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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
八章 アルティナ王国Ⅴ
192/207

192,全てを語る星詠み師


 エクラ=ノチェ。

 現人神あらひとがみのように現れたその男性を、レーシェが、シェリックが、確かにそう呼んだ。それではこの人が、かつてシェリックが呼び出そうとしていた人物であり、レーシェが会いたかった人なのか。

 彼の容姿や纏う雰囲気に、ラスターとの共通点はないか探そうとする。髪の色以外に、何かないかと。しかし、こんな短い間だけでは見つかるはずもなかった。突然やってきたこの男性が父親なのだと言われても、ラスターにはぴんとこない。ほとほと困ってしまった。


「亡くなったんじゃ、なかったの……?」


 正体を確かめるのではなく、彼に誰なのかを訊くのでもなく。ラスターの口からこぼれたのはそんな確認だった。

 訊きたいことはたくさんある。何を訊いたとしてもきっと答えてくれるだろう。そんな確信がある一方で、こんがらがったラスターの頭の中では、訊くべき質問にまでたどりつけずにいる。何から尋ねればいいのか、わからないのだ。


 禁術は死者を呼び出す術だ。前提条件として、呼び出されるはずだったノチェは亡くなっていなければならない。そうでなければ、禁術を使う意味そのものが見いだせない。

 ノチェは生きていた。禁術は失敗すると、予め確認したシェリックは間違ってなんかいなかった。前治療師が呼び出せたのなら、禁術もやり方も合っていた。違っていたのは、ラスターたちの認識だ。ノチェが亡くなったという、事実そのもの。


 なぜそんなことが起きたのか。

 シェリックもレーシェも信じきっていた。恐らくは、ギアも。だから六年前の悲劇が起きてしまった。同じようにノチェを呼び出そうとして、やはり失敗してしまった。真実を知っていたならば、禁術が使われはしなかっただろう。レーシェが刺され、シェリックが最果ての牢屋に投獄されることもなかった。シェリックがラスターと出会うことも、ラスターが母親と再会することさえも。


 悪い結果ばかりではなかった。それでも、全ての事柄一本の線として繋がって見えてしまう。

 大本は六年前──いや、それ以前から始まっていたのか。そう思わせてくれるほどに、辻褄つじつまとやらはがっちりと当てはまる。誰かが嘘をついたり、意図的に情報を止めていたりでもしなければ、一連のできごとが起こることもなかったのではないか。

 ラスターは視線を横にずらす。ノチェとともにやってきたのは二人。浮かんだ可能性は一人きり。六年前の禁術に関わっていたのは、彼しかいない。

 その彼──リディオルはため息にしては大きすぎる息を吐き、ギアの肩へともたれかかった。ギアは文句すら言わず、されるがままだ。足元に落とされていた目線が再び持ち上がる。


「そもそもの前提がちげぇ。ノチェは、死んでなんかいない」


 体裁を整え、リディオルは答えを明かしてくれた。

 本人を目の前に出されたなら認めざるを得ない。ノチェ自身が、他のどんな所以ゆえんにも勝る証拠となるのだから。けれども、理由にも原因にもほど遠い。いくら答えが明確にされようと、納得できなければ穴だらけの証明に過ぎない。


「──シェリックにそれを指摘されたときは、さすがに焦ったけどな」


 本人を見もせず、そんなことをさらっと口にして。これまで、リディオルへと心配顔をしていたシェリックが、みるみるうちに渋面へと変わっていく。


「……おまえ、わざと嘘ついたな」

「ついてねぇよ。ノチェの生死は知らない。俺が知ってるのは、アルエリア王代理がいることだけだ」


 くつくつと忍び笑いを漏らすリディオルとは反対に、シェリックの眉根はますます寄っていく。対照的な二人の横で、ギアが関わりたくなさそうにあさっての方向を向いていた。

 しただけではもっともらしい根拠に思えるが、よくよく考えずとも屁理屈にしか聞こえない。どれほど言葉巧みに、もっともらしい推論を述べようともだ。リディオルだから許されるという便利な免罪符は、どこにもない。

 傍で聞いている者に、できることがあるとするならただひとつ。乗せられた口三味線から下りることだけ。

 いかに不協和音を鳴らそうとも、聴く者がいなければただの音だ。指摘する者がいて、初めて不協和音だと気づくことができる。


欺瞞ぎまんした発言には違いないだろう……」


 気持ちを代弁してくれたシェリックに、ラスターはこっそり首を縦に振る。よくぞ言ってくれたと。

 どれほど詭弁を弄されようと、リディオルを支えている手は緩めない。だから、シェリックは優しいのだ。


「しょうがねぇだろ。公にできねぇ事態なんだから。俺が一番、貧乏くじ引いてるっつーの」

「その割に楽しんでたのは誰だ?」


 シェリックとは反対側。リディオルを支えながら、見かねたギアが口を挟んだ。


「どこをどう見たら、楽しむ解釈になったよ」

「少しは可愛げを見せろ」

「ねぇわ」


 ひと言、ふた言。短いやり取りだけで親しそうな雰囲気が伝わってくる。リディオルとギアが既知の間柄であったことにも驚いたが、二人の仲も良さそうだ。本人たちに告げたなら否定されることは必至だろうが、傍から聞いていると場違いながらも和んでしまう。

 シェリックと、リディオルと、ギア。

 二人ずつでは仲が良さそうなのに、三人揃うとどうして仲が悪そうに見えるのか。不思議だ。空気を読まず、セーミャと一緒に笑いたくなってしまう。


「──今まで、どうしてたのよ」


 己の身を守るように両腕を抱え、レーシェはぽつりと呟く。


「どうして王宮から姿を消したの。なんの断りもなく、私の前からいなくなったのよ」


 織り込まれた切なる響きが発される。

 レーシェが訴えた左記に立つのは、先刻から黙ったままのノチェだ。

 シェリックたちもノチェを待つ。彼の番だとでも言うように。


「それについては面目次第もないと思っている」

「嘘おっしゃい。本当にそう思っているなら、せめてひと言くらい言ってくれたらいいじゃない」

「話せる事態でもなかったからな。アルティナが転覆するかもしれないとなれば、情報操作は内密にしなければならない。下手に不安をあおりたくないと、シャレル様からの命を受けていた」

「だからって……黙っていなくなること、ないじゃない……」


 弱々しく、レーシェはノチェから目を逸らす。そこには、先ほどまでの気勢や鋭気はどこにもない。ノチェが現れたことでがれてしまったのか、思わぬ再会に動揺したのか。運ばれてきた奇縁は、ラスターにも予測できなかった。


「アルエリア王代理、とおっしゃいましたね?」


 二人の会話が途切れたところへ、ナクルの疑問が差し込まれる。


「では、アルエリア王は、今どちらにいらっしゃるのですか?」


 ノチェが代理を担っているというのならば。代理ではない、本物は。


「今は郊外で静養している。──ああ、心配せずともぴんぴんしてるよ。峠は越えた。気になるなら、会いに行くといい。王女様の護衛騎士殿」

「……ありがとうございます」


 感慨無量の思いが伝わってくる。ナクルの声と背だけでも、十二分に。

 アルエリア王を探していたのだろう。ナクルは、キーシャのために。ナクルの様子だけで、ラスターがそう憶説してしまえるくらいに。


「さて、どこから話したもんかな」


 大きな声ではない。それなのに良く通り、離れたラスターの元まで一字一句聞こえてきた。

 懐かしむようなノチェの脳裏には何がよぎっているのか。ノチェが歩んできた道筋を知るのは、ノチェ自身だけ。彼を知るリディオルでさえも、ノチェが何を見て、何を考えていたか、その全てを知ってはいないだろう。

 どれだけ傍にいても、人の考えの全てを読めやしない。近くにいるからこそ、明かせない気持ちだってあるだろう。


「ことの起こりは──そうだな、おまえに出会ったときになるか」


 ノチェが話しかけた先。そこには、居住まいを正すシェリックがいた。


「その頃の輝石の島は、輝源石の産地として潤っていた。今とは違ってラディラ共和国に属していて、穏やかで平和な場所だった。見渡す景色全てに息を呑むくらい、それはもう美しい島だった。太陽光を受けて、負けないほどの強烈な光を発するほど輝源石は豊富で、そこらじゅうに転がっていた。道ばたの石全てが輝源石だったと言っても過言ではない。住人たちが自慢したくなるのもよくわかる。あの光景があったからこそ、輝石の島と呼ばれるに至ったのだろうことも」


 ラスターも一度だけ見た覚えがある。偽物の景色でも、記憶の中から作られた光景であったとしても、感嘆の息しか漏れなかった。

 ノチェはとうとうと語ってくれる。

 資源が潤沢であったゆえに、争いの火種になってしまった。島の住人たちが望まなくても、どこからか噂を嗅ぎつけた悪漢たちが、島にやってくるようになった。ラディラに潜むならず者ばかりではない。海を越え、国を越え、ごろつきや無法者、ついには略奪者までも呼び寄せてしまった──と。


「ラディラは軍備が整っている国じゃない。だから、略奪者から資源を守る術は皆無だったと言っていい。荒れやすい海域の島とあって、本土からの応援は届かない。考えられたのが、島の私兵だ。男性は一人残らず駆り出され、次第に女性も徴集され、島中の大人たちが一時期姿を消すほどになった」


 戦えるような大人たち。男性に限らず、女性も、動ける者はみんなか。


「このままでは立ちゆかないと、早々に中止されたが──問題はそのあとだ。大人を全員徴用するわけにはいかない。しかし戦力は欲しい。そこでひとつの意見が上がった。年端のいかない少年少女たちを育て上げ、大人たちの代わりに兵として扱う。腕力がなくてもいい。従順な駒となってくれるなら、大人でなくてもいい。いや、手足とするなら、大人よりむしろ子どもの方が都合が良かった。扱いやすいという点でな」


 ノチェは一旦、息をついた。


「島の役に立てると言いくるめられ、素直な子どもたちは疑いもせずそれに従った。何を教え込まれるかも知らずに。──だろう?」

「──ああ」

「ええ……」


 首肯したのはシェリックとフィノだ。

 なぜ二人に向けられたのか。簡単だ。シェリックも、フィノも、その子どもたちの一人だったからだ。お互いに知っていたからこそ、フィノはシェリックが『シェリック』になる前の名を知っていた。


「あの閉鎖された島の中でどうやって育て上げたのか詳細は省くが、その私兵のおかげで島の防衛力が上がったのは確かだ。皮肉なものだな。大人が守りたかった子どもたちが、初めから奪われる羽目になるとは」


 どちらを取っても、親と子どもはともにいられなかった。輝石の島に、戦うための──守るための力がなかったからだと、そう言いたいのか。


「その実情を知った当時の治療師殿と俺が、輝石の島をアルティナ王国の領土とすることで治めようとした──それが、七年前のことだ。覚えているよな、ナクル」

「──はい。忘れもしません」


 唐突に呼ばれたにも関わらず、ナクルは神妙な顔をして頷いた。

 同じ輝石の島出身。ナクルは、フィノにそう話していた。ノチェが語った話は、ナクルにとっても他人事ではなかったのだろう。


「アルティナの者が島を守る代わりに、輝石の島をアルティナの属領とする。これ以上子どもたちが不当に奪われることがないように。締結しようとした直前だよ、アルエリア王が倒れたのは。そのときはさすがに焦ったさ。治るかどうかもわからない病だと言われたら、おいそれと公表するわけにはいかない。最悪の可能性だって考える。国家が転覆するかもしれないと、当時は覚悟もした。幸いとでも言おうか、知っていたのはシャレル様、ピグロ、俺だけだった。シャレル様に頼まれて、俺はアルエリア王の代理になった。だから占星術師を託したんだよ。一人でのたれ死にそうだったおまえに」


 彼からの視線を受け、シェリックは射すくめられたかのように動きを止める。


「責任を負えば、おまえは嫌でもその役目を全うしようとするだろう? こうも見事に思惑にはまってくれるとは思わなかったが」

「じゃあ、あんたが占星術師から下りたのは──」

「ああ、勘違いするな。別に譲ったわけでも押しつけたわけでもない。俺にとっては都合が良かった。ギアには、占星術師を託せなかったからな」

「どういうことだ……?」

「俺の話なんざいいんだよ。先に進めろ」


 片手を振られ、シェリックはそれ以上何か言うのを止める。


「アルエリア王が姿を消したのは、もしや……」

「考えているとおりだ。病気の治療のためだよ。ピグロ──前治療師の伝手で他国で治療法が見つかり、ようやく落ち着いたかと思えば、その矢先に騒ぎが起こる。あと少しで、何事もなく秘密裏に終わらせられた予定だったんだがな……収拾がつかなくなりそうだったんで俺が出てきた。でも、これは出てきて正解だったな」


 不意に、ノチェがラスターを向く。合わさった視線にどぎまぎしていると、ノチェは優しく笑んだ。想像していたとおりの、柔らかい笑みで。


「まさか、成長したラスターに会えるとは思ってもみなかった。嬉しい誤算だな」


 唇に、腹に、ラスターはぎゅっと力を入れる。

 顔も覚えていなかった。声なんてもっと知らなかった。この人が父親だと紹介されても、受け入れられなかったに違いない。

 なのに。どうして、そんな顔で笑うのだ。大事な人を見るみたいに。

 気を緩めてはいけない。まだ、何も終わっていないのだから。


「レーシェ──いや、リリャ。ここまでしたからには相応の覚悟はできてるな?」


 ノチェから痛ましげな視線を受け、レーシェはきつく組んでいた腕を解く。


「……ええ、もちろんよ。あなたに会えたのだから、十分だわ」


 きものが落ちたかのように、諦めた顔で笑った。




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