9.答え合わせ①
あの夜から5日が過ぎた。
あれから警察で事情を訊かれた。こんなガチの事件で警察と関わるのは初めてだったので、明け方までかかった聴取が終わったころには疲労でフラフラになっていた。
その後も鶴賀さんをはじめとする探索会のメンバーとやりとりしたり、鶴賀さんが今回相談していた弁護士さんとの打ち合わせに同席したりと結構忙しく過ごしていた。
今日はやっと少し落ち着いたかな、と思ったところで鶴賀さんから連絡があり、僕の住むマンション近くの喫茶店に鶴賀さんと南山田先輩と僕が集まっている。
今は鶴賀さんの『巻き込んでしまって申し訳ない』と南山田先輩の『軽率に引き受けてしまって申し訳ない』との謝罪合戦を強引に終わらせて一息ついたところだ。
「ところで今更じゃが、元重さんの健康状態はどうだったんじゃ?薬のせいでぐったりしておったじゃろ?いや、ワシらが車から出たあとすぐ走ってきてたから大丈夫とは思うんじゃが」
「ああ、南山田には話してなかったか。あれは半分以上演技だったんだ」
「演技?」
あの日、阿部さんに薬(エーテル?)をしみこませた布を顔に押し当てられた。実際はあんなものでドラマのように気絶したりしないのだが、それよりもこのままでは窒息死してしまうと思った元重さんは、薬が効いたように見せかけて脱力し、逃げるチャンスを伺っていたそうだ。
スタンガンによるダメージの上、脱力した元重さんを運ぶのに時間がかかってしまった阿部さんは僕らに捕獲されてしまったというわけだ。
元重さんの判断力と行動力が彼女自身を救ったと言えるだろう。
「そうか、じゃあ、後遺症とかも無かったんじゃな。安心したわい」
「おかげさまでな。まあ、奢るからなんでも頼んでくれ。で、瀬川君にはさっき電話で伝えた件をお願いしたい。後から考えても不思議でな」
どうして僕が阿部さんの嘘に気付いたのか。事件当日の車内での話が中途半端になっていたので、もしよければ続きを話してもらえないかとのことだった。
南山田先輩にもそのうち説明しようと思っていたので、この機会にまだ落ち込み中で部屋に引きこもっていた南山田先輩を強引に連れ出して集合したのだ。
「分かりました。ところで、僕の説明の前に一つ確認したいことがあるんですが。自然探索会には他にも『阿部さん』がいらっしゃるんでしょうか?」
「ん?他にも2人いるが?……ああ、ひょっとして名前呼びのことか?」
「そうです。ちょっと気になっていましたので」
あの日、鶴賀さんにしがみついて泣いていた元重さんは、鶴賀さんを苗字で呼んでいたのに対し、阿部さんのことは『智将さん』と名前で呼んでいた。
意外と元重さんと阿部さんが親密だった時期もあったのかな?と思ったが、考えてみれば30人もいるサークルで『阿部さん』の苗字が被ることはおかしくない。単なる区別のための名前呼びだったのだろう。
ただ、それが阿部さんの狂気と妄想を深める一因になったのかもしれないが。
「それでは疑問も解けたところで、僕が阿部さんこそがストーカーではないかと推測するに至った理由をお話します。ポイントが5つあるので順に説明します。
第1のポイント、これは南山田先輩の運転する車内でボンヤリと感じていたんですが、『今の僕って詐欺に騙されてる人の状況じゃね?』というものでした」
「どういうことだ?」
「南山田先輩と僕は阿部さんから聞いた話、阿部さんから送られた情報だけを元に行動に移ってしまっていました。
一方からだけの情報を与え、その情報の裏を取らせる余裕を与えずに行動を決めさせる。
これは詐欺の基本の一つと聞いたことがあります。
時間的に余裕がなかったことさえも阿部さんの演出のような気がしていました。
だから車内で『どこかおかしなところはないか?』と考え続けて、南山田先輩の一言をきっかけに動画のおかしさに気付けたんです。
まあ、恥ずかしながら気付くまで随分時間が掛かってしまったんですが」
「なるほど、まずは状況自体を疑ったか」
「で、第2のポイントは例の『付け回されてる動画5本』です。
これは車内で話したとおりなので飛ばします。
そして第3のポイントは『阿部さんと元重さんが写っているあの画像を送ってきた』ことです」
「?いや、あれはワシが彼の顔をよく覚えてないんであえて送ってもらったのじゃが?」
「阿部さんが南山田先輩に依頼した作戦では、こちらは元重さんの顔まで知る必要はありません。
なのにわざわざ元重さんと肩寄せ合って一つのスマホを覗き込んでる画像を送ってきました。
なので顔もやや斜め下方を向いており、本人確認がしにくくなっています。
もう少し顔がきちんと写っている写真はなかったんでしょうか?
まるで阿部さんと元重さんの仲を印象付けるためにあの画像を選択したようです」
「う~む……いや、しかし自分だけがポツンと写っている画像を持ってなくても不思議ではないじゃろう?それなら2人で写っている画像でも」
「その可能性も考えました。
でもやっぱりおかしいんですよ。
あの画像のデータから、撮られたのは数ヶ月まえであることがわかります。2人は付き合い始めてから数ヶ月は経っているんでしょう?だったらこんな以前にサークルの飲み会で撮られた写真じゃなくて、もっと最近に自室や遊びに行った際に2人で並んで自撮りしたり、お互いを撮りあった画像を共有したりしていてもいいはずです。
そして、そういう画像の方がよっぽど顔がはっきり確認できることくらいわかるでしょう。
じゃあなんでそういう画像を送ってこなかったのか?それはそもそも『そんな画像が無い』からでは?
何故そんな画像が無いのか?それは『2人が付き合っているわけでもなんでもない』からなのでは?」
「むう、確かにの……あれ?これってワシや瀬川君に彼女がいてそういう充実した学生生活を送ってたらすぐ気付けたことじゃ……」
「何か南山田先輩が気付かなくてもいい真実に気付いてしまったようですが説明を続けます。
おそらくあの画像は、『こんな面白いものがあるよ』とでも阿部さんが言って元重さんにスマホの画面を見せていただけのところを撮られたものでしょう。
小さいスマホの画面で見ずらいものを2人で見るために互いの物理的な距離が近くならざるを得ない。
もちろん阿部さんは下心を持ってわざとやったんでしょうし、元重さんは内心いやいやながらも拒みにくい。
そういう状況の画像だと思います」
「ああ、あの画像を撮られたころはまだ智将もストーカー化してなくてな、ちょっと変だと思いながらも拒めなかったようだ」
「そして第4のポイント『なぜ阿部さんは最も安全な避難場所を利用しようとしなかったのか』ということです」
「最も安全な避難場所?」
「合宿場所ですよ!そこの駐車場が寝所とどれくらい離れているのか知りませんが、もし多少離れていたとしても予めサークルの仲間に連絡して駐車場まで迎えに来てもらえばいい。
駐車場から部屋の入口までの危険を心配してあんな面倒な計画を立てる必要なんかないんですよ」
「しかし智将の奴は、ストーカーの件に関して会員は俺をかばって味方になってくれないような話をしてたらしいじゃないか。だから会員を宛てにできなかったとは考えなかったのか?」
「正直、僕らはそういうふうに阿部さんに思考を誘導されてましたね。
でも、数回付け回された程度ならなあなあで済まそうという人もいるかもしれませんが、暴力沙汰になるかもしれないというのに30人からいる会員全員が、駐車場に迎えに来てくれるくらいの要請を断るとは思えません。
そして合宿場所に着いてしまえば、自分のサークルに加えて他校のサークル会員数十名もいる。こんなところで暴挙に出ようなどと思う人間はいないでしょう。
それこそ鶴賀さんがラノベに出てくる生徒会長ばりの権力で他校のサークルまで含めて支配しているというなら別ですが。現実にはそんなことあり得ないでしょう」
「なるほどな」
「まあ、百歩譲って咄嗟に合宿場所が安全と気付かなかったとしましょう。それでもやっぱり阿部さんの話がおかしいと思えるのが最後の第5のポイントです。『なぜ阿部さんと元重さんはサークル退会を考えないのか?』」
「ん?それなりの期間所属したサークルを退会するのはもったいないと考えるのも不思議ではないじゃろ?活動自体もそうじゃが友人関係とか」
「例えば体育会系のクラブや音楽サークルなど、練習を重ねて何らかの戦果を得る、或いはお披露目するためのクラブなら先輩からのハラスメントに耐えて活動に励んでいるような話もあります。
でも、自然探索会の活動を揶揄するわけではないですが、先日の合宿にしたって要は引退コンでしょう?ストーカーのリスクを背負いながら続けようと思うでしょうか?
また、サークル内で築いた友人関係ですが、自然探索会はごく限られた一時期を除けば活動は週一のお茶会です。ストーカー被害を逃れるために退会したとしても、他の会員との交流を続けるのは容易かと。
退会の理由が『一部会員の迷惑なアプローチ』なら、他の会員だって『しかたないね』と言ってこれまでどおりの付き合いを続けてくれるでしょう」
「確かに。実際、ウチは事情があって退会した会員とも普通に交流が続いていることも多いようだな」
「2ヶ月あれば、退会してもほとんどデメリットなく、自分たちの恋路の邪魔をする相手と距離をおくことができることに気付くでしょう。
なのに2人はサークルに在籍したまま。
しかも、今回の合宿には、バイトの都合で欠席が決まるまでは元重さんも参加予定で、阿部さんも途中まで参加していたといいます。
彼女にストーカーして2人の仲を裂こうとしている当人も参加予定の引退コン合宿に?
加えて言えば、咄嗟の危機の際に頼ろうとも思わない程信頼してない会員しかいないサークルの引退コン合宿に?
阿部さんは元重さんに参加を懇願されたと言っていましたが、懇願する方もそれを受ける方もおかしいでしょう」
「確かにな。智将が君らにした話のとおりなら2ヶ月の間に退会してるだろう。ましてや積極的にサークル活動に参加するなんてあり得んな」
「以上、ポイント1~5で示される不審点や矛盾点から阿部さんの話が事実とは思えません。
一方で、現に阿部さんの車に乗った僕らは鶴賀さんが運転していると思しき車に追われていました。
これらを総合して考えると、『事実は、阿部さんが元重さんのストーカーで、鶴賀さんをはじめとしたサークルのメンバーが阿部さんから元重さんを守ろうとしている』というのが矛盾の無い解釈だと気付きました。
元重さんは阿部さん対策にサークルの会員が頼りだから当然退会しないし、サークルに積極的に参加する。
元重さんを守ろうとする鶴賀さんたちは阿部さんにとっては邪魔と思われる行動をとるだろうし、それに対する阿部さんの抗議に耳を貸す会員はいない。
元重さんに執着している阿部さんはサークルから離れようとしないし、活動にも参加するが、自分と元重さん以外の会員を疎ましく思っている」