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事故物件クリーナー9

電気が点く。

目を開ける。

全身に気だるさが広がり、自意識が脳の奥に後退して四肢が動く。

ユウさん=俺が机の抽斗(ひきだし)から色鉛筆を取り出す。

俺の手が色鉛筆を持ち、床に散らばったチラシを裏返して余白に円を描く。

手が凄まじい速度で動き、耳と身体の一部を黒鉛筆で塗り、子パンダを抱っこする親パンダの絵を描き上げる。

色鉛筆を斜めに傾げ立体的な影を付ける技法やリアルな質感の再現は、繊細な動作をこなす、柔軟な関節を備えたからこそ初めて成し得る奇跡だ。

メインを仕上げた後、手を繋いでパンダを眺める父と娘を描き入れる。

最後に『YU』と署名し、ローテーブルの表面に郵便番号と住所を綴っていく。

別れた奥さんと娘の住所だ。


(わかった)


身体の主導権が回復、握力が緩んだ拍子に色鉛筆が落下。

軽快に転がる色鉛筆を追ってベランダの扉へ着くなり電気が消え、外の常夜灯の反射で真っ黒い闇が映えるガラス面に、見知らぬ青年が立ち現れる。


ユウさんが後ろにたたずんでいる。


(おぼろ)に映り込む人影に手を伸ばす。

俺と二重写しになり、顔からわずかにはみ出た輪郭に触れれば、指先が冷えたガラスの固さを吸い上げる。

「役に立った?」

潤んだ視界を瞬いて聞く。

俺とだぶったユウさんが透ける手をのばし、ガラスに特大の花丸を描く……まねをする。もう物に干渉する力も残ってないのだ。

「そっか……」

ユウさんがほんの少し笑顔を翳らせ、ドア越しに片手を振る。

瞼を拭ってこたえるとユウさんの姿はどんどん薄れていき、やがて完全に背景に溶け込んで消滅。


『楽しかったよ』


果たせなかった約束と叶わなかった夢が一枚の絵として昇華され、同時にユウさんの未練も浄化される。


事故物件クリーナーを始めたのは、まれにこんな出会いがあるからかもな。





203号室を去る日、アパート近くのポストに封書を投函した。

ゴーストイラストレーターが仕上げた最高傑作、子供もきっと気に入ってくれるはずだ。


最後にふと思い出す。

あの味の素、パンダの絵が入ってたっけな。

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