❪中編❫
❪前回までのあらすじ❫
没落した西の転生貴族、東条寺 呉亜は、
再び美少女として生まれてしまった自分を呪っていた。そんな中、前世で培ったスキル『石ころ化』を発動させた少女は、ある日、かつてのイジメっ子を学校で見かけ、運命の歯車が回り出すのを感じていた。彼女の未来に待ち受けるのは、復讐か、それとも2回目の没落か。過去との繋がりを示す1本の赤いヘアピンを握り締め、呉亜は調査を開始するのだった。因習村ラプンツェル・スピンオフ短編、前・中・後編。最期までお楽しみください!
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5年2組の喪不細工男子慈光 亘は、いつものように廊下の端を、強キャラの生徒に目を付けられないようにコソコソと歩いていた。
……そう思った矢先に、正面から背の高いボーイッシュ女子が歩いてくるのが見える。
亘は顔を伏せ、若干壁の方を向きながらやりすごそうと歩幅を広げた。
…………スタスタスタ………
…………。
すれ違ってそのまま通り過ぎていく女子の気配に、亘はホッと胸を撫で下ろし、縮こまった身体を、居心地が悪そうに直そうと、少し格好付けてポケットに手を突っ込みながらハンカチを探す振りをした。
「あ~なんかレイトー庫くさ~い。」
と背後から声がして、亘はビクッとして立ち止まってしまった。
「ちゃんと電源入ってる?腐ってない?」
背中を向けたまま何も答えない男子の前に、ニヤニヤと笑いながら鼻を摘まんだ女子が回り込んでくる。
慈光 亘は顔を斜め後ろに逸らし、逃げようと上履きをキュ!といわせたが、足がすくんでそれ以上動くことが出来なかった。
「あ~?誰かと思えば4年生の時にぃ~授業中にぃ、もっともらしい答えを出して大恥をかいた慈光 亘くんじゃないですか~??プ~クスクス」
亘は顔が急速に赤くなるのを感じ、体の横で両方の拳を握り締めた。
「どおりでレイトー庫臭いわけだ~。」
何も答えない男子に対して、ショートヘアの前髪に3本色違いのヘアピンを留めたボーイッシュ少女、木田 可里朱は、「ふん。」と馬鹿にしたように笑うと、自分自身も顔を赤くして、スタスタと早足で歩き去っていった。
ずんずんとスピードを上げて歩いていく可里朱は、徐々に視線の先に見えてくる赤い人型の印が付いた壁に視線を向け、
……しばらくそれを見つめると、……一瞬ブルッ!と身体を震わせて、そのまま通り過ぎていってしまった。
……心臓が……ドキドキと動きを早めていく。
短い髪の下から凛とした細いうなじを覗かせた木田 可里朱は、
……心の中で何度も、何度も、何度も、何度も趣味レーしょんを行ったある場面を、気持ちが悪くなるまで繰り返し繰り返し反芻しているうちに、
……とうとう自分も授業中に、匂い付きの可愛いレターセットに、秘められた熱い想いをしたためたくなってきてしまったのだった。
……………勿論、したためるだけだ。私は……自分自身を…コントロールすることは出来る。
先生に見つかるリスクや、隣の生徒、引いてはクラス全員に見られてしまう危険性はある。いつも威張っている男おんな木田 可里朱が、
授業中に乙女ちっくなラブレターを丸文字で書いているところを見られたら、私は終わる。
でも……。でも……。
可里朱はもう、自分自身を抑えることが出来なくなっていた。
……もちろん、実行 はしない。する訳がない。実行はしない……もし私がここで実行してしまったら……と胸の奥で考えてみるだけだ。授業中に自分の席で実行なんて…決してするはずがない…
そう考えただけで、可里朱の胸は強い緊張で閉じていき、それに比例するように、お腹の張りが、思った以上に強くなっていくのを感じた。
(ヤバ……やっぱり……、)と少女が急旋回し、廊下を戻ろうとした時だった。
キンコーンカンコーン………と予鈴が鳴り響き、
「木田さん!次の国語、代理の三田村先生だよ!早く着席しないと怒られるよ!」と叫ぶ女子に押され、可里朱はあれよあれよという間に教室に引き込まれていってしまった。
「ほら!早く着席しなさい!前から先生言ってますよね?!次の授業の教科書は休み時間中に準備しておきなさいと!!」
30台前半の女性教師、三田村和子は、痩せた身体に羽織ったベージュのジャケットの襟を引っ張り、神経質そう顔を歪めながらパンパン!と手を叩いた。
生徒達は慌てて教科書を用意し、今までざわざわとしていた教室は、段々と静まり返っていく。
可里朱は席につくと、机の下で指を組み合わせ、親指同士をくるくると回しながら、指先に意識を集中させていた。
……徐々に気持ちが落ち着いてくると、座ったことでカラダに圧力がかかったおかげか、
さっきまでの危機感がなくなっていることに気付く。
とは言いつつも、まだ明らかに自分自身の感情を無理に塞き止めていることを感じ、 可里朱はドキドキとしながら、机の中から薄ピンク色の便箋を引き出してきた。
それが見えないように、僅かに教科書をお腹側にずらすことで隠す。
そして、緊張で震える指で、筆箱に鉛筆をしまい……代わりに、校則で学校には持ってきてはいけないことになっているシャープペンシルを取り出すと、
手紙の上に丸く可愛らしい文字を書き始めた。
それは、どこか少女のように純粋で…、乙女のように甘く、とりとめもない花と星とリボンと靴と、小さな動物と、綺麗なお姫様についての未熟なポエムで…、誰に向けられた訳でもない、秘密のレターセットに書かれた小さな女の子の夢について書かれた内緒の独り言だった。
可里朱は、隣の席の男子にばれないように膝の上に手紙を置き、胸が苦しくなるほど鼓動を早めながら、熱く激しい呼気を悟られないよう無理に息を止め、時間の経過と共に急速にしたためられていくものが、どんどんと紙の終わりに近付いてきたのを感じていた。
ああ………。もし、このまま……。
もし私が……。ここで……。(はあっ…はあっ……。)
可里朱は、いつも家で空想しているだけの時よりも、本当の教室で、こうして本当にしたためている自分にうっとりとし、気分が悪くなるくらいに陶然としていた。
……ああ……私が…………このまま…もし……みんなの前で………ん??……ん?ん?…。え?え?ええ?マズイよ……マズイマズイマズイマズイマズイマズイ………。
可里朱の額に脂汗が浮かび、不自然に膝が上下にカタカタカタカタ………と小刻みに震え出すのを止めることが出来なくなっていた。
慌てて少女は教室の前の壁にある時計を見つめ、まだ30分も経っていないことに気付き、
……あ、いや、うそ…?え?あ……ちがっ…、と真っ赤になって、退出を申し出るために手を上げようとした。
と、その時、黒板の目の前の席の女子の所に三田村先生が歩み寄り、「アナタ、今寝てましたよね!」とバン!と机に手のひらを打ちつけた。
「今寝てましたよね?先生の授業を受けたくないんなら…今すぐ出ていきなさい!!」
しーーーん………
と、教室が静まり返る。
「どうなの??アナタ達、眠そうな顔をして!授業を聞く気がないのなら、出ていって構わないのよ?ほら、校庭でもどこへでも行って遊んでらっしゃい!先生はもう止めません!!先生の授業がそんなにつまらないと思うなら、そう言いなさい!アナタ?眠るのは失礼だと思わないの??え?あーあーそうですか!誰も出ていかないんですね!じゃあ、ゆっくりお眠りなさい??先生はもう止めません!勝手にしなさい!」
男子の一人が、怒り続ける三田村先生から目を逸らし、何となく変な感じがして隣の席を見た。
…………。?………??………?!
「え?え?え?マジ??う、嘘だろ?!?…木田が、木田が……、シャーペン出してる!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
ガタガタガタ……と机が動く音が聞こえて、
皆が木田 可里朱の方を見る。
「は?な!なに言ってんの??こ、これ違うし!?アンタなに言ってんのよ??バ、バカじゃないの?!」とショートヘアの背の高い女子が、逆に堂々とした様子で背すじを伸ばし、赤い顔をして怒鳴った。
「せ、せ、先生~!!木田が!木田、さんが、シャーペン出しちゃってます!!」と男子がもう一度叫ぶ。
「は?違うって言ってんだろ??これはそういうんじゃないからな?!はあぁぁ??なに言ってんの?!ぜんっぜん違うし!!」と、椅子に座ったままお腹に手を置き、シャーペンを出し続ける可里朱がそう言うと、
前の席の男子が振り返りながら半笑いで「うわっ!マジで木田がシャーペン出しちゃってんぞ!これヤバいでしょ??」と隣の席の女子に向かって言うのが耳に入った。
「………だ、大丈夫?」とその女子が恐る恐る声をかける。
すると 可里朱は堰を切ったように「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」と大声で泣き出し、クラスの全員の目の前で、まだシャーペンを出し続けながら机に突っ伏したのだった。
***************
木田 可里朱は、保健室のベッドに、体操着姿でぼんやりとした表情で腰掛けていた。
厳しいことで有名な三田村先生が授業を担当していたことで、
5年3組には素早く情報統制が敷かれ、隣のクラスにも木田 可里朱のシャーペン使用事件のニュースは伝わることはなかった。
…………やってしまった。……もう、取り返しがつかない。私はクラスの中で……、最下層のキモ男子にも劣る、『授業中にシャーペンを出した女子』になった……。
今頃、教室ではみんなが、残された私のシャーペンを見ながら笑ってるんだろな………。
……私、これからどうなるんだろう……。
背中を丸めて座る木田 可里朱は、
………ニヤニヤと笑う男子達や、嫌悪感を露にする女子達の顔を想像し、無価値になった自分が、転校してしまったK.Sのように蔑まれる未来を想像していた。
……すると、胸が再びバクバクと激しく動き出し、深呼吸をして落ち着こうとしても、上手に呼吸が出来ないほど、ハアハア…と息を吐き始めた。
……ああ……本当の木田 可里朱が、みんなにバレてしまった今……私はもう肩肘張って、気の強い振りをして生きる必要はないんだ……。授業中にシャーペンを出してしまったかりすは、
勉強も、運動も、委員会のお仕事も……もう何も頑張る必要はない……。
だって。……私………、弱虫な女の子なんだもん。
女の子はね……何も考えないで可愛く生きていればいいの。大学にだって行く必要はない。選挙も行かなくていい。女の子はね。いつか運命の人に出会って、赤ちゃんを産んで、お料理とお裁縫だけをして…おうちからは一歩も出ないで暮らすのが最適解なの……。
……ハハハ……
ダメか………。こんなに臭くて不細工な 可里朱と結婚したい人なんていないか………。
……ああ、それならいっそ、もっと、もっと、無茶苦茶にいじめられちゃいたいな……。
ガラリ………。
可里朱が顔を上げると、クラスの保健委員、小荒井 結花理が入ってきたところだった。
「木田さん、大丈夫?」
思いの外、優しい口調に可里朱は驚いて声の主の方を見た。
「もう、大変だったんだよ。男子達が騒いじゃって。」と丸顔の結花理が溜め息まじりに言う。「………ほんっ………と、男子っ最低だよねぇ…。女子のシャーペン見て大喜び。キモ過ぎ。」
「え」と可里朱は結花理の女の子らしい柔和な顔が、嫌悪で歪むのを見ながら、戸惑ったように自分の体操着の下に目を落とした。
「……木田さん。気にしなくていいよ。女子はみんな木田さんの味方だから。あのね?私だって可愛いシャーペンくらい持ってるんだよ(コソッ)……そもそも学校では鉛筆しか使っちゃダメだなんて校則、女子は誰も従ってないから。そりゃ、確かに見せびらかすものじゃないけどさ……。男子が女子のシャーペン見たがるとか、本当にキモい。逆にうちらはお前らのシャーペンなんか見たくないっつ~の!ほんっと、消えてなくなれよ、男子。」
結花理はそこまで一気に言い切ると、「あ、でも小林だけは偉かったよ。すぐにバケツとモップ持ってきてお掃除を開始してたわ。」と付け加えた。「重曹とクエン酸スプレーで、臭いも完全に除去出来る!って完璧に洗い流してくれたわ。あいつ、いつもは女子に喧嘩売るような悪口言ってるけど、やる時はやるみたいね?他の女子達はちょっと見直してた。小林って少しカッコいいよね?とか言って。どこが……って私は思ったけどね。…あんな奴より木田さんの方がよっぽどカッコいいよ。…でもシャーペン出しちゃってた木田さんも可愛かったな……」
ポッと頬を赤くした小荒井 結花理を見て、
木田 可里朱は「……そう。」と小さな声で答えた。
「だから心配しないで、木田さん。三田村先生も今回のことで、うちの校則に疑問を持ったみたいだったよ。授業中のシャーペン禁止は年頃の女の子にはきつい校則だって。もっと自由にシャーペンを持たせるべきだ、って反省してたわ」
「……そう」と可里朱は同じ返事をした。
「でもさ?木田さんも反省しなきゃダメよ?今回のことでわかったでしょ?失敗は誰にでもあるものなの。ほら、……K. Sちゃん……のこと。あの子、1組に転生してるみたいよ。…可哀想じゃん…仲直りしたらどうかな?
あ、なんか私偉そうなこと言ってごめんね。」
身体も心も大人びた雰囲気の保健委員が、優しい眼差しで可里朱のことを見つめる。
ガラリ………
「すみませーん。校庭で転んで怪我したので、絆創膏くださーい」
別のクラスの男子、慈光 亘が保健室に入ってくるのを見ると、結花理はシャ!!と素早く白いカーテンを閉めて後ろに隠れ、
自分もベッドの上に腰掛けて可里朱に身体を寄せてきた。
そして耳元で「……うわ……見てよあいつ……。木田さん知ってる?あいつ四年の時にもっともらしいことを授業中に言ってみんなから爆笑された男子よ……キモ……」と囁く。「あ、うん…」と可里朱は曖昧な返事をした。
「ねえ、木田さん?」と結花理のしっとりとした手のひらが、可里朱の細い二の腕を掴む。「……木田さんはホント今日のことは気にしなくていいんだよ?あんなキモ男子とは違うから……なんなら後で、私のシャーペンも見せてあげるよ。だから後で可里朱ちゃんのシャーペンも……、もう一度よく見せてくれないかな?……シャーペンの見せ合いっこしよ?もっと近くで見たいの。女の子同士だからいいでしょ?
……私のはね、匂い付きで触わるとぷにぷにするやつなんだ。で、こうやって振るとどんどん出てくるの。(カクカクカク……)」と、彼女は嬉しそうに断続的に身体を押し付けたり離したりしながら説明をしてくる。
彼女が更に身体を寄せてくると可里朱は、自分の腕に触れてくるふにゃ…とした柔らかい膨らみを感じ、「あ、そ、そうなんだ……」と顔をしかめながら呟いた。
「……え、なに?その顔……嫌なの?」と結花理が真顔になる。「………言っときますけどね……、私には高校生のお兄ちゃんがいるんだからね……。お兄ちゃんのグループに今日の可里朱ちゃんのこと教えたら、なんて思うかしらね?お兄ちゃんの友達にはね?万年筆とか持ってる人だっているんだからね?あれで書いたら、もう消せないんだからね?もし服に付いたら洗っても、もう取れないんだからね……?」
可里朱は肩を強張らせて、結花理の視線から顔を逸らした。
……………。
「……アハハ。大丈夫だから!」と言ってポンポン!と背中を叩かれる。「ねえ木田さん?ホント、…シャーペンを一回見せてくれるだけでいいから。あ、あとさ、K.Sちゃんと仲直りしたら連れてきてくんない?……私、林間学校の時、別な班だったからさ……、見てないんだよね……。あの子、超絶可愛かったじゃん?なんか噂によると、お着替えさせてもらった時、まだつんつるてんで、『あわれ迷作ちゃん』丸出しだったらしいじゃない?見たかったわあ……。仲直りしたら連れてきてね♡て、言うか連れてきなさい。」
セミショートヘアの温和な顔立ちの少女はそう言うと、「保健委員はこういう時役得よね~♡」と楽しそうに可里朱の腕にくっつきながら言った。
そして、覗き込んだベッドの下に置かれたバケツから、口を結んだビニール袋を見つけて指先で摘まみ上げると、
ショートヘアの少女の顔の前で、内側が湿った透明袋を揺らし、中に貼りついた布の固まりをフニュフニュと人差し指で突ついてみせるのだった。
****************
転生貴族、東条寺 呉亜は、手に持った赤いヘアピンを眺め、静かにスキル『石ころ化』を発動させると、
大きな黒いマスクをつけ、更に頭からフードを被り、グレーのパーカーのポケットに手を突っ込んだ。
ハーフパンツ全体を、伸びたパーカーの裾で隠しながら、縞々のニーソックスから絶対領域を展開をし、前世の美少女だった頃の癖で、少し内股になってトテトテトテ……と可愛らしく廊下を走っていく。
……危険は承知のうえだ。
だが、5年3組の木田 可里朱が……、前世の私を貶める為に段シート入れに侵入していた証拠を掴んだからには、更なるあの子の弱みを探し出したい。
あわよくば現行犯逮捕して、大恥をかかせてやるんだ……。
と、不法侵入少女呉亜は、自らの行いを棚に上げて、3組の教室に向かっていた。
………。
……何やら騒がしい。
呉亜は古巣の教室の入り口に体を寄せ、扉の端から中の様子を覗き見ていた。
ざわめく生徒達が、落ち着かなさげに辺りを歩き回り、1人の男子がモップを持って掃除バケツでジャブジャブとそれを洗っているところだった。
……木田 可里朱は………いない。
呉亜は薄目を開け、教室内をじっくり観察し、手の中に握り締めたままの赤いヘアピンが、じっとりと汗ばむのを感じた。
四角い掃除バケツのレバーを踏み、モップを絞った男子が、それら一式を手に提げ、ヨイショ、ヨイショ…と教室から出てくる。
前世で嗜んでいたバレエ由来の俊敏な身のこなしで、呉亜はクルリと一回転をすると、反対側の流しに体を向ける。
背中側に掃除男子の気配を感じながら呉亜は、
……あ、こいつ……、段シート入れで床を拭いてた奴だ………と気付いていた。前世では気にしたこともなかったけど…間違いない。あの手際のよさは、先日のお掃除少年だ。
小林少年は、背を向けるパーカー女子の佇まいを、若干不審に思いながらも、……なんか話しかけちゃいけないような雰囲気を感じ、黙って掃除バケツをヨイショッ!と流しにドスンと置いた。
ジャブジャブジャブ…………。
グジュグジュグジュ………。
キュッ!ジャワァァァァァァ……ピッ!ピッ!
「ご精が出ますね」と唐突に石ころ色のパーカー少女が話しかけてくる。
「ん?」と小林少年はそちらに顔を向けたが、彼女の横顔はパーカーに隠れて見ることが出来なかった。
「はあ……」と小林少年は生返事を返した。
「お掃除がお好きなんですか?」「まあ、……はい。」と彼は答える。
「まだ下校の時間でもないのに、何故今お掃除を?」
少年は一気に警戒し、三田村先生から出された戒厳令に従って「いや、別に。掃除はいつしても構わないでしょ?」と言った。
「何かあったの?」
と少女が鋭いことを聞いてくる。
「いや、なにも。」
「ふうん……。ところで木田さんはどこ?」
「ふゎ???」と少年は変な声を出し、バケツに新しく汲んだ水をひっくり返した。
「な、何故それが気になる??」と少年は冷静を装って返した。
「………そうね。」と石ころ少女は言う。
「アナタになら言ってもいいかもね……。専門家の意見を聞いておきたいし。」そう言うと東条寺 呉亜は、顔を伏せたまま手のひらを上にして差し出し、チョコン…とそこに乗った赤いヘアピンを少年に見せてきた。
「これ、何だと思う?」「へ、ヘアピン……か?」「そうよ。これは木田 可里朱がいつも付けていたものよ。そして、これがどこにあったと思う?」「さあ、知らないよ、そんなこと。」
「段シート入れの個室に落ちていたのよ。」「は?」「だからだん…」「いや、ちょっと待て。なんでそれを女子が持ってるんだ??」「あ……」と言って呉亜は固まった。
「と、とある男子から受け取ったのよ!で、落書きがしてあったって言ってたわよ!犯人は、きだ……」「ちょっと待て!その男子、俺知ってるぞ!!あの個室をメチャクチャ汚していったやつだろ!!どうすれば壁まであんなに汚せるんだよ??誰だ、そいつは!!!捕まえて一週間、段シート入れ掃除をさせてやる!!」
「え……」と呉亜は後退りをし、「いや、それは……な、内緒よ!」と叫んだ。
「教えろ!」と小林少年が掴みかかってくる。
「ちょ!やめてよ……」と慌てて呉亜は彼の手を振り払おうとし、
……ワサッ……とフードが捲れて、マスクがずれ…七三分けのでこっぱち少女の顔が現れた。
咄嗟に手で顔面を覆った少女を見て、小林少年が「お、お前………!!」と叫ぶ。
「……か、髪切った?」
「…………」
「あ、違ったらゴメン。ほら、男ってそういうの鈍感だから」と小林少年が言う。「なんか雰囲気変わった?お前、○○○《前世の名前》だろ?」「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……」と、呉亜は叫ぶと、一目散に1組の方へ逃げていった。
そして教室に駆け込むと、ゼイゼイ……と息をつく。
……さすがお掃除少年……。日々微細な埃や砂に注意を払っているだけあるわ……。
石ころの存在にも気付きやすいのだろう……。
「どうしたの、東条寺さん?」
クラスメイトのカニさんツインテール少女、高幡 芽林が近寄ってくる。
「あ、メリンちゃん……ハアハア……3組の木田さんって知ってる?」
「なに、唐突に?でも知ってるよ。4年の時に一緒のクラスだったから。木田さんって男の子みたいに背が高くてカッコいいよね?顔は可愛いよりだけど。」
「んん…?」と呉亜は顎に手を当てて、軽く曲げた人差し指を唇で噛んだ。
「待って………。」カチャン!カチャン!カチャン!と彼女の頭の中でパズルのピースがはまっていく音がした。
「も、もしかして………木田さんって………実は男なの??」
「はい????」と芽林が聞き返す。
「だってほら!そうじゃない??そうじゃなければ段シート入れに、これが落ちてるわけないでしょ?!」
びしぃっ!と指で摘まんだ赤いヘアピンを見せながら呉亜が叫んだ。
「段シ……て、はい???!」と芽林がもう一度すっ頓狂な声を上げる。
呉亜は自分が何を口走っているのか気付かず、「そう考えないと辻褄が合わない!……まさか……あの木田 可里朱が男だったとは……。私は林間学校ではお風呂イベントまでいられなかったから…気付くことが出来なかったわ!!……木田可里朱……なんて恐ろしい子!!」とブツブツと独り言を呟いていた。
「メリンちゃん!」ガシッ!と両手を握ってきた転校生に、「ふわ??!」と顔を真っ赤にした高幡 芽林は、「な、な、なんですか??」と叫ぶ。
「私と一緒に、あのにっくき木田 可里朱の秘密を暴きましょう!!」
「は?な、何故私が……」と芽林が言う。
「だってメリンちゃん???女の振りをして、学園を欺く不届き者、木田 可里朱を、これ以上野放しには出来ないわよ?!見ていなさいよ~……。散々前世の私をコケにしてくれて!!許さないから!!こ、の、う、ら、み、 は、ら、さ、ず、に、ほ、うっ、て、お、く、べ、き、で、しょ、う、か~~」
「…決めゼリフ長い」と芽林は言い、メラメラと瞳の中に焔を宿す東条寺 呉亜の小さな手をそっと離すのだった。




