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鉄筆  作者: 黒瀬 新吉
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かどわかし

「池中屋」が「闇烏(やみからす)」に襲われたことは、梅雪の耳にすぐには入らなかった。それは、夜盗に斬られた者が用心棒の吉川ただ一人であったことや、二人の用心棒が肝心な時に眠り込んでいたため、朝にはすでに屋敷を逃げ出していたこと。使用人はしばられてはいたものの、無傷だった事からさほど、大騒ぎにはならなかったからだった。


数日後おりょうは国境いの峠で汗を拭った。梅雪の庵がある辺りから、けぶりが昇っているのが見えた。おりょうの横顔を見つめる二人は、マサと万だった。すっかり夜逃げの百姓の夫婦に姿を変えていた。おりょうが烏を見つけてつぶやいた。

「烏さえ、ああして今夜のねぐらをさがしている。さあ急ぎましょう」

しかし、マサは足を速めるどころか手ごろな岩に腰をかけた。


「聞こえないの! さあ立って、マサ」

マサは脇腹を押さえた。吉川と刀を交え、深手を負っていたマサは仲間より遅れていた。路銀は、おりょうが持っていた。万がマサに変わって、おりょうに答えた。

「あんたも見ていたでしょう。この人の相手が腕の立つ男だったのを、それにあんたをかばって刺されたのだって……」


確かに万の言った通りだ。吉川はおりょうが薬をしこんだ酒を飲まなかった、そしてかなり腕が立つ。夜盗の手引きをしたのが「おりょう」だと気づくと、吉川は即座に刀をふるった。その際マサにかつての鋭い勘が蘇る、相打ち、いや絶命したのは吉川一之介のほうだった。


「おりょう、おまえ。匂うぞ」

唐突にマサが鼻を大げさにヒクつかせた。おりょうが着物の袖を臭うため気を取られたその瞬間、マサの拳がおりょうのみぞおちに入る。声も立てずにおりょうは屈み込む、それを支えたのは万だった。

「あんた、何すんだい?」

「知れたこと、お頭の娘を『誘拐(かどわかす』のさ」

「気は確かかい? 掟を知らないわけでもあるまいに……」

「捕まった者、傷ついた仲間は捨てろ、足手まといは斬れ……」

「そうさ、いくらこの娘がお頭の娘だろうと、一文にもならないさ、そんなことよりこれからどうすんだよ、お前さん」


「言ったろう、おれの刀を鍬に変える潮どきだって」

万はおりょうを縛る手を止め、笑顔でマサを見上げた。

「ひとつ、頼まれてくれるか?」

突然鋭い眼光になり、藪に向ってマサが話した。笹がカサカサ音を立てる。夜逃げの百姓夫婦に身を変えてはいたが、彼らをずっと追っていたのは、よくよく縁のある、あの百姓だった。


「この娘は、実は夜盗の娘ではない。この『阿部正月』が尼子の藩士を斬った際、連れ帰った乳呑み子だ。何よりも、ほれあのけぶりのあたりに住む、一風変わった男のものだ。こうしてかどわかしてはみたが、一文にもにならないときている。男の元へ返してやってくれ、金はこの娘が持っていよう」


「山岳坊、あんたの頼みを断る訳にはいかない。それに、わしもその娘をとり返そうとしていた。素山の女房になって欲しい娘だ」

「はっはっは、それはどうかな? 何せ、あいつは坊主だからな」

「素山は破門されたのか、還俗(げんぞく)したのか、とにかく坊主では無くなったそうだ。そう、『高乾院』の『慧明』様がおっしゃった。何せ和尚自ら還俗し、『天野道幸(あまのみちゆき)』と名乗られたから、それは間違いはない。


「そうか、素山の師はあいつだったのか。どうりで……」


「天野道幸」こそ「阿部正月」から「石坂新八郎」の命を救った男だった。その後、彼は中津に向い旅立ったものの、途中芸州浅野藩の村で死んだという。ひとつのため池を残したと伝えられる。


事実『坊主がつぶれの池』、つまり僧が潰れた(死んだ池)と言うため池が「東広島市黒瀬町市飯田」に現存する。ため池台帳には確かに『坊主ヶ池』と記載されている。

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