第105話:梅雨のジメジメに怯える僕のために、布団乾燥機でホカホカにされたお布団にダイブしたラスボスたちが骨抜きになった件
ザーザーザー……。
テラスの二重ガラスの向こうでは、季節の恵みである長雨がしとしとと降り続き、灰色の雲がどこまでも垂れ込めていた。
もともとこの新陸地には、風神様や気象魔導陣による強力な天候管理システムが備わっていて、その気になれば一年中快晴や常春に固定することだってできたのだ。
だけど、「天気を無理やり固定しちゃうと、畑の農作物やお花が育たないし、雨の日の情緒や四季の移ろいも楽しみたいよね」という僕の希望で、あえて自然のサイクルに合わせて「恵みの雨季(梅雨)」を再現するように設定してもらっていたのである。
雨音を聞きながらお部屋で読書をする風情自体は、とても情緒があって心地いい。
……心地いいのだけれど、いざ実際に連日の雨が続いてしまうと、日々の暮らしの中で「地味〜に困る現実」が発生してしまうのだ。
「うぅ……ルーカス様、本当に申し訳ございませんっ……!」
洗濯担当の侍女ベスが、抱えた大きなバスケットの前で今にも泣き出しそうな顔をして頭を下げていた。
その隣では、裁縫師のエマが困り果てたように眉を八の字に下げている。
「恵みの雨の季節としてお日様がまったく出ず……館内干しの温風魔法を当ててはいるのですが、敷布団や毛布の芯にどうしても微細な湿気が残ってしまって……どことなく重たくてヒヤッとしてしまうのですわ」
「ベスさん、エマさん、謝らないでよ。僕が四季の風情や作物のために雨の季節を作ってほしいって頼んだんだから、外に干せないのは仕方のないことだよ」
僕はベッドの掛け布団の端っこを指先で触ってみた。
確かに……普段ならカラリと乾いてフワフワなはずの羽毛が、空気中の水分を吸ってほんの少しだけしっとりと重く、肌に触れた瞬間にかすかな冷たさを感じる。
この「湿気を含んだお布団」の地味〜に不快なヒヤッと感……!
すっと音もなく寄り添ってくれたカイル兄さんが、僕の肩に薄手の乾いたショールをふわりと掛けてくれた。
「ルーカス、湿気を含んだ冷たい寝具で寝ると、寝ている間に体温を奪われて風邪を引いちゃうからね。今夜は予備の毛布を多めに重ねようか」
「兄さんありがとう。でも毛布を何枚も重ねると、今度は重たくて寝返りが打てなくなって胸が苦しくなっちゃうんだよね……」
コタツの端っこで、お湯呑みを抱えた時間の神クロノスが、深く同情するように髭を揺らした。
「……ルーカス様、その寝具の湿気、神としても実に忌々しいものじゃ。全時空を見渡しても、雨季の湿気は寝具の繊維に絡みつき、重みと冷えを呼び寄せる。神界の絹布とて、日光に干せねばふっくらとした生命力を失ってしまうからのう……」
「神様でもジメジメした布団は嫌なんだね……。それにさ、湿気を含んだ布団をそのままにしておくと、湿気と体温でカビが生えやすくなるし、目に見えないダニが繁殖しちゃうんだよ。ダニの死骸やフンを寝ている間に吸い込んだら、気管支喘息やアレルギー性鼻炎の発作を引き起こしちゃうから、健康にとって本当に大敵なんだよ」
前世の僕も、病院のベッドや自宅で梅雨の時期になると、外に干せない布団の重苦しさにため息をついたり、ダニアレルギーで咳き込んで苦しんだ記憶が何度もある。
僕はしっとりした掛け布団を抱きしめ、前世のあの素晴らしい家電を思い出して切実にボヤいた。
「こういう時にさ……前世の家電メーカーが開発した、あの『布団乾燥機』があれば最高なのに! マットを広げる必要すらなくて、ノズル付きのジャバラホースをお布団の隙間にグッと差し込んでスイッチを入れるだけでいいやつ……! 立体ノズルから50度以上のパワフルな温風がブワァァァッと布団の隅々まで行き渡って、こもった湿気を一瞬でカラッカラに吹き飛ばしてくれるんだよね。高温の熱風だから、潜んでいるダニも一網打尽に退治できるし、仕上げに温風を当てておけば、天日干しした時みたいなお日様の良い匂いがして、羽毛が空気をたっぷり含んで焼きたての食パンみたいにフッカフカのアツアツに膨らむんだよ……! 寝る前の冷え切った寝床に30分セットするだけで、入った瞬間に『ふあぁぁぁ……極楽……』って蕩けちゃう、冬と梅雨の最強のズボラ快眠家電なのにさぁ……」
湿気とダニの恐怖から解放され、天日干し以上にお日様の匂いがするアツアツの布団に包まれたい僕の、切実で快眠第一なボヤキ。
ビビビビビッ! ギュオオオオオオンッ!
その時、壁一面の『全自動遠隔拝謁陣』から、耳を劈くような真っ赤な緊急警報が鳴り響いた。
『緊急警報! 緊急警報! 暗黒星雲の最深部【万年湿泥・怨嗟海嶺】において、太古の昔より太陽の光を浴びることなく封印されし怨念の巨帝【湿牢邪帝・アビスモルグ】率いる、十万の湿潤胞子軍団が覚醒いたしました!』
モニターの向こうでは、視界を埋め尽くすほどのドス黒いカビ色の霧と泥水が大地を覆い尽くし、その中心から全身を湿った苔とカビの生えたボロ布のような触手で包んだ、小山のように巨大な邪帝が這い出していた。
四方八方に強烈な湿気とカビの胞子を撒き散らし、全銀河をジメジメした腐敗の底へと引きずり込もうとしている!
だが——その咆哮は、冷徹な破壊の雄叫びではなく、全身の重苦しさに耐えかねた悲痛な絶叫だった!
『グシャアアアアッ! 重い……! 重くて冷たくてたまらんのだぁぁぁッ! 数十万年間、この日光の一筋も届かぬ底なし湿地で、湿気を含んで重たくなった泥布を全身に被り続け、カビとダニに蝕まれ続けるこの地獄……ッ! 乾かぬ! 温まらぬ! お日様の匂いが嗅ぎたいぃぃぃッ! このジメジメした怨嗟、全宇宙をカビと湿気で覆い尽くして晴らしてやるぅぅぅッ!』
邪帝は自分の湿ったボロ布のような触手を爪でガリガリとかきむしり、あまりの寝苦しさと重さに涙目で暴れ回っていたのだ!
四六時中、何千トンもの湿気を含んだ濡れ雑巾のような重みに押しつぶされ、全身が冷え切ってカビが生え、その不快ストレスで全宇宙を滅ぼそうとしていたのである。
前世の僕なら恐怖で気絶していただろうけれど、さっき湿った布団に憂鬱になっていた今の僕には、その暴れる理由が痛いほどよく分かってしまった。
「ひ、ひえぇぇっ!? あ、あの邪帝さん、何十万年間もお日様に当たらず、湿気で重たくなった布を被りっぱなしで発狂しちゃってるの……!? そんなの、全身に濡れ布団を何枚も乗せられたみたいに重くて冷たくて、イライラして暴れたくなっちゃうに決まってるよ……! 湿気を含んだ寝具は、衛生面でもメンタルにとっても大敵だよ!」
僕はショールをぎゅっと握りしめ、ベッドから身を乗り出して思わず叫んだ。
「あんな湿った状態で暴れたら、摩擦熱で胞子が蒸れて余計にカビと悪臭が酷くなっちゃうよ! 誰かあの子の被っているボロ布の隙間に、超巨大なホースを突っ込んで、50度以上のパワフルな熱風を送り込む『山脈級布団乾燥機』をブチ込んであげてよ! 湿気を根こそぎ吹き飛ばして、ダニもカビも退治して、お日様の匂いがするフッカフカのホカホカ布団にしてあげれば、イライラも消えて、大人しく丸くなって寝てくれるはずなのに……!」
湿気と重たい寝具に苦しむ邪帝への心からの共感と、熱風乾燥第一なボヤキ。
……のはずだった。
(全宇宙の湿気と怨嗟を神聖なる高温熱風で瞬間蒸発せしめ、太陽光の恩寵を繊維の奥底まで注ぎ込む神の熱気循環調和……! そして立ち上がる破壊の怒気すらも至高のふっくら多幸感へと蕩け去る創世の温風寝床……!?)
ドアの物陰で、本日の部屋干し器具を点検していた洗濯担当ベス、裁縫師エマ、温室管理士テオ、屋根職人クルツ、そして妹リリィの目が、カァァァッ! と全銀河を真昼のように照らし出すほどの白銀と黄金の光を放った!
「す……凄すぎますわお兄様……ッ!」
リリィが感涙で胸の前で愛用のメモ帳を強く強く抱きしめる。
「武力で討伐するのではなく、数十万年の湿気とカビの苦しみを慈しみ、ホースを差し込むだけの温風乾燥でお日様の温もりを届けて救済なさろうとなされるなんて……! 私、すぐに『湿牢邪帝様・ふかふかホカホカ完全乾燥プロジェクト』を発足いたしますわッ!」
「お命救済と熱風除湿の極致だぁぁぁッ!」
ベスとエマ、テオ、クルツが、サラマンダー熱風ブロワーと高耐熱フレキシブルホースを掲げて叫ぶ。
「屋根のソーラー魔石の熱量と温室の送風循環を極限融合させた、山脈級『特製バルデン・ハイパワー布団乾燥機』と超特大羽毛布団を、ただちに泥濘海嶺へ投下いたしますぞッ!」
「待って五人とも!? 僕はただ『お布団を乾かしてあげて』って言っただけだよ!?」
僕の悲鳴を置き去りにし、狂乱の洗濯&裁縫&温熱チームは時空転送ゲートへと爆走していった。
◇
数分後。
湿泥の底で全身をかきむしり、ジメジメのあまり狂乱の胞子を撒き散らしていた湿牢邪帝アビスモルグの頭上に、突如として巨大な時空の扉が開いた。
そこへボフンッ! と出現したのは、ふんわりと雲のように真っ白な山脈級の超巨大敷布団。
さらにその上から、超特大の羽毛掛け布団がバサァッ! と被せられた。
『な……何事だぁぁぁッ!? 我が身を覆うこの巨大な布は……ッ!? また我を湿気で窒息させる気か——』
邪帝が暴れようとしたその瞬間、敷布団と掛け布団の隙間に、鈍い銀色に輝く巨大な二本のノズルが——ズボッ! と突き刺さった。
カチッ……ブオオオオオオオオンッ!!
『ぎゃあああッ!? な、なんだこの熱風はぁぁぁッ!?』
ノズルの先端から、魔導サラマンダー熱線によって温められた「55度の超強力高温熱風」が、布団の内部へと怒涛の勢いで噴き出した!
立体ノズルが掛け布団を大きく持ち上げ、風の道を作りながら、湿気を含んで重たくなっていた邪帝のボロ布の繊維の奥深くまで、灼熱の乾燥温風が駆け巡る。
ジュワァァァァァ……シュウウウウウウッ!
『あ……熱い……いや、熱くない……!? な、なんだこれは……ッ!? 身体から……数十万年間こびりついていた冷たい湿気が……湯気となって抜けていく……!?』
高熱の温風が、カビとダニの胞子を一瞬で死滅させ、滞っていた水分を外へと豪快に吹き飛ばしていく。
それと同時に、潰れていた布団の羽毛が熱風を含んで、ボフゥッ! ボフゥッ! と見る間に二倍、三倍の分厚さへとふっくら膨らみ始めたのだ!
そして——ふわりと漂ってきたのは、上質な天然ハーブと「太陽の光を一日中浴びた干したてのお布団の匂い」。
『お……お日様だ……! 太陽の……日向の匂いがする……ッ! 身体が……羽毛のように軽い……! 湿気がない……! フカフカだぁぁぁッ!』
邪帝の巨体がビクンッ! と跳ね上がり、両目から大粒の温かな涙がボロボロと溢れ出した。
重たく冷たかったボロ布は、いつの間にか極上のフワフワ毛布へと変わり、内側にはアツアツの多幸感が満ちている。
『あひゃぁぁぁ……極楽……天日干し極楽浄土じゃぁぁぁ……! 暖かい……ふっくらしてて……もう一歩も出たくない……』
邪帝は自らふかふかの掛け布団の中に顔をすっぽりと埋め、両手で敷布団をギュッと抱きしめた。
『世界征服……? 銀河の破壊……? なぜ我はあんなジメジメしたことをしようとしていたのだ……。我が任務は……このホカホカのお布団の中で……一生フガフガとお日様の匂いを嗅ぎながら二度寝することである……スースー……』
天地をカビで覆い尽くそうとしていた最凶の邪帝は、完全に戦意を喪失し、そのまま温風が循環する巨大布団の奥深くへと潜り込んで、ヨダレを垂らしながら泥のような大爆睡へと突入してしまったのだ!
そこへ、誇らしげなリリィ、ベス、エマ、テオ、クルツが駆け込んできた。
「お兄様! 湿牢邪帝アビスモルグ様の『完全乾燥ふかふか安眠&除菌』を達成いたしましたわ!」
リリィが金文字の乾燥達成証明書を掲げて天使の笑顔を咲かせる。
「邪帝様は『この布団乾燥機とお布団があれば、湿気で暴れる理由など宇宙に一片も存在しない。全次元の湿気に悩む者たちにお日様の温もりを届ける乾燥技師として生きていく』と、泥沼をすべて太陽光の天日干し広場へと開拓されましたの!」
「世界を滅ぼす邪帝が布団乾燥機で乾燥技師になってる!?」
だが、驚愕はそれだけでは終わらなかった。
僕の自室のベッドをふと見ると——ベスとエマの手によって、新開発の家庭用布団乾燥機がすでにセットされ、ホースから温風がブオオオオオン! と送り込まれていたのだ。
パンパンに膨らんだ僕の掛け布団。
仕上げモードが終了してノズルが引き抜かれると、部屋いっぱいに「澄み切った日向の甘い香り」がフワァッと広がった。
「うわぁ……! 本当にお日様の匂いだ……! お布団がパンみたいにふっくら膨らんでる……!」
僕が感動の声を上げた、その瞬間だった。
ドササササッ!
「ぬおおおっ! なんたる芳香! なんたる至高の温もりじゃ!」
コタツから飛び出した時間の神クロノスが、パジャマ姿のまま僕のホカホカ布団のど真ん中へヘッドスライディングでダイブした!
「わあ、本当に温かいね! 雲の上に飛び込んだみたいだ!」
カイル兄さんもアロイス父さんも、靴を脱いで幸せそうに布団の端っこへ滑り込んでくる。
さらに足元からは、羽毛の子恐竜が「くぅ〜ん!」と歓声を上げて布団のシワに潜り込み、シャドウキャットのミミが「ふにゃぁぁ……」と喉をゴロゴロ鳴らして敷布団の上で背中をすりすりさせ、AIのぬくぬく君が「ピュイ……ピュイ……!(あったかい!)」とランプを虹色に明滅させながら布団の山に埋もれていった。
「神様も家族もペットたちも僕の布団に一斉にダイブして占領しないでーーーーッ!?」
僕は悲鳴を上げ、特製クッションで顔を覆った。
「あ、あれ……? 僕はただ……雨の日の湿気で布団が重たくなるのが嫌で、カラッと乾かしてくれる機械があればいいなって思い出しただけなのに……なんで僕の一言で『全次元の邪帝がお日様の匂いで爆睡して、僕のベッドが全員のダイブ会場』になってるのーーーーッ!」
雨の日の湿気と重たい寝具を嫌った少年のささやかなボヤキは、身近な乾燥家電の圧倒的な温もりによって太古の怨嗟すらも一瞬で至福の安眠へと変貌させてしまい、本日も彼はふっくらと温まったお布団の片隅に潜り込みながら、お日様の優しい香りに包まれて静かな安らぎを噛みしめるのだった。




