再会
東都について数日が経った頃。
私は、王城の上部に作られた景色のよく見える場所で、お養父様と共に昼食を取っていた。
「もう東都の生活にはだいぶ慣れたかな?」
お養父様は食後の紅茶を嗜む。
「はい、ここに来てからは穏やかな日々を過ごしております」
お養母様の配慮もあったようで、想定よりも比較的のんびりとした毎日を送っていた。
「ですが、そろそろ部屋で本を読んでばかりも飽きてきましたわ」
ここ数日は、お屋敷にある蔵書を読みふけっていた。
特に魔法に関する資料は豊富で、化学と数学を用いた魔法の基礎理論の再構築、魔法治癒と医療技術の融合など、そういったものを知る事ができたのは大きかったと思う。
「そういうと思っていたよ、しかし、お披露目前に公務に同行させるわけにもいかないからな」
お披露目というのは、私が2人の養子になった事を、公的に発表するという事だ。
陛下や幾人かのサインを貰い、公文書として養子縁組を証明し、国際的に立場を詳らかにし、儀式を持って貴族に承認させ、祭典を持って国民にお披露目するのが一連の流れである。
「来週までは大人しく待っていなさい、その代わりと言ってはなんだが、これを君にあげよう」
お養父様は、私に一本の鍵を差し出す。
鍵に刻まれた文字からして、一つの魔法道具だろうか?
私は鍵を手に取り、じっくりと眺める。
「これは、東都公文書室の鍵だ」
思わず手に持っていた鍵を落としそうになり、空中でお手玉をつく。
「ちょ、ちょっと待ってください、こんな、その、いいんですか!?」
慌てふためく私をみて、悪戯が成功したとばかりにお養父様は笑みをこぼす。
「構わない、その鍵で閲覧できるのは3層までだからな」
王城の地下に作られている公文書室は、全9層に分かれている。
公文書室はその名の通り、この東都に纏わる公的な文書や資料が全て保管しているところだ。
この鍵で閲覧できるのは、地下1階から地下3階までの3層までらしいが、それでも学べる事は多いだろう。
「公文書室の室長はエレオノーラだ、もし、何か分からないことがあったら彼女に聞きなさい」
エレオノーラさんは、シュタイアーマルク奪還作戦の時にベルトーゼ様と共にお世話になった人だ。
「それと、体が鈍ってはいけないからな、護衛の十二騎士に適当に相手をしてもらうといいだろう」
やった、これでまたベルトーゼ様から学ぶことができる。
今日の護衛についてくれているベルトーゼ様をちらりとみると、ベルトーゼ様も嬉しそうだった。
「槍であれば、ベルトーゼの次にエレオノーラが得意だ、氷魔法はセフィ、炎魔法はテオから学ぶといい」
そういえばベルトーゼ様も、エレオノーラさんは槍を使うのが上手いといっていたと思う。
普段、彼女は杖のようなものを持っているのだが、近接戦闘時は、先端に魔力を集中させ水の刃を作り出し槍のように扱い戦うそうだ。
「君はグングニルを形状変化させて戦うから、そういう意味では、多くの武器が扱えるフランの戦い方も参考になるだろう」
フランセットさんは遠距離専門だと思っていただけに驚く。
お養父様曰く、フランセットさんは狙撃に失敗して接近されてもいいように、短剣と格闘術を用いた近接戦闘でも戦えるし、剣術や弓術も一通りこなせるそうだ。
「色々と助かりますが……一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
お養父様は無言で頷き、私にお願い内容の説明を促す。
「私だけではなく、私の従者達も鍛えてほしいのです」
これは従者達からもお願いされていたことだ。
私同様、このままではいけないと思っていたらしい。
「いいだろう、許可する」
お養父様が許可を出すと、後ろに立っているフェリクスが小さく拳を握りしめるのが目に入った。
フェリクスは、ずっと、戦ってみたいっていってたもんね……。
「ただし、訓練するときは屋敷のある島の中でのみだ、それと、公文書室に来るときは、今日みたいにフードを被り顔を隠してきなさい」
お披露目前に余計なトラブルは招くべきではないものね。
まぁ、十二騎士が護衛に付いているので、余計なトラブルに巻き込まれる事は少ないだろう。
それほどまでに、彼らの権力はここでは確立されている。
「さてと、今日はここでお開きにしておこうか」
ここで予期せぬ事が起こる。
私たちが席から立ち上がると同時に、城の城壁の一部から爆煙が上がるのが見えた。
「なっ!?」
一瞬、何が起こったのかと驚く。
「大丈夫だ」
お養父様がそう私に呟くと、1人の騎士が部屋に駆け込んでくる。
「失礼します、王城に侵入してきた者達を確認しました、クルスニク副宰相の指揮の元、エルミア卿が事態の対処に当たっている模様です」
エルミア卿とはフランセットさんの事だ。
「わかった、では、事態が落ち着くまで念のため一旦屋敷の方に退避しようか」
お養父様は私に手を伸ばす。
「はぐれてはいけないから、私の手をしっかり掴んでいなさい」
私は、差し伸べられたお養父様の手を握り返す。
こんな状況にもかかわらず私は、記憶を失っていた時の事を思い出して、少し嬉しくなった。
「では、転送陣が設置してある部屋に向かおうか」
私達は何事もなく部屋の中にたどり着くと、お養父様は転移するための魔法陣を起動させた。
しかし、ここで私達は違和感を感じる。
「待ってください、何かおかしーー
わたしが言葉を喋り終えるより早く、お屋敷とは違う、どこか別の場所に転移されたようだった。
周囲を見ると薄暗く、天井を見上げるととても高い。
何本もの柱が立ち並ぶその場所は、少し神殿を思わせるような雰囲気である。
「ここは、東都の地下にあるシェルターだ」
声にハッとし見上げると、お養父さまは繋いでた手を離し、私の頭をそっと撫でる。
私の従者達やベルトーゼ様とは逸れてしまったが、どうやら、手を繋いでいたお養父様とは一緒に転移されたみたいだ。
1人ではない事を知った私は、ほっと胸をなでおろす。
「転移陣が使えるのは近い範囲の中だけだが、いくつかの場所が登録してある、ここもその一つだ」
「では、お養父様がここに?」
お養父様は首を横に振る。
「いいや、我々は招かれたようだ」
暗闇の死角から飛んできたナイフをお養父様は手で弾く。
私はすかさずグングニルを呼び出し身構える。
「流石ですね、アンブローズ大公」
聞き覚えのある声に心が震える。
なぜ、どうして、聞きたい事はいっぱいあるのに声にならない。
「貴方に恨みはないが、ここで死んでもらう」
信じたくはなかった、だが、暗闇から現れた彼の顔をみて、手に構えたグングニルを地面に落としてしまう。
「マリー、下がっていなさい」
お養父様は剣を引き抜くと、目の前に現れたエル君に剣先を向けた。
ブクマ、評価ありがとうございました。