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意志あるところに

 私がクサラの砲甲板で奮戦している間、エリアス様たちは、ただそれを座して見守っていただけではありません。戦場を女性にだけ任せていたら、それこそアウェリア海軍の名折れ。


 エリアス様はただちにブレークの帆を張り、クサラに接舷。今度こそ、とどめをさそう、とエリアス様率いる海兵たちが乗り込みます。


 残念ながら、その時の活躍を私は見ることはできませんでした。ですが、後日、エリアス様の側にいたローリー海尉から、その時の話をつぶさに聞くことができました。


      ◇   ◇   ◇


「エリアスのあの雄姿を、是非ミス・ロングフェローに見てもらいたかった。自分の倍はあろうかという巨躯の海兵に何十人と囲まれても、エリアスは身じろぎ一つもせずに、相手を睨みつけるんだ。俺たちは敵のおそろしさにブルッちまったっていうのにな。それでエリアスは自分の背中に俺たちを隠すと、こう言ったんだ。『あとはこの俺にまかせとけ』ってな。それからは、まさに獅子奮迅の活躍だった。左の手斧で敵の頭をかち割ったかと思ったら、今度は右のカットラスで敵の首を切断。来る敵、来る敵、みんなエリアスの餌食さ。まるであの『常勝』のホレイショー・ニーソン提督が、あの艦に降り立ったかのようだった」


      ◇   ◇   ◇


 クサラの砲兵を全員斬り殺した私は、急いで上甲板に行きました。そこでは、やはりローリー海尉がのちに言っていたようなエリアス様のご活躍があったのでしょう。クサラの兵は武装を解除し、ガウルの国旗と軍艦旗を檣から降ろしていました。


 ひとまずの決着です。ですが、まだ海側にいるキーツ艦隊とヴェルレーヌ艦隊の戦いは終わりの様相を見せていませんでした。砲火と砲煙は間断なく続き、戦闘開始時と比べても遜色がないほどの苛烈さを見せていたのです。


「サー、これからどうしますか? キーツ提督の援護に行きますか?」ローリー海尉がエリアス様に意見を伺います。


「……艦の状況と水兵、それに海兵はどうなっている?」


「サー、エリーゼは航行可能です。砲もある程度残っていますから、戦えないこともありませんが、海兵の数が足りません。これでは行ったとしても、ろくな戦果は望めないでしょう。エランの方に戦える奴らがわんさかといるかもしれませんが、向こうはもう降伏しています。そいつらを使うとなったら、こっちに残っているガウルの兵どもも、黙っちゃいないでしょう。降伏した兵を再び同じ戦場に連れ戻すのは明確な条約違反ですから」


「となると、することは限られてくるなあ」


「と、いいますと?」


「決まっている」と、エリアス様は微笑を携えて口にすると、次の瞬間には全ての艦にいる全員に聞こえるような大声を上げました。「旗を揚げろ! 全ての艦にアウェリアの国旗をたなびかせろ! 海にいるガウルの艦隊に俺たちの勝利を見せつけてやれ!」


 エリーゼ、ブレーク、サクソ、そしてクサラにて、アウェリアの獅子が踊ります。獅子は勇壮に、その大海原にて、自らの誇り高き姿を顕示したのです。


 それを目にしたヴェルレーヌ艦隊はどうなったでしょう。救援は来ない、そして後背を敵に晒すこととなる。たたでさえキーツ提督と拮抗した戦いをしているところに、そんな知らせがきては、士気が高まるはずもありません。


 段々とヴェルレーヌ艦隊の砲撃は鈍化していき、その攻勢は挫かれていくこととなりました。それでもヴェルレーヌ提督が乗艦する旗艦シトロエンは奮戦していましたが、意外なところで、このアマルナ湾の戦いに幕が下ります。


 シトロエンの火薬庫にヴェルレーヌ提督の「烈火」が燃え移ってしまったのか、突如として旗艦が爆発炎上してしまったのです。その轟音すさまじく、遠くにいた私たちはおろか、陸の市街地にいた人たちの耳にも届いたといいます。


 シトロエンから空を埋め尽くすかのような煙がもうもうと立ち込めました。そして旗艦の凄絶な最期は、残った艦の戦意を根こそぎ奪うのには十分なもので、キーツ提督と争っていた艦は全て降伏しました。


「やった! 勝ったぞ! 勝ったんだ!」


 エリアス様はヴェルレーヌ艦隊が旗を降ろすのを確認すると飛び上がって喜びました。


「エリアス様、おめでとうございます。それでは勝ち鬨をお願いします」


「勝ち鬨? 何だって、俺が?」


「それはエリアス様が、此度の戦いを勝利に導いたからです」


「はあ?」


 と、エリアス様は怪訝な表情をお浮かべになりました。ですが、周りを見渡してみれば、ローリー海尉をはじめとして、全ての水兵、海兵がエリアス様を見つめて、優しく頷きます。


 そこには蔑視や嘲りはありません。それは皆がエリアス様を心からお認めになった証拠。エリアス様も、それをご理解なさったのでしょう。エリアス様は、やおら腕を空へ突き上げると、大きく口を開けました。


「おええええぇぇぇ!!」


 エリアス様は胃の中身を盛大に吐き散らしました。どうやら戦闘による緊張や不安から解放されて、自らの身体にあった船酔いを思い出されたようです。


 何とも締りのない雄叫びでした。これではエリアス様への評価が、また覆されてしまうやもしれません。私はすかさずたけりました。


「エリアス様の勝ち鬨です!! オエエエエエェェェッッ!!」


 場は静まり返りました。誰もが、奇妙な音に戸惑っておられる様子。こうなったら、全員斬り殺して、この醜態をなかったことにするか。私がそう考えたところで、私たちと同じ勝ち鬨が上げる者が現れました。


「オエエエエエェェェッッ!!」


 ローリー海尉です。彼も腕を突き上げ、咆哮しました。そしてそれを機に、皆が吹っ切れたのでしょうか、立て続けに「オエエエエエェェェッッ!!」の大合唱が鳴り響きました。


 エリアス様はこの戦い以後、「不屈」の二つ名を冠せられるようになりました。それはアウェリアの獅子と謳われるまでの第一歩です。


 正直に言って、私はこの戦いで、エリアス様が生き残れると思っていませんでした。だからこそ、私はエリアス様の最期を華々しく飾るために色々と無茶をしたのです。


 ですが、エリアス様はその状況の中、諦めることなく、勝利の一手を模索して、無事に生き残りました。勿論、そこにはローリー海尉をはじめとした多くの仲間の手助けがあったことに相違ありません。


 しかし、それだけが勝利を呼び寄せたわけでもありませんし、何よりもそれでエリアス様が動いたわけではありません。エリアス様が勝利のために動いたのは、自らの意志があったからです。


 それがあったからこそ、エリアス様の先へ続く道が出来上がったのです。私は一人のメイドとして、確かにそれを見届けてきました。


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