負けまいと、エリアス様の目を必死に睨みつけました。


 エリアス様は私の間近にせまり、私を威嚇するように射抜きます。そのまま私たちはお互いの出方を窺うように目を交わしました。


 しかし、いつまで経ってもエリアス様は私に手を上げてきはしませんでした。それも当然のことです。私は自分の意志のよって来たといえ、コリングウッド卿の頼みもそこには含まれていたことは確かなのです。


 そんな私を無下に扱ってしまっては、いい結果に繋がりません。そして私はそこに僅かながらの勝機を見出し、声をかけました。


「エリアス様はこのままでいいのですか?」


「何がだ?」


「エリアス様は、このままではルンペンのままです。それでもいいのですかと聞いているのです」


「よくは……ない」


「でしたら、エリアス様のすることは決まっています」


「何だ?」


「私が側にいることを、お許しになることです」


「何でそうなる?」


「このままではエリアス様はお変わりになられないからです」


「そして父親のようになれってか?」


「そうです」


「はっ、無理だね。お前が崇めるホレイショー様はさぞ立派なかただったんだろうが、生憎と俺は息子であっても、ホレイショー様本人ではない。どうあがいたって変わりはしない」


「この際、変われるか変われないかは置いておきます。エリアス様は変わりたくはないのですか? 一度でもホレイショー様のようになりたいとはお望みになったことはないのですか?」


 私はエリアス様の意志を確認するべく訊ねました。本当にエリアス様は現状をお許しになっているのかどうか、本当に気鋭を失い、心の奥底まで泥にまみれているのかどうか、を。


「うるさい! お前には関係ないことだ!」


 エリアス様の返答はにべもないものでした。ですが、このような突き放した態度に私は一つの希望を見出しました。もしこのような状態を許容して、卑屈な態度を取っていたら、それは矜持などどこにもないということです。


 しかし、エリアス様には他人からの同情を跳ね除ける誇りがあったのです。それがあるのなら、今の生活を是認しているはずがありません。


「それは肯定ということですか? では、何故その夢を諦めになったのですか?」私は矢継ぎ早に訊ねました。


「関係ないことだと言っているだろ!」


「エリアス様に何があったかは存じません。しかし、そこで諦めても仕方ありません」


「知らないのなら、喋るな!」


「では、お話になってください」


 それに対してエリアス様は沈黙を取りました。そして私はそれを明確な答えとして受け取りました。


「つまり、私が側にいることをお許しになったのですね」


「何故そうなる?」


「では、お話になってください」


 再びエリアス様と私は見つめ合うことになりました。エリアス様はその空色の瞳で私の意見を変えようと、猛禽の如く睨みつけました。しかし、エリアス様が変えようとしていたのは、私にとって決して譲れぬものでした。


 エリアス様を亡きホレイショー様が誇れるような立派な人物にする。それだけが天国にいらっしゃるホレイショー様を喜ばせることが出来る唯一の手段。私はその気持ちを確認して、エリアス様を毅然と見据えてやりました。


 どれほどの時間が経ったでしょうか。やがてエリアス様は溜息と共に静寂を打ち破りました。


「セリアといったか。お前は最悪のメイドだよ」


 このように私とエリアス様の出会いは行われました。そこにはよく物語であるようなロマンチックなものは全くありません。ただお互いに嫌な面を出し合っただけのことです。


 今思い出してみても、私は腹を据えかねる思いがあります。しかしそれでも、これが以後に続いた関係のきっかけだと思うと、やはり私は親しみを感じてしまうのでした。


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