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翡翠の星屑  作者: 季月 ハイネ
八章 アルティナ王国Ⅴ
185/207

185,身を焦がす激情、ここに


 物体を燃やす火は見えても、心を燃やす火は見えない。天に届くほど高いのか。赤々と鮮やかに燃えているのか。橙の温かな光を放っているのか。おきだけを残して再び燃え上がるときを今か今かと待っているのか。それとも燃えきれずに燻っているのか。あるいは燃やし尽くして消えるのを待っているのか。

 ラスターの手を離さないユノは、その身にどんな火を宿しているのだろう。


 想像はついていた。

 シェリックが、フィノが、前治療師に尋ねるより前に。ラスターがこの場でユノに捕らえられたあのときから。もしかしたらという予想が浮かんではその度にまさかと否定して、それでも消えずにむくむくと膨れ上がる疑惑があった。

 外灯を手がけたユノが、身分証を作ってくれた彼の手が、許されない罪を犯したと。


「──なぜですか、ユノ殿」


 ラスターに問われた質問ではないのに、肩が跳ねた。手を使えなくされて、行動が制限されてもなお、セーミャの凜とした姿勢は変わらない。足を同じ方向に折り、背中を伸ばし、セーミャは地面に座っている。

 どうしてそこまで、気丈夫でいられるのだろう。師を殺した仇敵が判明したというのに。取り乱しもせず、耐えがたい感情を隠している様子でもなく。セーミャの師と似たような口調で。

 人は身近にいる者と似るのだという。セーミャの何割かは彼女の師で構成されているのだろう。


「お師匠様を憎む理由が、殺さなければならない理由があったのですか?」


 強くなりかけた語気を直し、語尾を震わせながら、セーミャはユノへと尋ねる。

 ──何も隠していないなんて、そんなわけがなかった。

 師の手前だったからこそ、セーミャは保ちたかったのだ。心配をかけないように。

 先ほど彼女の師も、看破していたではないか。この禁術は、セーミャに請われたから行われたのではないと。

 間違ってはいない。間違いではないが、本物にもするために。師がいなくともやっていける姿を見せて、師に証明するために。セーミャは、そう考える人だ。


「輝石の島の事件が理由なら、僕にも身に覚えがないわけじゃない」


 答えないユノの代わりに、前治療師はそう語る。


「実行したのはノチェだけど、立案したのは僕だからね。君はどこかでそれを知ったんでしょ? 君を故郷から追い出す原因を作った元凶だと言われるなら、その点は謝罪するよ。けど、僕が何もせず放っておいても、いずれあの島は破綻する運命にあったとは言っておこうか」

「──詭弁きべんを」

「そもそも、輝石の島は輝源石が採取できる唯一の場所だ。アルティナが手中に収めなければ、島をめぐっての争いがより顕著になっていた。ラディラ、アルティナの二国だけじゃ済まない。リヴァラル、マウラ、ハルバティ、リジェルスなんかも狙ってきてたかもね。アルティナでは主に星命石として出回っているけど、他国においては宝飾品に匹敵する。出るとわかっているなら、近隣国が目をつけるだけの価値はある。輝石の島は、他国が喉から手を出すほどの場所だったんだよ」

「……知っています。さんざん説得をされましたから」


 ユノは平坦な声で言った。


「納得できると思います? 利潤が上がる。島の宣伝にもなる。そんな手前勝手な理由で。一人歩きした知名度は必ずしも良いことばかりを運んでくるとは限りません。オレたちの意見は、聞かれることもありませんでした。静かに暮らしたかった、それだけだったんです」

「じゃあ、他国との取り合いに巻き込まれれば良かったって? そうなれば、今よりも悪化していたであろうことは火を見るより明らかだよね。君に、アルティナに感謝しろって言ってるんじゃない。アルティナは英雄の海賊譚があったから、ルパに──というかラディラに協力しただけだ。無駄な血を流させないためにね」

「最終的に利を得たのはアルティナでしたが」

「結果としては否定しない。そのとおりだからね。ただ、アルティナが干渉することなく、それでも島を守れたと大言を吐くなら、そこにいるシェリックに訊いてみたらどうかな? シェリックが嫌だったら、君のお兄さんにでもいい。島を守れるほどの戦力が、当時あの島にあったかってことをね」


 皮肉を口走ったユノから目を離さずに、前治療師が嘆息した。


「訊けないなら、それが答えだ。というか知ってるんでしょ、君。だったらそれを僕のせいにされても仕様がない。それこそ死に損だよ」

「オレにとっては復讐の一環です」

「君こそ手前勝手な理由を述べてる自覚ある? 僕が死んだところで、輝石の島とアルティナの関係は何か変化した? 何も変わってないでしょ? じゃあ、僕が死んだことに意味はある?」


 前治療師は淡々と喋る。抑揚は少なく表情の変化も乏しいのに、たたみかけられるような圧を受ける。ユノが何度も口を引き結ぶのは、そのせいだろう。


「──なんて、ね」


 猛攻がぱたりと途切れる。


「死人代表で口に出させてもらったけど、君は視野が足りない。もっと君の周囲にいる人に、目を向けるべきだよ」

「周りの人……?」

「君のお兄さんとか、リディオルとか。知らないでしょ。どれだけ君に対して腐心してたか」

「それ、は……」


 前治療師はふいと顔を向ける。その方向にいたシェリックへと目配せをした。


「苦労して呼び出してこんな短時間だけって、割に合わなくない?」

「……すいません。こちらの都合で呼び出してしまって」


 矛先はシェリックだ。


「違うよ。僕じゃなくて君のこと」

「俺ですか?」


 前治療師はシェリックからラスターへと視線を移す。変化の少ない彼の表情からは何も読み取れない。経験不足だ。戸惑うラスターには何も言わず、彼はシェリックへと視線を戻した。意味がありそうななさそうな。ラスターに向けてきた視線はなんだったのだろう。


「まあ、いいや。君はなんとかなるんじゃない? ほら、そんなこと言ってたら時間みたいだし」


 前治療師は肩をすくめる。

 きっと、彼自身も感じる何かがあったのだろう。先ほどから光が強くなっているような気がしたのは、どうやら見間違いではないようだ。


「君なら気づいてると思うけど。彼じゃ、足りない」

「はい。心得ています」

「ならいいか」


 前治療師とシェリック。二人だけがわかる確認をする。


「今度こそさよならかな。──あ、そうそう。セーミャ」

「──はい?」


 まさか呼ばれるとは思っていなかったのだろう。上擦った返事をしたセーミャが、慌てて居住まいを正す。


「じゃあね」

「はい。わたしは、わたしの道を行きます」


 失いかけた冷静さを取り戻し、セーミャは深く頷いた。

 前治療師は一瞬全ての動きを停止させ、直後柔和に微笑む。その唇がセーミャへと向き、何かを形作る。さらに白さを増した光の中へ、彼は消えていったようだった。

 ラスターはその瞬間を見ていない。音もなく、容赦もなく、目に映る世界を焼こうとする白光。ラスターは目を開けていられなかった。

 ただもう一度目を開いたとき、彼の影も形も、残されていなかった。




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