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何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
まずなぜ陸斗さんがここまで怒っているのかわからない。確かにコネを暗示するような誘いも出てきたが、それだけでこんな行動をとるとは考えにく
い。というか、全部聞いてたの?
驚きで目を丸くしたまま何も言えないあたしの向かい側に座る浩太郎さん。確実に怒らせただろう。恐る恐る視線をずらして、表情をうかがう。
彼の顔には明らかに動揺が浮かんでいた。それも、嘘がばれたときのような……どういうこと? まるであたしの知らない秘密を二人で共有しているみたいだ。
ややあって、浩太郎さんが我にかえったように口を開く。焦ったような口調に、さらに陸斗さんの顔が険しくなった。
「いや、わ、私はただ、まりちゃんにウチの会社で働いてみないかと誘っただけで、なぜ君がそんなに怒るのかよくわからないんだが。あ、ハハハ!」
陸斗さんは顔をしかめたまま、いやさらに浩太郎さんを睨み付け、言う。
「あんたの会社で働くって、どういう意味で言ってる? どうやって働かせるつもりだ」
「す、すまない。……このことは忘れてほしい! 進学に関する費用はとにかく私が出すから……ああ、忙しいからそろそろ帰るな。じゃあ、体に気をつけて」
止める間もなく、浩太郎さんは帰っていった。
呆然としながら彼が去っていった玄関を見ていたが、はっとして陸斗さんを問い詰める。
「今のどういうこと!? 二人とも何であん
な……」
「まり」
あたしの質問は、彼の低い声に遮られた。大声ではないが、静かな怒りが感じ取れる。黙ることにした。
「あいつの会社……AV作ってる会社だよ。お前、出演させられるところだった」
「……う、うそ……」
予想もしないその言葉に、足元が崩れる場面が思い浮かんだ。耳鳴りがしそうだ。うそでしょ? こんなことって……。
受け入れられないあたしを見ながら、陸斗さんはふっと息を吐いた。
「やっぱ、陰で聞いてて正解だった。あいつはも
う、信じるな」
手がまだ震えている。玄関で浩太郎さんを迎えたときに向けられた、いやらしい視線が頭に浮かぶ。ああ、そういうことだったんだ……。ショックだ。かなり。親切だった彼もやはり、これまで付き合ってきた裏表のある親戚連中と同じなのか。そう思うと、鼻の奥がツンとした。
不意に陸斗さんがこちらを見下ろし、目を合わせてきた。甘ったるい目に見惚れる暇もなく、伸ばされた腕が後頭部に回り、そのまま頭を抱え込んで自分の肩口に押し付けた。
息が止まるかと思った。




