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第五十八話 幻滅したよ

 しばらくの間、俺は戦意消失していたものの、警戒だけは怠ってはいない。

 何かがあってからでは遅い。

 しかし、何かが起こらなければ警戒するしか出来ない。

 世の中は本当、不便だな。

 それに、勘違いから始まって俺から交渉を決裂させるのも嫌だしな。

 結局の所、事が起きるのを待つしかない。


「……しかし……称号に変態とスケベはいらないだろ」


 まず、そんな事をした覚えがない!

 何故だ!

 称号……!

 なんでそうなってる!


「ただ言われただけで称号発生っていい加減過ぎる……」


 まぁ、ステータスはその分上がったからなんとも言えないが。

 ……いや、言えるぞ。


「俺は変態でもスケベでもねぇっつうの……クソッ……」


 頭を掻きむしり、俺は悪態をつく。

 仮面女とティナが出ていって結構な時間が過ぎた。

 飯を作るっつってたが、仮面女は作れたのか。

 ……餓鬼どもの分も作ってるのか?

 そうなるとまだまだ飯は先になりそうだな。


「ふぅ……」


 体が少し重い。

 戦った後だ。

 それも仕方ないとは思う。

 あの女相手によくやれたと逆に褒めたいくらいだ。

 能力値は素早さ以外ほぼ相手の方が上。

 戦闘技量も勝ち目なし。

 あれを戦いというのかは少し分からないが、取り合えずやり遂げはした。

 よくやった……ハズだ。

 休憩くらいしたってバチは当たらないだろう。

 だが……。


「こんな状況で眠れるワケがねぇしな」


 ティナはお人好しで警戒心が皆無だ。

 アイツの事を守るには非常事態に備え、俺が人一倍警戒しなければならない。

 ティナのHP残量を凝視しながら俺は気を緩めない。


「アイツは俺が……守る」


 拳を握り、決意を言葉にする。

 自分は何故、あの少女を気に掛けているのか。

 そんなの……分かりたくない。

 分かってしまう俺が恨めしい。

 こんなの恥だ。

 醜態だ。

 こんなものいらないと何度も思ってる。


「……ああ……クソッ……らしくねぇ」


 自分の感情にイラつき、自身の右手をそれなりの強さで噛みついた。

 歯は肉に食い込み、じんじんと鈍い痛みは走る。

 こうすれば、前と同じような感じでアイツと接する事が出来る。

 こうして理性を保っていれば、自分でいられる。

 そう信じこみ、俺は偽りの自分を演じていた。

 本当の姿を隠していることに自覚しないままで……。



 ・



 ・



 ・


 ・


 ・

 ・

 ・


 体感にしてティナらが外に出てから一時間近くになるだろうか。

 その時にバンッと勢いよく、扉が開き、俺は身を構える。

 誰だ?

 仮面女なら交渉決裂……もしくは感情の表れ。

 餓鬼どもなら俺に向かって罵詈雑言を放つハズだ。

 その二つの選択肢だと結論づけ、俺は扉を開け放った張本人に睨みを利かせた。

 ……結果を言えば俺の推測はどちらも外れた。

 俺は戸惑いを隠せない。

 なぜなら、相手は珍しく怒気を放ち、俺に向かって睨んでくる────


「メイさん……私……貴方に幻滅したよ」


 セレスティナ・エルローゼ……。

 俺が唯一信じたハズの人物だったからだ。


「……」


 その様子に俺はただ、呆然とするしかなかった。

 何をどうしたら俺に矛先が向くのか、分からない。

 俺は何をすれば良いのかが分からない。

 何を弁解すれば……いいのか。


「……貴方、自分のしたことに自覚は?」


「な……にを言ってんだ?」


 辛うじて小さな声だったが、怒りを向けてきているティナに質問を投げ掛ける事が出来た。

 その言葉はしっかり届いただろう。

 しかし、その言葉を聞いて説明するどころか、更に怒りを露にしてきた。


「何を言ってる……? ぶざけないで……それ以上ふざけるなら、私も本気で怒るよ?」


 ふざけたつもり等、毛頭ない。

 そんな事、本当にない。

 言わばイレギュラーのティナを誰がふざけながら話すと言うんだ。

 何時もならばふざけて言っていただろう。

 しかし、今回ばかりはそんなことはない。


「ふざけてなんてねぇよ……」


「本当に……分からないの……? 貴方……ッ!」


 もうメイさんとは言わなくなっている。

 多分、信頼関係が本気で崩壊したからだろうか。

 名前を呼びあうのは一種の信頼を表すものだと記憶している。

 それが無くなった今、ティナは本気で俺の何かに怒っている。

 本気で何故、ティナを怒らせているのかが分からない。


「俺はティナに何もしたつもりはねぇぞ?」


 俺は普通に……極々普通にそう言い放つ。

 その瞬間、ティナは俺の近くに寄りそして、思いっきり……叩いた。

 バチンッと叩かれた俺の頬は痛みを感じ、尚且つ涙腺を刺激する。

 は?

 何が起こった……。


「本当……最低よ……」


「……」


 叩かれた俺は何故か口を開けない。

 未だ叩かれた事への理解が追い付いていない。

 俺の頭はフルに回転しているハズなのに、俺の理解はその回転よりも大幅に下回る。


「最低よ……!」


 ティナは両手で拳を握り、走ってこの場を離れた。

 この空間には先程と同じように、俺とコメットしかいない。

 なのに、俺の中では確かに変化があった。

 ……何を失敗した?


「……俺が何をした」


 ポツリと、静かな空間で俺は呟いた。

 何がいけなかったんだ……。

 何をしてはいけなかったんだ……。

 唯一信頼したティナを、何故怒らせた……。

 ただ単に俺が怒らせただけなら謝れば済む。

 しかし、俺の何がアイツを怒らせた?

 何が……いけなかったんだ?


「なぁ……俺が何をしたんだよォオオオオオッ!!」


 俺の怒鳴り声は天まで届く程の声量だった。

 分からない。

 分からないから何をすればいいか分からない。

 何をすればいいか分からないから弁解する方法が分からない。

 弁解する方法が分からないから、ティナとの仲を取り戻す方法が分からない。

 本当、分からない。

 自分が何故怒られ、叩かれた……。

 ティナの平手打ちはハッキリ言えばあの仮面女の攻撃と比べれば毛ほども痛くはなかった。

 痛くはなかったハズなのに痛みが走る。

 しかも、叩かれた場所とは別の場所……。

 俺は胸を抑えた。

 ……また、この痛みか。

 また、この感覚を味あわなきゃならないのか……。

 異世界に来てからこの痛みは二度……いや三度目となった。

 ……また、裏切られた。

 何度、この世界は嫌な事を思い出させてくれるんだ。

 クソッ……。

 俺は自身の手の甲を血が出んばかりに噛みちぎる。

 HPの補正があるからだろう。

 血は勿論でない。

 それ相応の痛みが走るだけだ。

 その痛みで胸の痛みを忘れようと試みた。

 しかし、そんなもの関係なしに、二つの痛みが俺の体を支配する。

 本当……不便な体め……ッ!


「……だから……信じるのは嫌なんだ……! こういうのが……あっから……ッ!」


 ピッ……と鮮血が俺の手の甲から飛び散る。

 いつの間にかHPが半分を切っていた。

 俺はいつからいつまでこんな風に手の甲を噛みついていたのだろうか。

 取り合えずその痛みを自覚し、噛みつくのはやめた。

 代わりに強く傷ついた手の甲を反対の手で握り締める。


「クソッ……クソッ! クソッ! クソォッ! クソックソッ!」


 近くにあった椅子を蹴り飛ばして、悪態をつく。

 コメットがその様子に驚いていたようだが、関係ねぇ。

 イラつきながらそれでいて、何かが足らない悲しさ、苦しさを抱きながら、俺は自分を抑えることが出来なかった。


 自制心を取り戻すのに何十分かかっただろうか。

 俺のイラつきはまだ収まらないが、なんとか考える能力だけは取り戻したような気がする。

 さっきまでは何も考えず……いや、考えるのを放棄した結果、物に当たってしまったのか。

 出血の止まった手の甲を見てそう思う。

 思えばこれも自分自身に当たったと見ていいな。

 ……これから俺はどうしたらいい……。

 何をすればいい……。

 ティナとの信頼を前みたいにするには……。

 そんな考えをした俺はハッと気づく。


「この期に及んで……なんだ俺は……」


 信頼を直す……?

 こんな気分になったのにか?

 ふざけんな……。


「思えばアイツが何をしてくれたっつうんだ……」


 そう言った直後だった。

 ティナの顔が浮かんでしまったのは。

 ティナが料理を作り、ティナが心配をしてくれて、ティナが笑顔を向けてくれて……。


「やめろッ!!」


 頭を抱え、叩き、その考えを止めようとする。

 それでもティナと過ごしてきた日々が浮かんでくる。

 そんなもの……いらない。

 必要ない。

 あるだけ無駄だ。

 なのに…………。


『……どういたしまして!』


 ……ティナの満面の笑みが思い出される。

 なんだよ……このしがらみは……!

 なんでアイツに縛られてるんだよ……!


「ギャアッ!」


「……コメットか」


 いつの間にか俺の目の前に座っていて鳴いていた。

 ……コイツ、心配してくれてるのか?


「……ありがとな。俺は大丈夫だ……だから……ティナの所へ行ってあげてほしい」


 俺はコメットの頭を撫でると、そんな事を言っていた。

 なんでそんな事言ったのか分からないが……。


「ギャウッ」


 まるで任されたと言わんばかりに吠え、駆けていってしまった。

 少しだけ寂しい空間になるも、そんな気分になる余裕は今はない。


「……仲直りの仕方……どうやるんだっけな」


 自分が何をやらかしたのかも分からないのに俺は仲直りの方法を模索し始めた。

 また手の甲を噛みつく。

 まず原因……だが、分からない。

 これだけは本当に心当たりがない。

 ティナのヤツを怒らせる理由がさっぱり分からない。

 次に方法だが、口頭……で良いだろう。

 そこで俺が怒らせてしまった原因を聞き、解決するのがいい。


「本当……なんで俺は諦め無いんだろうな」


 自分で自分の行いに首を傾げる。

 本当……摩訶不思議だ。

 他人なんてどうでもいいと思っていた俺は何処へ行ったんだか……。

 それもティナだったからなんだろうが。

 俺はこの建物から出ることにする。

 アイツは何処にいるのだろう……。


 雨がサァァっと降る中、俺はティナを捜す事にする。

 遠くへは行ってないハズだ。

 それにコメットがついている。

 もしも仮面女に襲われるような事があっても耐えてくれるハズだ。


「……誤解を解かなきゃな」


 俺はそう呟き足を早めたのだった。

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