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予兆

 エリアス様の当初の生活は問題なく進みました。少なくとも私にはそう思えました。ホレイショー様のご子息ということもあってか、周囲の期待は出航する前から、目に見えて現れていました。初めてお会いになられる仲間からは畏敬のこもった眼差しを注がれ、上官からは親しみのこもった声がかけられました。


 ハーディー卿のお屋敷から出奔したという話もふねの上では単なる噂話としか捉えられてはいませんでした。誰もがホレイショー様の息子という面で、エリアス様を見ていたのです。だけど、エリアス様はそれらに対して社交辞令以上の愛想を振りまきませんでしたし、下手をすると相手の機嫌を損ねかねないほどの冷淡な反応を見せることがありました。


「何故エリアス様はそのような冷たい対応をお取りになられるのですか?」ある晩、私はエリアス様に訊ねてみました。


「お前は俺に温かい対応をしたことがあるのか?」


「私はいつでもエリアス様のために、と真心を込めて接しています。そのような言葉は心外です」


「なるほど、それが本当なら俺のしていることも十分以上に愛想が良いさ。何しろ俺はセリアよりもよっぽどマシな言葉で皆に対応しているのだからな」


「もしエリアス様が、そのように物事を完結させているのだとしたら、私はエリアス様を哀れむより他ありません」


「自分の考えだけが正当なものとしか捉えていない人間など狭量ではなく、最早狂人だ。願わくば、アウェリアにそのような狂った人間がいないことを祈るのみだな」


「それでしたら、是非エリアス様もご自分の態度を改めていただきたいものです」


「はっ、これだから無教養な人間は困る。言葉が全く通じないんだからな」


「エリアス様の心中お察しします。私もそのような感情を抱くことが、最近つとに増えてきましたので」


「……お前は本当に何なんだ?」


「私はエリアス様にお仕えするメイドです。そしてメイドは主の側に立ち、主にかしずくものです。故にエリアス様が心配なのです」


「そんな心配など誰が望んだ。お前には関係ないことだろう」


「関係はあります。私はエリアス様の栄達を誰よりも望んでいるのですから。そして今のエリアス様は、目の前にある輝かしい道のりをご自分の足で汚していらっしゃるのです。エリアス様、皆は何もエリアス様を陥れるために声をかけているわけではありません。その逆にエリアス様に対して温かい心を与え、これからの前途を期待して、祝福してくれているのです。それなのにエリアス様のような態度は余計な反感を買うだけです。ホレイショー様だったら、もっと紳士然とした偉容を見せてくれたはずです。ですから、エリアス様もご自身の行動を省みて、これからの行動を改めてください」


「お前はいつもうるさいな」


「エリアス様の至らなさが、私の口を自然と開かせるのです。沈黙を好むのでしたら、エリアス様が私を納得させるだけの姿を見せてくれればいいのです」


「別にどうでもいいだろう。誰に迷惑をかけているわけでもないんだ」


「そういった考えがいけないのです。エリアス様はもっと周りをよくご覧になってください」


「本当にうるさいな。というか、何でお前はこの艦に乗っているんだ?」


「コリングウッド卿にお願いしました。エリアス様お一人では不安でしたので」


「海軍の艦では、女性の乗艦は禁止されていたはずだぞ」


「何事にも例外というものはあります。それにエリアス様も艦に多くの女性が乗っていることはご存知でしょうし、これが初めてでないことも知っておいででしょう?」


 エリアス様の言葉どおり、一般的には女性が軍艦に乗ることは禁止されていました。男性にとって、女性は守るべき存在です。そして民間人を守るのも軍の務めです。


 それなのに守るべき存在を戦場へ向かう軍艦に乗せては、男性としても面子が立ちませんし、軍の設立概念と矛盾し、その体裁を貶めてしまいます。そのため公式文書には、私のことは書かれていませんし、その他にもアウェリア国民として勇敢にも戦った女性のことは記されていません。


 しかし、ひとたび箱を開けてみれば、そこには多くの女性が中に入っていました。それというのも女性は生活をするにあたって必要な多くの部分を担っていたからです。


 洗濯、掃除、裁縫は言うに及ばず、夜を一緒に過ごす相手にもなってくれていました。そんな女性たちを艦から放り出しとあっては、水兵の反乱を招く可能性があります。それらを危惧した艦長の多くは女性の乗艦を暗黙のうちに認めるのでした。


 勿論、正式な形で女性が艦に乗るということもありました。例えば特別海尉などがそれです。特別海尉は戦争が始まった時に動員される普通の海尉とは違い、一年を通して艦にいることを義務付けられた常備兵のようなものでした。そしてずっと艦の上にいるのであれば、当然陸には上がれることもできず、従って家族に会うこともできません。


 そういった不幸な状態を我がアウェリア海軍が考慮した結果、特別海尉には家族の同伴が許されていました。そして特別海尉は妻や子どもたちを、自分と同じ艦に乗せるのが常でした。その他にも艦長に正式に招待された客などといった形で乗艦が認められる場合があります。


 私は一応の名目で艦長のお針子として、乗ることになりました。しかし、幾ら立派な艦長の制服を直すといっても、そう毎日仕事があるわけではありません。必然、私には暇な時間ができるのでした。そしてそれは私に艦内に蔓延る嫌な空気を感じさせるのには十分なものでした。


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