10.答え合わせ②
「ああ、俺達が紫姫に相談されてからの2ヶ月をまとめるとそんな感じになるかな」
ぼくのまとめに鶴賀さんが頷く。
「以上が僕が阿部さんの嘘に気付いたまでの思考の説明です。まあ、実際にはポイント2の動画のおかしさに気付いたとたんに、ポイント3、4、5が一度に頭に湧き上がってきて、確信を持てないまま、とにかく最悪の事態は防ごうと隅田さんに電話して確認したんですけれども」
「それにしてもよく気付いてくれた。俺がその立場だったら最後まで騙されっぱなしだったろうな」
「いえいえ。あの時点でも気付くのが遅すぎたと焦りましたよ。何しろボディガートを引き離してしまった上に、元重さんの行先の選択肢を狭めてしまっていたわけですからね」
阿部さんの車が元重さんのマンションに向かっているのだ。鶴賀さんは当然それ以外の場所に行くように元重さんに指示する。
「しかも、阿部さんの『計画書』と当日の阿部さんの行動から、あの晩、元重さんが鶴賀さんの住むマンションに向かうことは計算済みだったそうじゃないですか。後で聞いてゾッとしましたよ」
鶴賀さんが警察から聞いた話では、阿部さんのメモリから、今回の誘拐計画が発見されたそうだ。
そして、その計画によれば、阿部さんはこの2か月間で、鶴賀さんたちのガードの際のパターンを掴んでいた。
まずは、元重さんがマンションに帰るのが危険と判断した際、鶴賀さんたちがホテルなどを利用せず、会員の誰かの部屋に彼女を匿うこと。
そして、男性会員が外でガードする際には、元重さんと車に同乗せず、別の車で移動し、阿部さんが進路を変えれば阿部さんを追ってくること。
これらのパターンを掴んだ上で、阿部さんは、当日のガードの人数や南山田先輩と連絡がつかなかった場合などの状況別対応なども想定して誘拐計画を練っていた。
そして合宿当日、阿部さんは本当に合宿に途中まで参加し、欠席者が元重さんと鶴賀さんしかいないことを確認した上で札幌市内に戻ってきた。
つまり、あの晩、阿部さんが元重さんのマンションに向かうよう見せかければ、鶴賀さんが自分の車で追ってきて、元重さんが鶴賀さんの住むマンションに来ることを阿部さんはほぼ確信できていたのだ。
「ところで、その誘拐計画を聞いて思ったんですが、『男性会員が外でガードする際には、元重さんと車に同乗せず、別の車で移動する』ってやっぱり阿部さんが元重さんの郵便受けに何か入れようとする現場を押さえるためとかですか?それでも同乗した方が元重さんにとって安全だったような気がするんですが?」
「確かに郵便受けに何か入れられるのを防ごう、あるいはその現場を押さえようっていうのもあったんだが……智将の奴は、なんて言うか、『紫姫と2人で車に乗る』ことに執着しているような言動がちらほら伺えた。証拠集めの期間、紫姫からは智将に対してきちんと断るべきところは断らせていたが、一方で必要以上に智将を刺激することは避けていた。どうも他の男と紫姫が一緒に車に乗るというのは奴の逆鱗に触れそうだったんでそういう方法をとっていたんだ」
「元重さんと2人で車に乗ること、ですか」
「ああ、それとこれは警察から聞いたんだが、智将のネットの履歴を解析したところ、札幌近郊の交通死亡事故現場の情報にずいぶんアクセスしていたようだ。特に、『カーブを曲がり切れなかったのではなく無理心中だったのではないか』といったような噂のある現場の情報を執拗に検索していた形跡があると」
「……思い出したんですが、事件現場で、阿部さんは元重さんを借りていた山田先輩の車の近くで捕まえたのに、わざわざ元重さんの車に乗ろうと元重さんを担いでいったんですよね。」
最初で最後の2人のドライブは他人の車なんかじゃなくて彼女の車でとでも思ったんだろうか。
阿部さんは現在でも警察では、「恋人である紫姫を助けようとした」との主張を繰り返しているそうだ。
件の誘拐計画にも『紫姫を救うため』といった表現が随所に出てきたという。
しかし、事件当日の阿部さんの行動は、彼が彼女に絶対に受け入れてもらえないことに気付いていたとしか思えないものだった。
一途さと狡猾さ、客観と妄想。それが彼の精神内でどのように共存していたのか、僕には一生わからないんだろう。
「いや、今日は時間をとってもらって済まなかった。感謝するよ。これから紫姫と合流して弁護士の先生の事務所に行かなきゃならないんで、悪いが先に失礼させてもらう。ああ、南山田くんにはまたいずれ紫姫と挨拶に行くよ。じゃあな」
「え?ああ、いや、すっかりご馳走になってこちらこそ済まないのですじゃ」
「ごちそうさまでした、それじゃあお気をつけて」
鶴賀さんが店を出た後、南山田先輩が頭を下げてきた。
「ワシが阿部さんの話を鵜呑みにしてしまったばかりに、瀬川君にもずいぶん迷惑かけてしまったの。申し訳ないんじゃ」
「頭を上げてください。悪いのは阿部さんです。南山田先輩は悪くありません」
相手の相談を受ける南山田先輩はどうしても相談してくる相手の心情に寄り添おうとして話を聞くことになるのだから仕方ない。
その真偽を見抜くのは一歩引いて客観的な立場でいられる僕の役目だ。
「ところで南山田先輩、鶴賀さんが最後に元重さんと挨拶に来るって言った意味わかってます?」
「ん?いや、謝罪と礼ならさっき過分なほどいただいたのに何じゃろう?と」
「あの2人、先日から付き合い始めたんだそうですよ」
「ええっ!?」
「あんなことがあって、お互いがどんなに大切な存在になっていたか気付けたそうです。あの事件がなければ鶴賀さんはサークルを引退して、事件の証拠提出の後始末とかはあったでしょうけど、そのまま疎遠になっていったかもって言ってました。だからあの事件で救出の手助けをしてくれた南山田先輩にも揃ってお礼を言いたいそうです」
「ワシは自分のしでかしたことの始末をつけようとしただけなんじゃが……まあ、怪我の功名とでも考えるべきかの」
「そうですよ!もう5日間も落ち込んだんだから十分でしょう!結果オーライって切り替えましょうよ!」
「……うむ、そうじゃな。じゃあ、仕切り直しに今夜は5日前行く予定だったしゃぶしゃぶ屋に行かんか」
「いいですね、では7時に再度現地集合ということで」
僕らは席を立ち、店を出た。夜のしゃぶしゃぶに備えて腹ごなしに散歩でもしていこう。




