四回表
タイガース、ダッグアウト前。そこで喜久代たちは円陣を組んでいた。
「すまない、みんな」
ガックリと項垂れているのはペンテシレイアだ。武藤に打たれた本塁打が相当に堪えていた。
「まだまだ、試合は始まったばかりだよ。それにたっちゃんの球だって打てない訳じゃないから」
喜久代は努めてチームを盛り上げようとしていたが、既に意気消沈した一同の表情は晴れない。
「諦めたら、そこで試合終了だよ」
「その通りだ、潔く負けを認めるか?」
円陣に近づいて声を掛けて来たのは和哉だった。
「まだよ、まだ終わらないわ!」
「そうか、じゃあそちらが負けを認めるまで、攻撃の手は抜かないことにしよう」
和哉は不適に笑うと守備位置の三塁へ戻った。
「言われっぱなしで、悔しくない?」
振り返った喜久代の目には、悔しさと憤りが混じった表情が映る。
「幾らお兄ちゃんでも、あの言い方はあらへんよって」
「一点ずつ返して行けば、九回には追い着きます!」
「ええ、やるわよ!」
「はい!」
円陣で肩を組み、気合を入れる一同。その瞳には闘志が宿っていた。
四回表、タイガースの攻撃ですが、円陣を組んで気持ちを新たにしたようです。
「気持ちを切り替えて臨まないと一筋縄では行きませんからね」
さあ、六点のビハインドを背負うタイガースの攻撃、先頭バッターは五番の長野選手からです。
左のバッターボックス、一部の男性客から熱い視線を集めておりますが、ヘファイストスさん?
「え? ああ、ピッチャーは内角に投げ辛いのではないでしょうか」
マウンド上、ドラゴンズの先発は佐藤選手、大きく振り被って、投げた。
ストライク、内角低めに決まりました。
「胸が邪魔で見えてなさそうですぅ」
解説に私情を挟むのは、おやめ下さい。
ピッチャー、第二球、投げた。
再び内角低め、決まってツーストライクと簡単に追い込みましたバッテリー。
「回を追うごとに調子が上がっているようですね」
三球目、外の沈むボール、バットが空を切って三振!
「あの球は左バッターからは逃げて行く感覚でしょう」
タイガース、次のバッターは六番、倉田選手です。
左のバッターボックス、前の打席ではヒットを打っています。
マウンドはドラゴンズの佐藤選手、振り被って、投げた。
バッター、初球から打ってゆく。
強引に引っ張って、打球はファースト山岡選手の頭上を越えてライト前ヒット。
再び夫婦が塁上で出会います。
「紙にーさま、仲直りして欲しいですぅ」
タイガース、ワンアウトからヒットでランナーが出ました。
次のバッターは七番、樋口選手です。
右のバッターボックス、既にバントの構えです。
「一点でも返そうという姿勢ですね」
マウンド上、佐藤選手セットアップポジションから初球、投げた。
バッター、バットを引いて見送ります。しかし判定はストライク、きっちりとストライクゾーンに入っていました。
「守備側、一塁手の山岡選手がやや出遅れるようですね」
それの確認もあったのでしょうか、ピッチャー第二球、投げた。
今度はバットに当てて一塁側に転がした。
キャッチャーの前をバッターランナーが横切る為、打球の処理は一塁手の仕事です。
ランナーの倉田選手は既に二塁に到達、バッターランナーの樋口選手ももうすぐ一塁に到達しますが、ファールボール。
線外へ打球が出てしまいました。
「惜しかったですね、絶妙のバントでしたよ」
いや全く、ヘファイストスさんの仰る通りでした。これは守備側のドラゴンズが助かりました。
気を取り直して、プレイ再開です。
カウントはノーボール、ツーストライクから。
ピッチャー佐藤選手、セットアップポジションから第三球、投げた。ランナースタート!
樋口選手、バントを試みる。辛うじてバットに当てましたが、打球はキャッチャー後方へ。
スリーバント失敗。バッターアウトで、ランナーは一塁に戻されます。
「見逃し三振で、盗塁成功の方が良かったかもしれませんね」
確かに結果から見ると、そうなりますね。
しかし、やはり二球目のファールが実に惜しく思えます。
さあ、打席には八番バッターの尾藤選手が左のバッターボックスに入りました。
前の打席ではショートゴロに倒れています。
ツーアウト、ランナーは一塁。
「眼帯を外して、両目で見ればいいのに」
尾藤選手、バットを構えて、気合の籠もった目でマウンド上の佐藤選手を睨み付けます。
流石は自衛官、凄まじい気迫ですが、対するピッチャーの佐藤選手は警察官、全く怯みません。
「おや、また何かキャッチャーの森本選手が呟いていますよ」
どうやらそのようですね。
尾藤選手の気迫がやや収まった印象です。
マウンド上、佐藤選手はセットアップポジションから初球、投げた。
内角高め、尾藤選手の顔面すれすれでした。
「挑発的ですね」
再び尾藤選手の闘志に火が点いたか、先程とは比べものにならないぐらいの気迫が溢れています。
それを全く無視して、ピッチャー第二球を投げた。
外角低めのボール球をバッター引っ掛けました。
サードの桐下選手が猛ダッシュ、素早く拾い上げて一塁へ送球、アウト。
タイガース、ランナーを出しながらも進められず、攻撃を終えました。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・小見 敏夫 前野智昭さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・今井 雄三 蒼井翔太さん
・紀井 多聞 森久保祥太郎さん
・モリモット 関智一さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・ヘファイストス 中尾隆聖さん
・鉄器川 華蘭 竹達彩奈さん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・井ノ元 喜久代 丹下桜さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
・長野 恵梨香 原由実さん
・倉田 祐子 阿澄佳奈さん
・樋口 鞆絵 喜多村英梨さん
・尾藤 弥生 沼倉愛美さん
・鉄器川 香崙 悠木碧さん
注1 円陣
高校野球でよく見掛ける場面である。
一同の顔が互いに見えるので、結束力を高める効果があると言われている。
注2 諦めたら、そこで試合終了
井上雄彦さんの漫画『SLAM DUNK』で、主人公の所属するバスケットボール部監督、安西先生の名セリフ。
注3 スリーバント
ツーストライクから試みるバントの総称。
失敗は三振と同じ、アウトとなる。




